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H.A.L.担当 川又利明




2008年1月13日
No.563 「小編随筆『音の細道』特別寄稿 *第65弾*」
『 今までの常識を上書きする実力と魅力を持つVitus Audioとは!!』

「H.A.L.'s Short Essay No.65」

         〔1〕Vitus Audioというブランド

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/oto/oto54.html

               上記「音の細道」第54話のプロローグより

今…、静かに日本のオーディオ業界で大変異例とも言える状況が進行しつつ
ある。かつて日本でハイエンドオーディオ製品を販売するにはどのような手段
があっただろうか?

オーディオ専門誌に広告と記事による露出が繰り返され、多数の評論家による
レビューでも高得点を獲得しwebなどでも様々な評価が上げられ、要は知名度
を高めるための相当な経費と時間を消費しながらショップが販売しやすい状態
を作り上げていくことが通例だろう。

販売店としては高められた知名度によって商品説明を簡略化してもユーザーは
自然に商品を受け入れ、販売しやすい土壌をメーカーや輸入商社が作っていく
という追い風の状態が必要とされてきたのではないだろうか。

マーケティングには当然イメージ作りが大切なのだろうが、オーディオの場合
には外観にも増して音質が商品価値を左右するものだ。その大原則を忠実にた
どりながら、ここに紹介するMOSQUITO NEOは2004年4月に初めて当フロアーで
産声を上げてから通算21セット(2007年11月現在)という販売が行われた。

日本でNEOが展示してあるのはここだけ、世界的にもフランスとドイツの
ショップと合わせて三箇所しかない。税別価格480万円の高級スピーカーに
して三年余りの時間で21人のオーナーを日本で確保したということは何を意味
するのか。

従来のように知名度を高めて販売への道筋を作っていくという手段から、完全
に実演主義による製品の音質本位による価値観を日本のユーザーも受け入れ
始めたという新しい販売スタイルが生まれてきたのである。マスコミでの露出
がなくとも製品のパフオーマンスが日本人を納得させ感動させたである。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

「雑誌に載らない商品なんて売れないよ」という発想では専門店の存在価値が
ないということを認めるようなものである。専門店としてプロフェッショナル
として品質を見極めお客様に提案するということ、それが認められ販売実績が
上がるということでお客様の満足度を高めるということ。

この努力なくして私たちの未来はないものと強く感じているものである。
そして、このような実演と実体験に基づくセールス手法として、また現地
メーカーの経営方針と生産規模からしても、MOSQUITO NEOに続く有力であり
魅力的なブランドを私は日本全国にご提案していきたいと考えている。

Vitus Audio がそれだ!!

http://www.vitusaudio.com/
http://www.cs-field.co.jp/vitusaudio/vitusaudiomain.htm

社員数はたったの7名、完全受注生産を行うハンドクラフト・メーカーであり、
販売量をメリットにできる体質ではない。彼らの製品を工業オーディオ製品と
して捉えるのではなく、あくまでマニュアル・インダストリーとして評価すべ
きものであり、ゆえに同社の製品は他にはない「有機的な何か」を感じさせて
くれるのである。

私が最初にVitus Audioを体験したのは二年前のこと。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/322.html

当時のレビューを読み直して今でも同じディスクで試聴を続けているという事
に我ながら苦笑がこぼれてしまった。当時は輸入元が違う会社だったが、現在
のシーエスフィールドが扱うようになってから現地メーカーとのコミュニケー
ションは大変素晴らしいものとなった。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/532.html
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/525.html

上記のように同社の代表者であるHans-Ole Vitus氏はH.A.L.'s Party 2007に
もご来場頂き、更に…初来日ということで日本の印象もこのように。

http://www.dynamicaudio.jp/file/070911/My_1st_visit_to_Japan.pdf

そして、ここH.A.L.を訪れて私がコーディネートしたシステムも試聴された。

http://www.dynamicaudio.jp/file/070917/Vitus-HAL.pdf

このように、日本のユーザーに対してどのような音質を実演しているのかと
いうことで相互の信頼感は高まり、一緒にお酒を飲み交わすという親交の場も
実現することが出来た。

恥ずかしながらHans-Ole Vitus氏とのツーショットは笑顔で↓

http://www.dynamicaudio.jp/file/071210/Vitus070902.jpg

このようなエピソードはVitus Audioをどのように日本にオーディオシーンに
紹介していくべきか、私に大いなる期待感と慎重なるプロモーションの方針を
与えてくれたものだった。

それは、正にVitus Audio作品との対話であり、同社のフィロソフィーを正確
に理解した上での音質検証と啓蒙ということであり、それにはVitus氏からの
期待と信頼感に応えるためにも充分過ぎるほどの時間と慎重なシステム構成に
よって開始したものだった。

Vitus Audioの新製品をここにセットしてから数々のトライアルを重ね、更に
同社の純正ケーブルをフルに使用して同社の感性と技術力を自信をもって実演
できる体制がやっと出来上がってきたのである。私がこのレベルまで磨き上げ
るというこだわりと慎重さがVitus Audioの再スタートにはぜひとも必要だと
考え、妥協なしの音質を先ずは実現したかった。


    ◇ The oncoming generation Vitus Audio -inspection system ◇

………………………………………………………………………………
Vitus Audio SCD-010<専用ANDROMEDA ACケーブル1.5m付属>(税別\2,000,000)
http://www.cs-field.co.jp/vitusaudio/vitusaudiomain.htm
          and
TRANSPARENT PIMM(税別\480,000.)
http://www.axiss.co.jp/transparentlineup.html#POWER
………………………………………………………………………………
                ▽ ▽ ▽

Vitus Audio  ANDROMEDA INTERCONNECTS XLR-XLR / 1.0m (税別\308,000.)
http://www.cs-field.co.jp/vitusaudio/cable.htm

                ▽ ▽ ▽
………………………………………………………………………………
Vitus Audio SS-010<専用ANDROMEDA ACケーブル1.5m付属>(税別\2,000,000)
http://www.cs-field.co.jp/vitusaudio/ss-010.htm
          and
TRANSPARENT PIMM(税別\480,000.)
http://www.axiss.co.jp/transparentlineup.html#POWER
………………………………………………………………………………
                ▽ ▽ ▽

Vitus Audio  ANDROMEDA SPEAKER CABLE-SINGLE / 3.0m (税別\913,000.)
http://www.cs-field.co.jp/vitusaudio/cable.htm

                ▽ ▽ ▽
………………………………………………………………………………
MOSQUITO NEO(税別\4,800,000.)
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/oto/oto54.htm
     and
H.A.L.'s original“B-board”(二枚/税込み\256,000.)
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/fan/B-bord.html
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/521.html
………………………………………………………………………………

何ともシンプルなシステム構成だが、望ましいクォリティーを持っているなら
ワンボディーでその機能を完結させて欲しいものであり、スペースも取らず
見た目の仰々しさもなく、大人のセンスと品格ですっきりとしたシステムに
まとめたいという要望をお持ちの方はことの他多いのではないだろうか。

私が検証したエレクトロニクスの中でも、このサイズと価格でMOSQUITO NEOを
これほどまでに魅力的に鳴らしたコンポーネントは少ない。

長年の経験からプリメインアンプとセパレートアンプのどちらを選択すれば
いいのか、という問い合わせが多数あったが、中途半端なセパレートよりも
完成度の高いプリメインアンプに軍配が上がるケースがある。私は今回時間を
かけてVitus Audioを聴き、益々その回答に自信が持てるようになった。

Vitus Audioの基本デザインは同社の他のラインアップも同様なコンセプトに
よるものだ。共通しているのは厚みが20ミリというアルミから削り出した重厚
なフロントパネル。エンクロージャーを構成する各パネルも7ミリから12ミリ
という分厚いものであり、シックなデザインの中にも高級感が溢れる。
これは実物をご覧になると更にお解かり頂けるだろう。

SCD-010に関しては単体プレーヤーとして他社比較もかねてインプレッション
を下記に述べているが、実はSS-010とのペアリングによって更に魅力的な音質
が得られるのであった。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/553.html

SS-010のコンセプトはプリメインアンプという昔ながらの表現ではちょっと
現実的でないかもしれない。もともとは入力二系統のパワーアンプなのであり、
精密なアッテネーターでボリュームコントロールを可能にしたということだ。

このアッテネーターをバイパスして優秀なプリアンプとペアで使用することも
可能であるが、SCD-010の得がたい魅力として単独で使用したいものである。

ボリュームコントロール・スイッチは同社のプリアンプSL-100と同じフィーリ
ングなのだが、二年前と違いファームウェアが進化して大変使いやすくなった。

二年前のSL-100のボリューム設定は最大で-2dBそこから2dBステップで-24dB
まで、ここで少し飛んで-28dBから-34dBまで2dBステップで、また少し省いて
-38dBから-40dB、次は-45dB、-47dB、-51dB、-53dB、-58dB、そして最低に
絞り込んで、-60dBと、わずか24ステップしか調整範囲を設定していない。
また、-60dBとでは完全に信号はオフにならないので、無音状態までは絞込み
はしていないという頑固な設計だった。

それに対して現在は恐らくSL-100もSS-010も同様だと思われるが、次のように
大変細かい設定でボリュームコントロールが出来るようになった。

-58.5dB -57.0dB -55.5dB…と1.5dB刻みで変化し、これが-3.0dBまで続く。
そして、-2.0dB -1.0dB 0.0dB +2.0dB +3.0dB +4.0dB +5.0dB +6.0dB +6.5dB
が最高値となり合計48ステップの細かいボリューム調整を可能とした。
また、最低値ではシャットオフされて完全に音は出ない状態になっている。

思い返せばSCD-010とSS-010のペアは本年9月1日のハルズパーティーの第一部
で最初に音を出したものだったが、その時の音質は両者の魅力を引き出す前の
ことであり、十分なバーンインとウォームアップがなされて初めて本領を発揮
するものだということがわかった。

この四ヶ月間は24時間の通電を行い、バーンインの時間は2,000時間以上、
そして同社の各種ANDROMEDAシリーズのケーブルも十分にバーンインがなされ、
営業中に空調を使った状態でSS-010のヒートシンク上の温度が39度という
コンディションでいよいよ本格的な検証を開始した。

せっかちな私がなぜ四ヶ月も待てたのか!?
いや、正確に言えば聴き続けていながら、なぜ今まで黙っていたのか!?

ある意味では馴染みがあり親しみもあるVitus Audioの音質、それは二年前の
体験から当時の形容詞をそっくり引用しても何も問題ないという自信はある
ものの、ここ最近の新製品のレビューでは多くの解説と比喩を使い果たし
ボキャブラリーが枯渇してしまった(^^ゞということもあって、聴き続ける
ことでVitus Audioが私に新たな表現力を自然に与えてくれるのを待とうとい
う気持ちがあったからだ。

三ッ星の美味しいものばかり食べてきた私が味を表現する言葉を使い古して
しまったということから、文章表現に一時は行き詰まりを感じつつあった。
そこで、胸の奥底から新たな感動が言葉となって湧き上がってくるのを待とう
という心境があったからだ…。

果たして、熱いVitus Audioは私の体温も上げてくれるのだろうか!?



     〔2〕オーケストラの演奏で実感する魅力とは!?

マーラーが「二つの部分からなる交響詩」(現在の交響曲第一番)の作曲にとり
かかったのは1884年。完成したのは四年後のライプツィヒでのこと。
翌年ブタペストで初演されるが聴衆の反応は冷ややかだったという。更に四年
後のハンブルクでの再演にあたりマーラーは作品の改訂を試み、巨人の副題を
冠することにした。

ちょうどその頃、アメリカはマサチューセッツ州のボストンでは都市部の道路
建設/高速輸送プロジェクトなどの再開発のために存続が危ぶまれていたのが、
長らく市民に親しまれてきたOld Boston Music Hallだった。

ボストン交響楽団の創始者であるメージャー・ヘンリー・リー・ヒギンソンは
その年の夏に新しいコンサートホールを永久的にボストン交響楽団に提供すべ
く財団を設立し、ビジネスマンであり大富豪となったヒギンズが広大な敷地を
寄贈したハーバード大学の若き物理学者のWallace Clement Sabineをはじめと
する建築家(ニューヨークのマッキム、Mead、およびホワイトら)を雇った。

コンサートホールの音響工学においてWallaceは実際の建築が始まる前に残響
時間を予測する数式を開発し、ボストンシンフォニーホールは世界で始めて
科学的な音響工学に基づく設計によって建築され、1900年10月15日に完成した。

2.1秒という理想的な残響時間を獲得したボストンシンフォニーホールの建築
とほぼ同時期に、マーラーはニ長調の交響曲としてアンダンテであり花の章と
呼ばれた第二楽章を削除し、最初は五楽章あったものを四楽章構成の交響曲へ
と完成させていった。マーラーは24歳で交響曲第一番の創作に着手し、28歳
の時にほぼ完成させ、更に改訂を進めながらボストンシンフォニーホールの
落成の時にはやっと30歳だったのだから若い。

ちなみに、巨人という副題はジャン・パウルの同名の小説からつけられたもの
だが、花の章の“花”もジャン・パウルの作品からの命名によるもの。

1967年以降はいったん削除された“花の章”を加えて五楽章で演奏されること
も見受けられるようになる。そして、1973年からボストン交響楽団の音楽監督
として就任した小澤征爾がマーラーの交響曲第一番を、この“花の章”を加え
て演奏し録音したのは1977年のこと。この年に私がダイナミックオーディオに
入社したということであり、その録音は現在LPレコードとしてここにある。

このレコードのジャケット写真に写っている小澤征爾は42歳の若さ。ただし、
このジャケットにあるクレジットには五楽章という表記ではなく四楽章として
記されており、レコードのレーベルを見ても“花の章”を単独の楽章としては
捉えられていない。レコードの音溝を注視して、第二楽章の始まりとおぼしき
ブランクに針を落とすと流れてくるのが“花の章”であり、私が何年間もCDの
リファレンスとして聴き続けている第二楽章はその後に続けて演奏されている。

前述の小澤征爾/ボストン交響楽団/マーラー交響曲第一番をLPレコードによる
作品としてから三年を経て、小澤征爾は同楽団とともにフィリップスとの契約
において80年から92年にかけてマーラーの交響曲全集(「大地の歌」を除く)
を録音した。これらのほとんどは試聴用としてここにコレクションされている
のは言うまでもない。この録音は順不同であり、私の愛聴盤である第一番が
録音されたのは奇しくもLPレコードの録音からちょうど10年後の87年であった。

51歳の誕生日の6週間前に敗血症のため息を引き取ったマーラーの臨終の言葉
は「モーツァルト…」だったと言う。ほぼ同年代の小澤征爾がデジタル録音で
望んだマーラーの交響曲全集は10年以上の歳月をかけて収録されていったが、
その二十年後に今度は51歳を迎える私が当時の録音を使い続け、ほぼすべての
コンポーネントの分析と評価に小澤征爾/ボストン交響楽団/マーラー交響曲第
一番が必須のものとなっている。ひとえに私の思い入れに過ぎないものだが…

もちろん、これらの偉人たちと肩を並べるという意味では到底ありえず、平々
凡々とした一市民である私なのだが、この仕事も30年続けていると多少の厚み
と経験則で語れるだけの引き出しの数は揃えられるようになってきたという
ところだろうか。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

新年も明けて早いもので二週間が経とうとしているこの頃。正月休みにはここ
の電源もすべて落としていたので、1月5日から通電を再開し毎日聴いているが、
二日目三日目、それから数日と経過するうちに不思議なものでVitus Audioの
コンポーネントは音質が変化していくのがわかる。

最初はぐっと握り締めた拳に力が入っていたように、オーケストラの各パート
の演奏に力みがあるのか開放感が従来よりも減じていたが次第に本来の感性が
戻ってきたのか、リラックスして指先までほぐれてきたように感じるように
なってきた。さあ、このくらいからが本領発揮という頃合を見計らって再度
マーラー交響曲第一番のCDをじっくりと聴くことにした。

http://www.bso.org/bso/index.jsp?id=bcat5220002

前述のように歴史の重みを感じつつ、いつものように第二楽章だけでは演奏者
にもボストンシンフォニーホールにも、そしてVitus Audioにも申し訳なく
失礼にあたってはいけないと一人合点して、第一楽章から最後までをじっくり
と聴きなおすことにした。

SS-010は年明けに五日ぶりに電源を入れて聴いた時にはボリューム設定は-3dB
では何らかの影響か、筋肉がほぐれておらず緊張感が先行してほぐれておらず
私の記憶から比べてもぎこちない再生音だったのだが、バーンインが進むに
つれて同じ-3dBでも不思議にすっきりとすがすがしい雰囲気が漂い、更に音量
を申し少し上げたくなるような気分だった。

せっかく第四楽章まで通しで聴こうという気持ちなので、試聴室の換気扇と
エアコンもすべて止めてしまい、試聴環境のノイズフロアーを出来るだけ良い
状態にして聴き始めた。実は、このように空調を完全に止めてしまうという
ことで今日まで四回以上繰り返して同じマーラーを繰り返し聴いていた。
そして、聴くたびに益々良くなっていくのだから不思議だ。

もう皆様がご存知の通り、マーラー交響曲第一番の第一楽章の冒頭は細かい
アルコの切り替えしによって同じ音階をずっと引き続ける弦楽器群が印象に
残る。夜明けの曙光が次第に地平線から立ち上ってくるような、次第に舞台の
幕がゆっくりと上がっていくような、抑えに抑えた弦楽器の静かでありながら
力強い演奏がわずかな緊張感を保ちながら延々と続けられていく。

夜明けの山と大自然を思わせるように、クラリネットがカッコウの鳴き声に
似せて目覚めのときを告げると、木管楽器の各々が左右のNEOの中間に彩りも
鮮やかに数小節の演奏を交互に展開する。

「おいおい、随分と空間表現が大きく広いね〜」

ボストンシンフォニーホールのステージは手前側の最大の横幅でざっと23mと
高さがおおよそ10mほど。しかし、一世紀前にも音響建築を科学的に追求した
ということだけあって、ステージの天井に当たる面積はステージ床面よりも
台形になっており小さい。つまりステージ両翼の壁面は微妙な傾斜があり、
上に行くに従ってわずかに内側に傾斜している。しかし、遠近法のマジックで
下から見上げている分にはわからないのだろう。

今まで特に意識していなかったが、本当にコンパクトなVitus Audio SCD-010
とSS-010のエレクトロニクスと各種ANDROMEDA CABLEが織り成すオーケストラ
の演奏では私がこれまで常識として感じ取ってきた広大な空間表現を忠実に、
いや…もしかすると、より以上に音場感の再現性として見事な展開を聴かせる
ということが私に静かな感動を与えるようになってきたようだ。

ここのMOSQUITO NEOの主軸の左右間隔は3.1メートル。私の耳とNEOのフロント
バッフルの距離はおおよそ4メートル。私から見て左右のNEOの開き加減は角度
で45度というセッティング。

その45度という広がり加減の1.5倍ほど更に両翼に展開する音場感が凄い!!
それを象徴するのが、この一楽章の木管楽器の残響のリアルさだろう。
わずかに傾斜するボストンシンフォニーホールの両翼壁面は見事な彫刻と古代
ローマ時代の彫刻のレプリカが天井近くに鎮座し聴衆を見下ろしているのだが、
それらの複雑な壁面の形状が残響の滞空時間を豊かにしているのだろう。

たった一人の管楽器奏者の楽音が2ch再生でも想像を上回る空間表現のサイズ
アップを可能とし、左右のスピーカーの上方に残響を振り撒いていく美しさが
見事に第一楽章の冒頭から展開する。

やがて一分ほど経つと、ミュートされたトランペットのファンファーレがNEO
のずっと奥の方から駆け上がるように吹き鳴らされ、その後のホルンの演奏に
つながっていくステージ上での遠近法の消失点を私の目の前で点滅させる。

三分を経過するうちに、この楽章の主題である「ゆるやかに、重々しく」と
いう解釈に呼応するように、大太鼓とコントラバスの音量を押さえて静けさの
中にも重厚さを湛える低音をさりげなく響かせていく。これはいい!!

「えっ、この低域の濃密な音とホールの隅々まで響き渡っていく低周波の残響
 をたった25Wのパワーでこなしているというの!?」

やっと四分を過ぎようとするとき、1883-84年にマーラーが発表した歌曲集で
ある「さすらう若者の歌」の主題を、やっと単一音階の演奏から開放された
弦楽器が奏で始め、五分を経過したところで初めてトライアングルが叩かれる。

低域の重厚な響きをVitus Audioがこともなげにこなし、次に煌くような
トライアングルがトゥイーターが存在していないセンターから左よりの空間で
見事な音像を結び、はっと私の視線をその一点に釘付けにするようなリアルな
高域を再現する。

今まで私が数多く体験し、NEOを鳴らしてきた錚々たるパワーアンプを擁する
豪華なシステム構成であれば、このくらいは当然と胸を張って言えるものだが、
Vitus Audioのたったふたつのユニットがここまでの情報量と鮮明な輪郭表現
を当たり前のように提示してくれることの驚きは私の常識を上書き保存するに
ふさわしいグレードである。これには参った…!!

この楽章の録音時間は15分と51秒。その寸前までマーラーが指揮者に求めた
解釈の「ゆるやかに、重々しく」というメッセージにふさわしく、抑えに
抑えていたオーケストラが14分7秒から爆発するようにフォルテに移行し、
長い長いクレッシェンドに終止符を打つ!!

この時のトランペットの力強さ、大太鼓の的確であり雄大な打音、すりあげる
ように主題を繰り返す弦楽器のスピード感、まさにあっという間の展開を眼前
にしてVitus Audioの実力がスペックに左右されないという現実を見せ付けら
れたのだから言葉がない!!

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

静けさから始まり、長いクレッシェンドの坂道を歩き上ってきた管楽器が主役
とも言える第一楽章が終わり、無音のままに進むSCD-010のカウンターの先頭
がぱっと変わったとき、いつもの第二楽章が始まった。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/553.html

私は上記のレポートの中でSCD-010の個性を次のように語った。

「日本女性の黒髪に見られるキューティクルの輝きであり、しなやかな感触を
 イメージさせるあの質感」

第二楽章での弦楽器のあり方はまさにその通りなのだが、SS-010を加えて更に
ケーブルも同社のオリジナルとして、Vitus Audio純正のシステム構成で聴く
第二楽章はSCD-010単体で分析した時にも増して色濃い個性を聴かせてくれる。

私がMOSQUITO NEOをNautilusを継承する魅力のスピーカーと称しているのは
スピーカーの存在感が消えるということであり、その意味で音源である左右の
NEOのドライバーの位置関係とまったく切り離された楽音の定位感が欲しい。

特に毎回述べているように面として展開して欲しい弦楽器の空間における音像
のあり方を厳しくチェックしてしまうのが私の悪癖と言えなくもない。この時、
私は完全にVitus Audio+MOSQUITO NEOが繰り広げる弦楽器に最初から両手を
上げていることを自覚していた。私の求める方向性に完璧に一致した音質なの
だから仕方がない…。

第一楽章で一本の管楽器がホールエコーの見事さをどれほど強烈に発揮したか
という熱気をはらんだ記憶が冷めぬうちに、この冒頭の弦楽器の合奏を目の
当たりにしたら文句のつけようがないのだ。ただし、アンプがHALCROであり
プレーヤーがESOTERICであったときのステージ感とは趣を異にしているという
ことはすぐにわかった。そう、オーケストラ全体との距離感において深いと
いうか遠近法のスタート地点がVitus Audio+MOSQUITO NEOの方が聴き手からの
距離感をより感じさせるのだ。

絵画における遠近法は遠い対象の事物をサイズを小さく描くことはもちろんの
ことだが、空気中の水蒸気があってのことか遠方の対象は極めて微量の白を
色彩感に追加し、はるか遠くの遠景には大気の存在感として色合いを淡く表現
することが往々にしてある。

しかし、Vitus AudioがNEOに対して指示した遠近法では色彩感には何の変化も
与えずに、オーケストラの後方に位置する楽音の解像度や質感にあいまいさを
含ませることは一切ない。遠方であっても忠実な輪郭と質感をそのままに再現
するのだが、不思議なことにホールの大きさやステージからの距離感を連想
させるテクニックをVitus Audioはじっくりとウォームアップさせることで
発揮するのである。

「そうか〜、ホールエコーの含有量が遠近法を耳で感じさせるのか!!」

この答えをもっと瞬間的に引き出せなかった私は自分の分析力をちょっぴり
恥じることになってしまった。
そう、ステージを見上げて手前に位置する弦楽器よりも奥に位置し、そして
大きな音量を出しえる管楽器や打楽器の視覚的なイメージに距離感を出す方法
としてホールエコーの反射をマイクが拾い、再生システムが情報量の一環と
して楽音の響きの部分を忠実に再現することでステージ感の深みを聴く人に
無意識のうちに体感させているという録音テクニックの上手さとの共存なのだ。

恐らくは第二ヴァイオリンかビオラセクションだと思われるが、ステージの
中央でピッチカートがしばらく続き、それにヴァイオリンがアルコの合奏を
同時に展開し、その合間にステージの上段に居並ぶ金管楽器が交互に光を
浴びるように演奏の見事なチェーンリアクションを展開する。特に右側後方の
チューバやトランペットの質感は切れ味鋭く、しかし質感ににじみがなく鮮明
であり、ホルンの尾を引くような鳴りっぷりとは音色の対比を強く描き出す。

私の目と耳は次々に展開するオーケストラの各パートを聴きながら、そう何度
も繰り返して聴いているのに聴くたびに楽しいという思いが数日間も続くのだ
から不思議なのだ!! いったいVitus Audioとは何だろうか!?

私の記憶にある高価なアンプとプレーヤーによるNEOの再生音の膨大な記憶を
さかのぼっても、それに匹敵する実力と魅力を備えているという事実が聴き
続ける時間が長くなればなるほどに実感として高まっていくのだから仕方ない。

「いや〜、この弦楽器の色艶はなんと例えればいいことやらわからないぞ!!」

既に緑の黒髪の引用を使い果たした私は、天使のヘアーなどを持ち出さない
うちに(笑)Vitus Audioが聴かせる弦楽器の美しさを言葉にするという愚行を
思いとどまることにした。こればかりは聴いて頂くしかない!!

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

静かなティンパニーとコントラバスのソロでゆったりと始まる第三楽章の葬送
行進曲でもVitus Audioの持てる魅力が意識しなくても耳にしみ込んで来る。

変ホ長調のクラリネットが葬儀の行進を先導するように現れると、その背景と
なるホールの大きさが対照的にわかってしまうほどの余韻感の充実がいとも簡
単に手中にできるとしたら何とVitus Audioは素晴らしい仕事をしたというこ
とだろう。

ストイックに音量を抑えて演奏される第三楽章では四分過ぎにゆったりとした
グランデッサの連打が一定のリズムを織り成し、そのを取り巻くように管楽器
のソロパートが順送りにスポットライトを浴びてステージに存在感を示す。

弦楽器は再度ピッチカートとアルコのセッションが繰り返され、弾いた瞬間
から消滅するまでの時間軸を私は思わず指先を動かすことでカウントしていた。

上から見れば一辺が43センチの正方形というサイズながら35Kgという重量が
なぜ必要なのか!? 250Wという電力を常に消費しながらも大半を熱にしてしま
うという完全A級動作で、何と十分の一の出力しかカタログに載せなかった
SS-010は大音量の再生にいかに対応するかという上限における注目点ではなく、
このように静寂感の上にちょっぴり顔を出す楽音をしっとりと演奏させる時に
こそ存在感を発揮しているのではないかと私は考えてしまった。

管楽器の音像というピンポイントの定位感が平然と提示され、ゆったりと流れ
るような弦楽器がかもし出す投影面積の縮小と拡大という音量に伴う変化の妙。
これまでの楽章と同様に最初の導入部では楽器の数は少なく、ソロパートの
響きがホール全体のスケール感をイメージさせ、エコー感が浮遊することで
コンポーネントの情報量を立証するという決め技がすべて決まってきた。

極力静かな環境が出来る時間帯にじっくりと味わって欲しい楽章がこれだ。
Vitus Audioはその時を待っている!!

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

胸を突くシンバルの音、怒涛のように繰り広げられるオーケストラの最強音!!
これまでの楽章とは対照的な第四楽章の冒頭では度肝を抜かれる。
たった25Wのアンプがなぜ、かくも広大で力強い演奏を低域という重要な要素
を手厚くフォローしつつ可能にするのか!?

緊張と弛緩、まさにこれの繰り返しの第四楽章はVitus Audioの、いや、正確
に言えばSS-010というアンプの隠された実力を余すところなく発揮する真骨頂
とも言える演奏が繰り広げられる。

冒頭からのフォルテは三分ほどでなりをひそめ、続く三分間はゆったりとした
流れに聴き手を誘っていく。緊張を解かれた私は最前の弦楽器の美しさに聴き
惚れ、Vitus Audioが手を引いてくれるようにマーラーの創作の奥深さを探り、
身をゆだねるように旋律の美しさに時間を忘れる。

完全に空調を止めた地上七階のこの部屋で、照明も半分落として見えるものに
影の部分を多くすることでイマジネーションの行く先に自由度を与える。
そんな聴き方の是是非はともかく、オーケストラの各パートが絶妙な連動を
見せる楽章に次第になじんでいく…。

八分を過ぎようとするときに、今度はホルンが第一楽章で見せたファンファー
レの旋律を奔放に歌い上げ、再度聴く人のテンションを次第に右肩上がりに
緩やかに高めていく。その連動の隙間隙間で私は各パートの質感をチェックし
各々の楽器が発した余韻感が薄暗くなったNEOの周辺に時に輝き、時に地を
這うような低音の残響を含み、どこかに向けてゆっくりと気がつかないように
私の集中力の矛先をVitus Audioから引き離していこうとするかのようだ。

オーディオ装置で再生音を出している…、そんな現状認識が次第に薄れていく
のはVitus Audioの魔術なのかマーラーの素晴らしさなのか…。
近代のハイエンドオーディオはこうでなければならない、という私のこだわり
が明文化されていたとして、それをつづった私の記憶を快感と引き換えに忘れ
ろと言っているようにVitus Audioは私を引き込んでいく。

「あっ、私はここにいてマーラーを聴いていたんだっけ…」

チェックポイントを採点するという仕事を、次第に忘れさせてくれるという
演奏を体験することは極めてまれなことだ。

12分に近づくと、第一楽章での主題が再度提示され、小鳥のさえずりやカッコ
ウの鳴き声が模倣される管楽器の演奏が緩急のうねりにひとつの区切りを提示
し、録音時間19分56秒というこのトラックの終焉に向けてなだらかな上り坂を
イメージさせながら主題の繰り返しにおける楽音の音量と迫力が次第にNEOの
周囲を取り囲み始める。

打楽器とぴったり息の合った管楽器と弦楽器の発音の瞬間には私の体の表面に
見えざる波動がぐっと押し寄せてくるのがわかる!!

緊密に連携したオーケストラのすべてが瞬間的に放つインパクトが大きな空間
に飛散しながら消滅していくという過程をスローモーションで見せるのだが、
最初のインパクトの時間軸だけはハッとさせるスピード感とテンションが冴え
る。こんな芸当は数百ワットのパワーアンプが見せるものだったはずだが!?

トランペットのファンファーレとティンパニーの連打にグランカッサの重厚な
響きが幾層にも重なり、ホルンと弦楽器の主題の繰り返しが飽和点はまだか、
とボリューム設定の大きさに不安感を感じさせることもなく、いや、逆に私は
まだボリュームを上げたいという欲求を感じつつ強烈なフィナーレに向かい
ながらVitus Audioのしなやかな筋力に舌を巻いてしまったのである!!

瞬間的な大出力では歪感は捉えにくいので、25WのSS-010でも破綻したとして
も、それは中々察知できないだろう。いや、瞬間的には100W近くまで出力して
いるということは経験上でもわかる。

定格出力というのは一定の歪率において出しえる出力を言う。しかし、瞬間的
にはその何倍も出力しているというのが実態であり、アンプの出力における
ディストーションカーブというのは連続出力での測定によるものだ。

要は瞬間的な大出力というものは電源部のゆとり、ないしは巧妙な設計により
ディストーションカーブの上昇点を人間が感知しなければ良いということだ。

私は経験上、本当にアンプの出力がクリップしたときにどのように音質になる
かは当然承知しているものであり、このSS-010の限界も大きなホールでの演奏
によって承知している。しかし、オーケストラの最大音をここで再現するには
何とも余裕のパワーを示すのだから驚かされるものだ。

私は三年前にサントリーホールでヒュー・ウォルフ指揮によるフランクフルト
放送交響楽団によるマーラーの交響曲第一番「巨人」の生演奏を聴いた経験が
あるが、演奏のテンポと各楽章での展開が実に小澤征爾/ボストン交響楽団の
それに近かったという記憶があり、聴きなれたCDの演奏に酷似していたという
うれしさがあった。当然、小澤征爾/ボストン交響楽団という名門の組み合わ
せとは違うものという専門家のご意見もあるだろうが、オーディオの教材とい
う見方をした時に私は大変喜びを持って聴いたものだった。

当時の指揮ぶりを思い出しても、また楽員の連動した体の動きを思い出しても
この第四楽章で次第に上り詰めていくという興奮は私の記憶に鮮明に残って
いるものだった。

今夜の試聴も次第に残り時間が少なくなり、雄大な主題の繰り返しが音量と
迫力を同時に上向きにしていき、指揮者の上半身の動きが大きくなっていく
ビジュアルを思い出す。

そして、最後の最後にVitus Audio SCD-010のカウンターが19:56にあと少しと
いうまさに最後の一瞬。三年前に見たヒュー・ウォルフはすべての演奏の終焉
を操り人形の糸をぱっと断ち切った瞬間の動きで表現していた。

つまり、両腕は力なく垂れ下がり、上体は虚脱感を示して頭をたれ、全身の
力を使い果たしたという姿勢を拍手がやってくるまで続けていたのだった。

今夜、同じ瞬間を迎えたとき、Vitus Audioはヒュー・ウォルフ同様にすべて
を出し切ったという充実感と達成感を私に体感させてくれたのだった。

私の内なるハートが熱く燃え、心の中で喝采を叫び、拍手をしようと腰を浮か
せるそのときまで…。

そう!! SCD-010のカウンターが19:53の時、ボストン交響楽団は最後の一音を
放っていた。そして、小澤征爾の両腕は振り下ろされ、残る三秒間に消え行く
ホールエコーを見送り、Vitus Audioはボストンシンフォニーホールに消滅し
ていく楽音の残滓を余韻として私に伝えることで最後の使命を果たしたのだった!!

SCD-010のカウンターが再び1-00:00にリセットされた瞬間、私は立ち上がっていた!!


                              【つづく】


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