発行元 株式会社ダイナミックオーディオ
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H.A.L.担当 川又利明


No.322 小編『音の細道』特別寄稿 *第40弾* 
      「Hans-Ole Vitusが起こした奇跡とは!? 」
1.予感

「川又さん、デンマークから凄いアンプが来ますよ!」と耳打ちされたのはいつごろ
だったろうか?

私はこれまでの経験からスピーカーはデザインを見れば設計者のコンセプトと音質
は大体が推測できるのだが、アンプばかりはそうもいかない。しかも、パワーアン
プだけ、プリアンプだけという単体での分析は大変困難を極める。言い換えれば、
プリやパワーアンプ単体では設計者が本当に目指したものは聴き取れないものだと
私は考えている。他社製品との組み合わせでどちらを聴いても、それは混血の状態
であり、私は単体で試聴していて違和感を感じることが多い。

例えれば違う彫刻家二人にウエストのサイズだけは申し合わせておいて別々に上半
身と下半身を作らせて、除幕式の前につなぎ合わせたような感じだろうか。

異なるメーカーのプリとパワーを組み合わせたとき、私が要求する微細な部分で納
得できない部分があったとして、同じ作者のペアにするとその疑問点が嘘のように
消えてしまったという経験が度々あるからだ。

メーカーとしてプリのみパワーのみと片側しか製品がない場合にはやむを得ないが、
両方を作っている場合にはどんなに高価な製品であろうとも単体では持ち込みをお
断りすることもある。価格が高ければ高いほど中途半端な評価は出来ないからだ。

そんな私に噂として耳にしていたアンプを持ち込みたいと輸入元から提示されたの
が一週間ほど前のことだった。それをNo.1019で下記のように予告していたものだ。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

関連リンク
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20041130/heavy.htm
*このページでのバッテリーを使用という表記は間違いです。

詳細はメーカーの直リンクでご覧下さい。
http://www.vitusaudio.com/

輸入元のリンクはこちらです。
http://www.heavymoon.co.jp/

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

12/27のこと、展示内容も頻繁に新陳代謝しているH.A.L.にいよいよVitusAudioの
アンプが持ち込まれた。日本にはまだ1セットしかないというSL-100とSM-100の両雄
が専用トランクで運ばれてきた。

A級とAB級を切り替えられるという特徴、大きなボディーとヒートシンク、そして
75キロという重量、それらを見ただけで即日直ちに感動的な音が出るはずもない、
ということは経験上わかっているので、本格的な試聴は明日からだろう…、などと
思いながら、ほんのつまみ食いのつもりで数曲を聴いてみた。当然ケーブルもあり
合わせのもので通電しておけばいいか〜、という軽い気持ちであったのだが…!?

「こ…これは…!!」

前回音質的に感動してShort Essayを書いたのはいつだったか? 履歴を調べると何と
8/29配信のNo.0973で語ったGOLDMUND  MIMESIS 24ME以来ではないか!!
途中にESOTERIC P-01 & D-01のフルサイズの随筆やマラソン試聴会というイベント
があったものの、私が緊急に皆様にお知らせしたい感動体験が実はこの半年間は大
変少なかったということか。

しかし、セッティングした当日に私が感じた“予感”はShort Essayを執筆する気持
ちにさせてくれたようだ。日頃は上遠野に試聴室内のセッティングを任せているの
だが、翌日私は自分でシステムを下記のように組みなおして本格的なバーンインを
開始したのである。

  -*-*-*-*- VitusAudio検証のためのリファレンスシステム -*-*-*-*-

 ESOTERIC G-0s ■8N-PC8100■    
     ↓
 7N-DA6100 BNC(Wordsync)×3本
      ↓
 ESOTERIC P-01 ■8N-PC8100■
      ↓
 PAD DIGITAL YEMANJA XLR 1.0m ×2 (税別価格\588,000.×2)
      ↓
 ESOTERIC D-01 ■8N-PC8100■
      ↓  
 PAD YEMANJA XLR 1.0m  (税別価格\1,480,000.)
      ↓   
 VitusAudio SL-100(税別価格\2,800,000.)■ESOTERIC 8N-PC8100■
      ↓  
 PAD YEMANJA XLR 3.0m  (税別価格\1,800,000.)
      ↓  
 VitusAudio SM-100(税別価格\4,980,000.)■ESOTERIC 8N-PC8100■
     ↓  
 PAD YEMANJA BI-WIRE SPK 5.0m  (税別価格\6,670,000.)*シングルで使用
     ↓
 MOSQUITO NEO

税別システム合計価格 \31,376,000. YEMANJAの税別合計は\11,126,000.

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

PAD YEMANJAだけでこのような金額になってしまうので反則だ(笑)と思われる方もい
らっしゃると思うが、毎回述べているようにダメなコンポーネントを良く聴かせる
というケーブルはない。ただただコンポーネントの潜在能力を引き出すだけがケー
ブルの使命というものである。実力のないコンポーネントであれば、逆に馬脚を現
すというものだ。

そして、この新世代PADに関しても以前のDOMINUSのようにシグナルパスを統一して
こそ真価を発揮するものであり、私の課題としてもフルYEMANJAでの評価を待ち望ん
でいたものだった。このYEMANJAは下記のULTRA SYSTEM ENHANCERを使用しても150時
間のバーンインが必要というものであり、本格的なケーブルの評価は年明けになっ
てしまうだろうが、今後別のレポートとして皆様にもお知らせしていきたいと思う。
http://www.cs-field.co.jp/PAD/PRODUCTS/systemenhancer.htm


2.頑固なこだわりの設計

さて、年内に発見したものは年内に配信したいと願っていたものだが、中々そのよ
うな時間が取れずに年越しをすることになってしまった。いつもであれば24時間通
電をしているここでも年始の三が日は完全に電源を落としてしまうので、この書き
かけの原稿も年越しとなってしまった。

ハルズモニターで出払っていたESOTERIC 8N-PC8100が1/4に戻ってきたので、早速上
記のシステムの電源を再投入した。毎朝出社するとアンプの熱で試聴室の中は熱気
がこもっていて真冬でも冷房をかけているものだが、ほぼ四日間の間に完全に冷え
込んだ試聴室では逆に暖房が欲しくなるほどだった。そして、五日ぶりに新年最初
の演奏を楽しもうと思ったのだが、やはり予想通り前回感激した音質はすぐには戻
って来なかった。そこで即日の試聴は断念して、せめて一晩だけでもということで
ULTRA SYSTEM ENHANCERを一晩三晩とリピートさせることにした。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

アンプの放熱に関して話題になったところで気が付いたことがある。上記リンクで
SM-100のカタログをご覧になった方は多いと思うのだが、SM-100はフロントパネル
のスイッチでA級とAB級を切り替えることが出来る。私はこれまでの経験からもっぱ
らA級での音質を評価して来たものだが、SM-100の本体とヒートシンクに触れてみて
もA級100Wというパワーにしてはあまり高熱を発していないのだ。

最大出力のスペックの大小はあれど、MarkLevinson  KRELL の以前のタイプ、そし
て同じデンマークのグリフォンなどは熱くならないといい音がしないものであった。
それらは猛烈な放熱があり、ヒートシンクに手の平で触れようとしても思わず手を
引っ込めてしまうほどのものだった。ところがSM-100は純A級動作を選択しても平然
とヒートシンクに手を乗せていられる程度の温度上昇しかないのである。

過去に体験したパワーアンプでA級とAB級を切り替えできるというものは、小音量で
クォリティーを追求したい時にはA級、大出力が欲しいときにはAB級という感じでバ
イアス量を変化させていたものだが、以前はAB級の方が放熱が少なくA級動作にする
と途端に発熱量が大きくなりバイアス量も大きくしてのA級動作という設定だった。
熱がガンガンでるほど、なるほどさすが贅沢なA級アンプとはこういうものなんだ、
という思いを多数のアンプで経験したものだった。

そして、ここで注目しなければいけないのはSM-100の出力表示である。A級とAB級の
どちらでも同じ100Wなのである。

では何が違うのかというと、同じ100Wを発生させるために使用する消費電力がA級で
340W、AB級で107Wということで、使用しているバイポーラトランジスターのバイア
ス電流をAB級で省エネ設計にしているだけのようなのだ。つまり、AB級にするとよ
り大きなパワーが得られるという発想ではないのだ。これは言い換えればパワーデ
バイスであるトランジスターの動作点を最高のポイントに絞り込んで設定し、無理
な出力ははなから設計しないという判断でもある。

思い返せば、バブル全盛の時代に作られた当時のMarkLevinsonやKRELLなどのモンス
ターアンプでは1オーム負荷で2,400Wを出力可能とし、その際に電源コンセントに求
める電流容量が最大で70アンペア!! などというものもあったのだが、それに比較す
ると何とも実質本意で日本などの電源環境に優しい設計ではなかろうかと感心して
しまった。このシーズンに家庭用の暖房器具の消費電力を見ても600Wや1000Wなどは
当たり前ということからも、あれだけの放熱面積をもつヒートシンクで370Wをゆっ
たりと流してやれば、この程度の熱量で済むのだろうという納得がいく。

可変バイアスで大出力を求める大型パワーアンプは、その大出力を省エネ設計する
ということで半導体の動作点を超!!瞬間的に振ることでA級動作という定義を維持し
てきたものだが、教科書通りに省電力の1/3の定格出力を設定するという判断が、こ
のメーカーの音質を高次元のレベルに持ち上げた要因なのだろうと思われる。

そして、巨大な電源部を妥協なく設計したということが、同じ定格出力100Wであっ
ても音響出力のピークで破綻しない強靭な力強さとしなやかさの共存を可能にした
ということだ。それが、まず弦楽器の再生音で私を唸らせたのである。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

さて、もうひとつ実際に使用してみて気が付くユニークな点がSL-100で関心を高め
た。webのカタログにもあるように、フロントパネルの中央右にあるアップダウンの
プッシュスイッチでボリュームの調整を行うのだが、このスイッチを押すごとに明
確にほんの一瞬再生音が途切れるのである。これは何を意味するのか?

他社のボリュームコントロール方式では完全なアッテネーター方式で固定抵抗を組
み合わせしてコストのかかる純粋なアナログ高精度ボリュームコントロールを設計
しようとするメーカーは少なくなった。

一見ボリューム調整のノブとおぼしきツマミはあるのだが、これらは無限大に回転
するだけのエンコーダーであり、その回転角度と位置を検出してプリアンプ内部で
一定のボリュームコントロールを行うというものだ。これはエンコーダーで検出し
たボリュームのアップダウンの指示を集積化されたチップ内部で実に多数の抵抗を
複雑に組み合わせて0.5dB単位での細かなボリュームコントロールを可能にし、かつ
リモコンも使用できるという便利さも普及させたものだった。

しかし、それらとは対照的にSL-100では1ステップのアップダウンを行うたびに「プ
ツリ、プツリ」と確実に再生音が途切れるのである。これは、求めるボリュームの
1ステップ1階層ごとに完全にひとつの抵抗しか使用していないという設計の現われ
でもあり、その接点をつなぎかえる操作のみをスイッチで連係させたものだろう。
そして、リモコンも採用せずにロジックコントロールのための余分な回路も排除し
たというこだわりもある。

SL-100のボリューム設定は最大で-2dBそこから2dBステップで-24dBまで、ここで少
し飛んで-28dBから-34dBまで2dBステップで、また少し省いて-38dBから-40dB、次は
-45dB、-47dB、-51dB、-53dB、-58dB、そして最低に絞り込んで、-60dBと、わずか
24ステップしか調整範囲を設定していない。また、-60dBとでは完全に信号はオフに
ならないので、無音状態までは絞込みはしていないという頑固な設計なのである。
しかし、実用上は不自由はないし、そのこだわりが画期的な音質をもたらしてくれ
たとしたらどうだろうか。


3.弦楽器の質感に一石を投じるVitusAudio

MOSQUITO NEOが登場してからというもの、私はコンポーネントの分析と評価に使用
する曲としてオーケストラの演奏が以前にも増して大きなウエイトを占めるように
なってきた。Nautilusをリファレンスとしていた時代でも、もちろんクラシックの
楽曲は使っていたのだが、ユニットの取り付け方法として一切のビスやボルト・ナ
ットの類を使わずに機械的にフローティングされたソフトドーム型トゥイーターを
搭載するNEOが聴かせる弦楽器の質感に私はハイエンドオーディオの新しい世代感を
発見したということだろう。

空間表現のあり方にひとつの歴史を作り上げたNautilusは現在でもそのポテンシャ
ルを維持し続けていることには変わりないが、そのNautilusのアルミニウム振動板
の音質とは明らかに違う魅力がNEOにはある。そのトゥイーターの貢献がNEOを支え、
そして数々のコンポーネントの分析に際して極めて敏感な反応をするのである。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

まずセミヨン・ビシュコフ指揮、パリ管弦楽団によるビゼー「アルルの女」「カル
メン」の両組曲から(96年当時はPHCP-5276)聴きはじめることにした。1.トラックの
前奏曲の冒頭が始まったとき、昨年末の第一印象から受けた印象が更なる磨きをか
けて弦楽器群の壮大なアルコの主題が今までに体験したことのないえもいわれぬ心
地良さと解像度の素晴らしさの共存を訴えかけてきたではないか!!

直ちに私の記憶との照合が行われるが、遠い記憶ではやはりグリフォンの質感に共
通するところがあるように思われた。グリフォンそのものの製品が国内ではメジ
ャーな存在にはならなかったことから、その音を知っているユーザーはごく少ない
だろう。店頭にもごく一時期しかなかったので、そのイメージを皆様に伝えるのは
大変に難しく思われる。抽象的な表現だが、それをいく通りか述べることで何とか
イメージが伝われば幸いである。

日本語で言うところの暖色系と寒色系という二つの表現は音質表現に関しても利用
できる表現ではなかろうか? ただ、ここでどのメーカーがそれに当たるか、という
特定の表現はここでは避けておきたい。あくまでも皆様に伝えたい一つの表現方法
としてこの二つの単語を引用したものだ。この演奏ですべての弦楽器が展開するア
ルコの響きを眼前にして私が感じたものは…!?

「あ〜、これは明らかに暖色系の音色だ!!」

まるで指揮台の位置に暖炉があって、薪から上がる炎の照り返しがオーケストラの
楽員の表情にゆらゆらと橙色に輝くようである。寒風の中を家路について、帰宅し
てから暖かい風呂につかったような安堵感が押し寄せ、演奏にまつわる一切のスト
レスを洗い流してくれるようである。この心地良さをどう例えたら良いのだろうか!

8.ファランドールでも弦楽器の温度感と美しさ滑らかさは今までにない魅力を湛え、
ステージ後方で叩かれる打楽器のリズムを空気に乗せて運んでくるような軽快さと
解像度が同居している。弦楽器の心地良い質感にため息をもらしていても、個別の
楽音には前例のない余韻感がにじみ出ているので決してステージが乾燥することは
なく、潤いに満ちた管楽器の音色が調和してくる。

15.ハバネラでもエコー感という情報量がピアノッシモの弦楽器を支え、ステージの
床の上を温水が流れ広がっていくように余韻感が展開するので、その広がっていく
過程が音場感の大きさを披露する。弱音が拡散する空間の大きさでホールの大きさ
と立体感を表現してしまうとはなんと言うことだろうか!!

16.夜想曲では冒頭のホルンがのびやかに展開するのだが、この響きの反射がステー
ジ上方の天井を押し上げたかのようにホールの高さをイメージさせ、NEOが得意とす
る音場感の優美な展開に花を添える。やがてヴァイオリンのソロが左側から湧き起
こってくるのだが、ソリストに四方からスポットライトが当てられ、ステージ上で
その影がくっきりと四つ浮かび上がるように、それ自身の響きを広げていくではな
いか!? くっきりとしながらも質感にはふくよかな柔軟性を含み、ソリストの演奏が
やせ細ることなく空間に余韻感を放射している有様は、まさに暖炉の薪が放射する
遠赤外線の暖かさのようである。こんな演奏は体験したことがない。


4.管楽器と弦楽器の調和をもたらしたVitusAudio

次にどうしても聴きたいものが小澤征爾とボストン交響楽団によるマーラーの交響
曲第一番「巨人」である。昨年はこの古い録音を使って新製品を評価するという局
面が何度もあり、最近は必ずと言って良いほど使用している一枚だ。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

1881年ヘンシェルを初代指揮者として創設されたのがアメリカの名門オーケストラ
であるボストン交響楽団だ。その3年後にマーラーが作曲を開始したのが「二つの部
分からなる交響詩」であった。4年の歳月を経てライプチヒにて完成し、翌1889年に
ハンガリーのブタペストで初演された。聴衆の反応は冷ややかであったというが、
更に4年後ハンブルグでの再演にあたりマーラーは作品の改訂を試み「巨人」という
副題を冠することにした。この「巨人」とはジャン・パウル(1763〜1825)の同名の
小説に基づいているという。

ところが1984年の演奏を境にしてマーラーは単にニ長調の交響曲と称するようにな
り、1896年には作品を構成していた五つの楽章のうち第二楽章を削除してしまった。

オーケストレーションに関しては管楽器と打楽器に特徴が見られる。
フルート、オーボエ、クラリネットが各々4、ホルン7、トランペット4、更にティン
パニーは二組という大編成になる。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

ピアノッシモのヴァイオリンが細かいアルコを繰り返し、第一楽章の4分以上にも及
ぶ長い導入部が始まる。大自然の春の訪れか夜明けの燭光を思わせる壮大な展開を
微弱な弦楽器のビブラートで表現するのだが、この細かい弓の反復が冒頭からス
テージの大きさをイメージさせてくれる。そこにカッコウや小鳥のさえずりが木管
楽器によって描き出される。ここに共通して現れる“4度動機”はこの交響曲全体を
結びつける重要な働きをしているという。やがてホルンのロマンチックな響きがコ
ントラバスの重層によって主題へと導かれていく。

この長い導入部でピアノッシモに抑えられた弦楽器の背景に管楽器の突飛とも言え
るソロが一瞬ごとの光をイメージさせ、その瞬間的な輝きは再び弦楽器の背景に余
韻として溶け込みながら拡散していく。

「あ〜、こんなマーラーは聴いたことがないぞ!!」

弱音を支える余韻が鮮明に、しかも濃厚な密度感をもって再現されると何と演奏空
間が大きく感じられることだろう。しかも、木々の葉を伝い落ちる朝露を連想する
ような一瞬のひらめきにも似た管楽器の音色が余韻感に潤いを湛えながら染み渡る。

絵画における遠近法では遠方の風景はフォーカスを甘くして色彩感も淡くすること
で間近なものとの対比を印象付けるものだが、ここで現れたオーケストラの奥行き
感は遠近ともに鮮明な質感を保っている。しかし、管楽器の余韻の広がり方が弦楽
器との対比で広々と拡散することで絶妙な効果をかもし出している。今までにNEOで
数え切れないほど繰り返してきた曲だが、VitusAudioがこれほど新鮮な印象をもっ
て同じ曲を聴かせてくれるとは思わなかった。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

おなじみの第二楽章では弦楽器すべてのアルコが重々しく旋律を奏でるが、ここで
気付かされたのは低域方向に向かうにつれて以前にも増して重量感がコントラバス
の音色に付加されていることだ。浜辺の波が遠めから見ると同じ形に見えても、近
づいていくとひと波ごとに全く違う形をしていて、それが果てしなく繰り返される
様子を思わせる弦楽器のリズム感ある演奏が続く。

そして、ここでも管楽器が弦楽器の波頭から顔をのぞかせるように浮かび上がり、
自分の存在感を余韻感としてステージに残しながら一瞬の輝きとして展開する。
しかし、トランペットには眩しさや荒々しさはなく、ホルンの奏でる響きのスケー
ル感は広大に広がり、クラリネットのリードのバイブレーションを単体で認識させ
るだけの解像度が素晴らしい。ESOTERICのP-01とD-01の検証を行ったときに何回も
聴き込んでいた第二楽章がこれほどまで優雅に、しかも力強く演奏されるとは夢に
も思っていなかった。入り口を固め、出口を基準化したリファレンスシステムにお
いて、しなやかで温度感のあるオーケストラをこのように聴かせるとは驚きだ!!

VitusAudioは面から空間へ広がる弦楽器と、点から発生して空間に広がる管楽器の
両方に新たな魅力を与えてくれた!! さて、この両者を大編成のオーケストラにて
実感した先に何をチェックしようか? そうだ、ピアノを加えてみよう!?


4.管・弦楽器とピアノが溶け合うVitusAudio

1993年の発売されたCDで当時はPHCP-1631というナンバーであったが、今は廃盤とな
りナンバーも変わってしまっただろうが、私が聴きたくなった課題曲としてふさわ
しいものがあった。モーツァルト「ピアノと管楽のための五重奏曲K-452 / ピアノ
協奏曲17番K-453」内田光子/ジェフリーテイト指揮・イギリス室内管弦楽団である。

18世紀のウィーン宮廷音楽に斬新な試みをと願ったモーツァルトはピアノフォルテ
の名手であったわけだが、当時のピアノフォルテは現在のような強靭な音は出せな
かった。そんなピアノフォルテが他の楽器の音にかき消されることなく十分に効果
的な演奏をするためには新しいオーケストレーションが必要であった。
当時のウィーン宮廷劇場には優秀な木管楽器奏者が活躍していたが、彼らと合奏す
ることによって絶妙な調和が図れることにモーツァルトは着目したという。

オーボエ、クラリネット、ホルン、バスーン、と内田光子のピアノという編成で録
音されたものだが、この「ピアノと管楽のための五重奏曲K-452」では木管楽器には
重要な役割が与えられ、のちのピアノ協奏曲への重大な影響力を持つことになった
という。
この五重奏曲を完成させた数日後にモーツァルトはピアノ協奏曲17番を作り上げた。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

ピアノの多くの録音では左右スピーカーに対してピアノの鍵盤の各音階の位置関係
に合わせてパンさせた録音が大変に多い。つまり、ピアノの高音階や低音階に演奏
が移行するにつれて、左右スピーカーの間で各キーの位置関係が動くということ。
もっと簡単に言えばピアノの鍵盤の左右の広がりが二台のスピーカーの間隔に一致
するようにして広がってしまうという録音方法である。クラシックの楽曲でもソロ
の場合や、スタジオ録音のジャズやポップスではたいていがピアノを左右に大きく
広げての録音が大半である。もちろん、それがピアノという楽器を楽しく聞かせて
くれるのだから文句は何もないのだが。(^^ゞ

しかし、この五重奏では作曲とオーケストレーションの目的がピアノの音量感と木
管楽器とのバランスにあるのがポイントである。演奏が始まって直ちに内田光子と
プロデューサー、そしてレコーディングエンジニアの感性が読み取れてきた。
録音の際には演奏者がアイコンタクトできる配置だったと思われるが、録音作品と
して仕上がったときの定位としては左から右にホルン、クラリネット、オーボエ、
バスーンという順番で定位している。

まず木管楽器の楽音が演奏され始めたときに、その質感の何とも軽やかであり同時
に色彩感が濃厚であることに驚かせれた。細やかなタッチで指が動き、同時に鮮や
かなタンギングの瞬間から発した余韻が中空に立ち上っていくようである。

さあ、早速内田光子のピアノが入ってきたが、木管楽器に比べて大きな音源でもあ
るピアノはセンター定位で自身を節度ある音像としてまとめており、音階の移行に
伴って音像の大きさを変えるという録音手法ではない。その代わり鍵盤へのタッチ
の強弱によって演奏者の呼吸のように音像の大きさが変化するのである。

いや、正確に言えばピアノ・フォルテの記号通りに演奏者の意図、解釈、感性によ
って音量の大小に伴って忠実にエコー感の伸びやかさに千変万化の彩りが添えられ
ている。言い換えれば、ピアノの音量感によって響きが誘発されるように表情を変
えるのである。しかし、ここで大切なのはバックの4奏者との空間の一体感と音量感
のバランスが絶妙であり、それらが再生音全体の情報量として優れているというこ
とで発揮されていることが最大要因だと感じられた。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

この同じディスクには1986年にロンドンのセントジョンズ・チャーチで録音された
ピアノ協奏曲17番が収録されている。私が大好きなのが7.トラック目のAllegretto
である。フルートが引き立つ木管楽器が流麗なヴァイオリンの中に浮き立つ導入部
から内田光子の演奏が入ってきた。この時のヴァイオリンの質感が輝くように展開
し、えもいわれぬ美しさが教会のカテドラルに反射するように頭上の空間を大きく
見せてくれる。

ピアノから発生したエコー感が背後の木管楽器のそれと解像度としての分離の見事
さを発揮しながら、同じ空間にエコー感が拡散していく過程で融合することでNEOの
周囲にはビデオプロジェクターで投影したような演奏風景が見えてくるようだ。
先ほどまでの五重奏とは違うがオーケストラともスケール感を異にする弦楽器と管
楽器、そしてピアノというすべてがVitusAudioの支配力に染まった快感は私として
も未体験のものであった。

オーディオを語る各論での単語を忘れさせてくれる甘美な演奏は必ずや日本のユー
ザーにも喝采をもって受け入れられるものと私の自身は深まった。


5.経験したことのない余韻感をもたらすVitusAudio

これまではクラシックの楽曲で多数の楽音が織り成す各種の変化をVitusAudioの貢
献として述べてきたが、ハルズサークル限定で販売したこのディスクは空間表現の
あり方を教会録音のヴォーカルとコーラスという肉声から検証してみることにした。

http://www.kkv.no/
kirkelig Kulturverksted(シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ)
・Thirty Years’Fidelity より
10 Mitt hjerte alltid vanker/Rim Banna/Skruk/Krybberom (2003)
http://www.kkv.no/musikk_klubb/tekster/285_fidelity.htm

この10トラック目はノルウェーの民謡をその土地の言語のままで静かなギターが伴
奏する女性ヴォーカルのソロから始まり、やがて教会の中で叩かれる余韻たっぷり
のセンターに位置するタブラによる重厚な低域と右チャンネルの鈴の音が響き、そ
の後には混声合唱が広大な音場感が描き出す。この展開が素晴らしくドラマチック
であり、エコー感の観察には格好の題材となるものだ。
期待のうちにディスクをローディングすると…!?

「おお〜、これは凄い!!」

忌憚のない私の第一声であった。これまでクラシックの楽曲で何度も何度も繰り返
し試聴と分析を続けてきたのだが、納得いくまで続けてからこのディスクを試聴し
ようと待ち構えていたものだった。

いきなりだが女性ヴォーカルのソロがNEOのセンターに浮かび上がった瞬間に、その
エコー感の反復の階層の多さと深さに度肝を抜かれた!!
ヴォーカルの発生と同時に色紙の細片を花吹雪のごとくスピーカーの周辺の空気中
にばら撒いたものをエコー感の素としよう。その紙吹雪に大きな団扇で風を送り、
紙吹雪が落ちてこないように何度も何度も煽いでいるようなイメージなのである。
着地することのないエコー感の彩り豊かな紙吹雪が扇のおありに吹かれるたびに何
度も空中に吹き上げられるように、ヴォーカルの余韻は反復しながら中空を漂って
いくのである。これは私の記憶にないエコー感の存続性の素晴らしさである。

次にソロヴォーカルの背後に荘厳な雰囲気で歌われるグレゴリオ聖歌のように、男
性コーラスがNEOの背景をライトアップするように立ち上る。ソロヴォーカルが尾を
引くように消えていく空間の大きさを逆手にとって、今度は遠近法の消失点とも言
えるスピーカーの最奥部から、ルネッサンス期の壁画をライトアップして色彩感が
浮き上がってくるような鮮やかな陰影をVitusAudioが作り出したのである。

そして、タブラと鈴という高低音の打楽器は声楽に包まれている音場感の中にあっ
て更に鮮明に浮き上がり、黒い川砂を流れからすくいふるいにかけたときにきらめ
く砂金の粒のように私の視線を中空の一点に釘付けにする。この解像度はなんだ!!

先ほどまでのオーケストラでも感じていたことでもあり、このディスクの他の曲で
も気が付いたのだが、100Wというパワーにも関わらず低域の重厚さが過去最高レベ
ルで私の耳が測定する低音の重量感というメーターの針をレッドゾーンにまで振ら
せているようだ。音場感と解像度という視点に気をとられていたが、最後に低域と
ウーファーの駆動力を検証してみたくなった。


6.アンプの定格出力の概念を変えるVitusAudio

低域の駆動力を試してみようと真っ先に思いついたディスクがこれだ。
Audio labの「THE DIALOGUE」から(1) WITH BASSである。
http://www.octavia.co.jp/shouhin/audio_lab.htm

これまでのオーケストラではSL-100のボリュームはおよそ-16dBから-20dB、先ほど
の・Thirty Years’Fidelityでは-24dBと、この程度がこの試聴室で演奏するときの
標準的なボリュームであったが、瞬間的にパワーを放出するドラムではもっと多く
のパワーを試しても聴覚上では苦にならない。いや、以前のボリュームでは物足り
ないところでもある。

そこで、WITH BASSを聴きながら次第にボリュームを上げていくと、なんと最大の
-2dBまで平気に進んでしまった。NEOのウーファーは破綻することもなく、ソフト
ドームであるはずのトゥイーターは鋭さを刺激成分を含まずに再現する。つまり、
気持ちよくパワーが上がってしまうのである。わかった!! 最大ボリュームでドラム
を最初から聴きなおそう、とリモコンで1トラックを呼び出して席に付く。

「え〜、本当ですか〜!?」

これまでNEOには300W以上あるパワーアンプでこの曲を何回も再生し、スピーカー
によってこれほどにも低域のスピード感が違うんだ、というテストをしてきたが、
このSM-100の純A級100Wというパワーは私の想像を超えていた。キックドラムの質感
は沈み込む、という表現が的確なほどに重さを湛え、スネアーとシンバルのヒット
は電気のスパークをまともに見たときのような残像を目に残したときのように早い!

定格出力というのは一定の歪み率の範囲内で安定した連続出力を示すわけだが、こ
の時の歪み率というのは測定器上でのことであって、人間の検知限をはるかに下回
る数値である。言い換えれば瞬間的に歪み率が上昇しても、それを認識することは
大変に難しいものであり、その瞬間の最大出力は定格出力の倍以上にも軽く達する
ことがある。私がプリアンプの最大出力を設定してからというもの、このような状
態が何度も繰り返されているはずなのだが、たった100Wのはずなのに実に豪快なド
ラムを平然と叩き出してしまうのには驚いた!! なんということか!!

プリアンプに最大出力を指示しても、どんなにボリュームを上げても、370W以上は
消費しないというA級動作が逆に大きな魅力になった瞬間である。

低域の絶妙なコントロールに舌を巻いた後で、多用な楽器が背景を埋めてヴォーカ
ルも同時にチェックできるものをと「Muse」からフィリッパ・ジョルダーノの1.ハ
バネラをかけてみた。
http://www.universal-music.co.jp/classics/healing_menu.html

「あ〜、これは私の記憶で新記録かもしれない!!」

と、この曲でセンターで叩かれるドラムと、ヴォーカルとコーラスの分離と解像度、
そしてしっとりとしたフィリッパの歌声と、すべての項目において過去最高レベル
の得点を私は躊躇なく与えてしまったのである。

最後の仕上げにと、大貫妙子の22枚目のアルバム"attraction"から5トラック目の
ご存知の「四季」をかけてみることにした。
http://www.toshiba-emi.co.jp/onuki/disco/index_j.htm

「ちょっと待てよ!? 私が知らなかった音がまだこんなにあったとは!!」

VitusAudioのテストをしていると過去の課題曲のすべてにおいて更に情報量が多く
なり、その度に立ち止まって過去の記憶と照合している有様だ。大貫妙子の背景に
彼女自身のエコー感が過去最高レベルの緻密さと優雅さで存在していたことも新た
に知るところとなり、テストを続けても結果の推測が出来るようになってしまった。
と、言うよりも、いつの間にか音楽に聴き入っている自分を発見するという繰り返
しがここ数日間の状況であったと言える。

それほどまでに、この私を虜にするアンプが現れたということだろうか!?


7.すべての要因を持ちえたVitusAudio

私が試聴の冒頭に述べたキーワード、暖色系という表現を各論で述べると次のよう
な印象になるだろう。

音像に関しては
・フォーカス感は甘目
・テンションはゆったりめ
・楽音の輪郭と投影面積は少し太めで大きい

周波数の高低では
・低域の量感がある
・低域に重量感を感じる
・高域に行くほどちょっぴり抑え気味

空間表現では
・エコー感は長めに響く
・音場感は広く展開する
・これらは低域から高域まで共通の特徴

再生音に対して観察するための視点として、このような項目を設定し暖色系という
表現の裏付けとしては大体このように言えるのではないだろうか? 音質を語る単語
は両刃の剣であり、上記の言葉も完全な中立を保つことは出来ず、主観的に気に入
らなければ各々の反対語を並べれば済んでしまうものだろう。しかし…!?

バーンインを進めながらの数日間というものVitusAudioの検証を行ってきたが、最
も特徴的な同社の個性として暖色系という表現を最後にまとめてみると次のように
なった。

音像に関しては
・フォーカス感はジャストに決まる
・打楽器のテンションは十分に張り詰めている
・楽音の輪郭は極めて鮮明で投影面積の絞込みは前例がないほど

周波数の高低では
・低域の量感がある yes
・低域に重量感を感じる yes
・高域に行くほど刺激成分のない伸びやかさがある

空間表現では
・エコー感は長めに響く yes
・音場感は広く展開する yes
・低域楽器の個体感が素晴らしく高域成分が豊富に音場感を再現する

つまり、暖色系というイメージでは「ゆったりして安らぎある温度感」に共通する
ような、一種曖昧さの類似語としてのイメージがあったとしたら、VitusAudioの登
場によって、それは見事に覆されたということになるだろう。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

私はここで…「まさしくfall in loveの心境!!こんなスピーカーが欲しかった!!」
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/280.html

と述べているが、今の私の心境はMOSQUITO NEOの登場で受けたインパクトと同じ
レベルで次のように語れるだろう!!

「Hans-Ole Vitusは確かに奇跡を起こした!!こんなアンプが欲しかった!!」と…



このページはダイナフォーファイブ(5555):川又が担当しています。
担当川又 TEL:(03)3253−5555 FAX:(03)3253−5556
E−mail:kawamata@dynamicaudio.co.jp
お店の場所はココの(5)です。お気軽に遊びに来てください!!

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