Vol.1
Motivation
Vol.2
Naming
Vol.3
Enthusiasm
Vol.4
Details
Vol.5
Final finish
Price
Ordering instruction
30年以上前からオーディオシーンに注目してきた私が思い起こすオーディオラック の歴史とはどのようなものだったか? その前に…

https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto22.html

機械式録音/再生の「蓄音機」から電気録音への変革、それを再生する「電蓄」というモノラル再生装置からLPレコードの登場からステレオ化が進み、 1950年代からアメリカを始めとして家庭用ステレオ再生装置の商品化が始まった。

昭和30年代から国産化も行なわれるようになった家庭用ステレオ再生装置は当初スピーカー、アンプ、プレーヤー、チューナーなどが 家具調の一体型キャビネットに納められていた。
この時代ではコンソールステレオと呼ばれていた。
やがて、この一体型ステレオからスピーカーのみを独立させてセパレートステレオと称される発展を見せていたのが60年代前半だったろうか。
それまではオーディオ用ラックというものは全く必要がなかったのだが、次にスピーカーの他にもアンプ、プレーヤー、チューナーが独立し、 更にテープレコーダーというアイテムが参入してコンポーネントステレオの時代が始まったのが約40年ほど前のこと。 このコンポーネントとして各アイテムの製品が個体化することによって、 家電メーカーが続々とオーディオ製品を生産するようになったオーディオブームが日本で始まったのが昭和40年代後半のことだった。

性能を追求しコンポーネントとして別筐体で製品化されることによって、当時のメーカーは前面ガラス扉付きのラックをオプションで売り出すようになる。 これが、そもそもオーディオラックというジャンルの独立した商品が一般化した時代だったと言える。
当時のラックは外観と機能性優先。 経済的な高度成長を成し遂げた日本の家庭のリビングルームを象徴するかのようにカタログ写真に納まった当時のステレオ装置は 私には羨望の的だったことを思い出す。

昭和50年代に入ると、一メーカーがセットとして販売するコンポーネントステレオという 言わば既製品の音質に飽き足らない専門メーカーが続々と新製品を開発する中で、 収納するコンポーネントのブランドもサイズもばらばらという状況が当然のことのようになり、 合理化された木工技術を生かして国産のオーディオラック専業というメーカーが登場し始めたのもこの頃。
どのメーカーの商品も無難に収納するということから、棚板はダボや金属のピンで半固定として棚板の間隔も自由に変えられるのが常識。 少しでも高級感を、という発想はデザインと外観の仕上げにこそ求められたが、 まだまだメーカー製よりも自作で頑丈な棚を作ってやろうというアマチュアがたくさんいた時代でもあった。
そして…、私のうっすらとした記憶によると1982年前後ではなかったかと思われるのだが、体裁よく仕上げした薄い合板のキャビネットという 今までのラックの概念を大きく変える製品が登場した。これである。YAMAHA GTR-1B

http://www.yamaha.co.jp/audio//prd/acce/gtr-1b/gtr1b.html

それまでの常識を覆す板厚、重量、そして高強度・防振という発想が再生音にどのような影響を及ぼすかを当時のレベルで見事に証明したものであった。
それからの10年間というもの、他社では板厚を50ミリに、重量は60キロに、という類似品とも言える発想の高級ラックが続々と登場し、 またそれをユーザーは歓迎していたのである。
こんなに厚く重たいのであれば間違いないだろうというラックの定番的設計思想が確立した時代であった。 私もそれを疑うことはなく下記のLegend of H.A.L.のように…

http://www.dynamicaudio.co.jp/audio/5555/7f/lhs2.html

1998年の春夏のように板厚を50ミリ、重量は70キロという国産の黒い重厚なラックを使用していたものだった。そして、この直後に衝撃の出来事が起こった!!

http://www.dynamicaudio.jp/file/061220/remember_zoethecus_1998.htm

私が追求しているもの、音像は限りなく小さく絞り込まれ輪郭をくっきりと描き鮮明なフォーカスを結び楽音の周辺に空間をもたらす。
その空間に楽音の核心から放射されたエコー感が広大に広がり拡散していくこと。
このベクトルに見事に一致した再生音を得ることにラックという存在がこれほど大きく関わっていたということに衝撃を受けたものだった。

その時までは国産ラックであれば数万円で導入できてしまうのに比較して、発売当時から三段のzoethecusでは34万円という価格。 こんな高価なラックが売れるのだろうか…、という疑問が胸中をよぎったものだが…。
いくら高価なコンポーネントであっても、その設置環境に無関心であったり妥協してはならないという強い信念から、 高額な在庫となるが私の試聴室ではzoethecusは欠かせない存在として定着したのであった。

大きな梱包のzoethecusもハルズモニターとして会員の皆様に評価して頂いた。

http://www.dynamicaudio.co.jp/audio/5555/7f/fan/hf_moni0035.html
http://www.dynamicaudio.co.jp/audio/5555/7f/fan/hf_moni0058.html
http://www.dynamicaudio.co.jp/audio/5555/7f/fan/hf_moni0059.html

当時の輸入元であるアクシス担当者の弁によれば、zoethecusの輸入量の八割はハルズサークル会員に販売されたというほどに定着していったのである。
思えば1998年からオーディオラックの常識が変わってしまったのである。
それまでは高級ラックと言っても外観仕上げにお化粧したものを指していたのが、 こんなシンプルなデザインでありながら、強烈に音質に影響する要素が再発見されたということだ。
そして、これから海外の高級ラックもごく普通に輸入されるようになり、ラックもコンポーネントの一部であるという概念が日本にも定着してきた。 これもzoethecusの果たした大きな貢献ではなかったろうか。

そして、2005年6月14日のこと、zoethecusの廃業という突然のニュースが飛び込んできた。

http://www.axiss.co.jp/fzeoth.html

それからというもの、販売できないのに後継者がないということで、依然として私はここでzoethecusを使い続けるしかなかった。 いや、正確に言えばzoethecusのあとを次ぐ音質のラックもあるにはあったのだが、あまりに高価すぎた。

http://www.dynamicaudio.co.jp/audio/5555/7f/brn/311.html

水面下では海外の高級ラックが多数ここに持ち込まれ、価格的にもzoethecusより高価なものもいくつもあった。 しかし、ここのシステムでシビアに比較していくと、どうしてもzoethecusに「追いつけない」「追い越せない」という状況が続いていたのだ。

海外メーカーの既成の製品ではどうしてもzoethecusを凌駕することが出来ないという日々が長らく続き、 私は次第に海外メーカーに期待する気持ちがなくなってしまった。これ以上待っていても可能性はあるだろうか・・・? いや・・・、

「それだったら自分で開発し作ってしまおう!!」

この思いを実現できるだけのパートナーが見つかったことにより、私が数々の局面でラックの音質というものを検証してきた体験と記憶、 そしてラックによって引き起こされる音質変化のベクトルというノウハウを集大成することが出来るようになったのである!!
文:川又
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