第五十話「Made in Japanの逆襲」


11  ANDシステムの真骨頂を探る!

その中でも記憶が新しい現役のテストCDがこれ、res.「Ins + Outs」(VICL-69064)。
詳細は私のShort Essayでも述べているが、ここでの試聴も別のシステムでのNautilusである。
冒頭の1.Is it mine?の導入部を聴いて私は唖然とした。
と言うよりも思わず微笑がもれてしまった。
デスクトップで作られた「Ins + Outs」は、先ほどまで聴いていた「くるみ割り人形」のようなホール録音での暗騒音がまったくない。
いや、もしかすると私がこれまでに体験してきたNautilusシステム事態には、再生側で微量に振り撒いたような超微粒子の背景音があったのかもしれない。 しかし、この時には私が見つめるANDシステムの空間には、まったくそこから楽音が飛び出してくるだろうという予測を聴き手に微塵も与えずに 唐突に音楽が洪水のようにあふれ出て来るではないか。
そして、コンガが刻むリズムだが、まさしく指先がコンガのヘッド(皮)を叩き、 それが複数の指先で微妙にヒットするタイミングがずれているところまで聴かせるのである。 言い換えれば、コンガの皮を更にキリキリと張り詰めてチューニングし直したようなテンションの高まりが感じられるのである。
更に驚くべきことはThomas J.Hojnacki のVoiceが登場したときの、その声の質感である。
ハイスピードが究極的に実現されるとどうなるか? これは、打撃音が激しく迫力を持って聴こえてくると言うものではない。 オーディオシステムで言うところの“ハイスピード”が実現されると楽音の質感はスムーズに滑らかになり刺激成分を排除して聴きやすくなるのだ。 その進化がこのVoiceの質感に顕著に現れている。過去に事例がないほど輪郭を鮮明にし、同時にリヴァーブのかかった残響が何の迷いもなく空間に浸透していく。 未体験の「Ins + Outs」に時間を忘れて聴き入ってしまう。気が付いてみると2.Mas Que Nadaが始まっていた。
まず、Jeanne Bastosのヴォーカルと多重録音の彼女のバックコーラスが前例のないほど鮮明であり、かつ“聴きやすい”。 これは前述のVoiceと同様なのだが、各パートの楽音が定位する空間で、各楽音の隙間から向こうの景色が見通せるほど"空間の透明度"の高さに驚かされる。
さあ、この辺からフロアータムをサンプリングして加工したものだという例の「ドロドロドロ」という超低域が聴こえ始める。
10Hz以下までレスポンスを持っているNautilusだが、そのキャビネットに依存しない低域の再現性が、ここでも更に輪郭の鮮明さを持って迫ってくる。 そこで、ふと私は気になって居並ぶSM-9S1のメーターを見に腰を上げた。
「おー、盛大に振れているぞ!!」ウーファーを担当するSM-9S1では瞬間的に-10dBを超えて、もうすぐ-0dBにタッチしそうな勢いである。 「おいおい、瞬時供給電流のピーク値が150AというSM-9S1を合計8台も同様に駆動していて、大丈夫かな…」と、 Nautilusを検討する際に誰でもが不安になる電源事情を私も思い浮かべてしまった。
単純に言えばM-9S1の消費電力ということだが、これについては早速澤田氏に問い合わせてみた。
澤田:
「MA-9S1の消費電力は無信号時50Wで、最大定格600W/4オーム出力時では1200Wです。
例えばSig.800の最低インピーダンスは3オーム近辺ですから、MA-9S1を余裕をもって使用するには、理想的には一台あたり1500W(15A)の電源容量となるのですが、 実際には連続フルパワーなどありえないので、ステレオペアーで20A確保できていれば良いと思います。
そして、瞬時供給電流という考え方ですが、連続出力とは違い極めて短時間(msecオーダー)での値です。 従ってピーク電流150Aであっても、そのほとんどはコンデンサーから供給され、連続的な消費電力に影響するわけではありません。
そして、アドヴァンスト・ノーチラスシステムで8台使用しても、実際にパワーを必要とするのはウーファー用の2台のみで、 他の6台はアイドリングパワーの二倍程度みておけば問題ありません。
つまり30A確保できていれば容量的には十分です。
第一オリジナルノーチラス自身のウーファーを除く各ユニットが、そんなに許容入力が大きいわけではないのです。(例えばトゥイーターに100Wも入るはずがないのです)」

 そう、家庭用コンセントの15Aが二系統あれば問題なしということなのだ。
私のフロアーは一系統30Aのパワーアンプ用の電源を四系統で16個のコンセント数で装備しているが、PAD Extention Boxの一台から片チャンネルのANDシステム、 つまり4台のパワーアンプ、2台のプリアンプ、チャンネル・ディバイダーをすべて30Aのコンセントから電源を取っているものであり、 それで私が求める音量まで相当なパワーを駆使しても大丈夫ということなのだ。
さて、澤田氏のコメントにはトゥイーターに対するパワーはそれほど心配ないということが述べられていたが、Nautilusのトゥイーターのインピーダンスはどのくらいあるのか。 数年前に調べたものだが、
各ユニットを特定の周波数で計測して次のような数値を求めていたのである。
  ウーファーは210Hzにおいて8オーム、受け持ち帯域内でのミニマムで6・9オーム。同様に、
  ミッドローは400Hzにおいて6オーム、ミニマムで5・44オーム。
  ミッドハイは1kHzにおいて8オーム、ミニマムで7・2オーム。そして、
  トゥイーターは3kHzにおいて10オーム、ミニマムで9・6オームというインピーダンスなのである。
従って、Nautilusの中で一番高いインピーダンスであり、澤田氏のコメントの根拠としても頷けるものだ。
この辺のNautilusの技術的なことは、以前の私の随筆で述べているのでご参照頂ければ幸いである。
 さて、4.Luzが始まった。ここでは、元Interiorの沢村満がSaxを吹いるのだが、以前には気が付かなかった新たな発見が私の口元に笑みを誘い出したようだ。
メロディーとしてはゆったりした展開なのだが、何とSaxのバルブを「パタパタ」と開閉する音が何とも鮮明に聞こえてくるのである。 「くるみ割り人形」でも同様な木管楽器の背景音として述べていたが、スタジオ録音の「Ins + Outs」においても、 このような情報量の拡大がANDシステムによっていともたやすく成されてしまうとはうれしい誤算であった。
 ANDシステムでのノイズフロアーの低下、それに伴う音場感の拡大、その中に湧き起こる楽音の情報量の拡大。 どれをとってみても、そして過去にNautilusで試聴したあらゆる曲を聴きなおして驚きと喜びが確信となって私を興奮させていく。
さて、ここで私は更に意地悪な実験をということで、低域のコントロールがどのくらい出来ているのだろうかというポイントを聴いてみたくなった。 なぜならば、私が従来のmarantzブランドのアンプのイメージとして持っていたものが「フィリップスゆずりのスムーズでしなやかな中・高域はいいとしても、低域も同様な穏やかさ。 いや、失礼ながら言い方を換えれば低域の再現性としては甘口であり、引き締まったリズム楽器の表現は苦手ではなかったろうか…?」というものだ。
 さて、そこで欠かすことの出来ない低域チェック用の選曲はすぐに決定した。
まず、これまでのスピーカーのテストでは低域のテンションのあり方を瞬時にして聴かせてくれた一枚。
Fourplay「Best of Fourplay」(国内盤WPCR1214)の5曲目「Chant」の冒頭での20秒間で繰り広げられるフロアータムの強烈な連打と、 アコースティックなドラムが爽快に打ち鳴らされる「TRIBUTE TO ELLINGTON」DANIEL BARENBOIM AND GUESTS(国内盤TELDEC/WPCS-10309)の13トラック目の 「Take the 'A' Train」のイントロ部分である。
ここでNautilusの独特な低域再生に関して、ちょっと技術的なおさらいをしておきたい。
今回RELAXA2PLUSでフローティングさせた4ウェイのチャンネル・ディバイダーは、クロスオーバー周波数、220Hz、880Hz、3.5kHzと、 ほぼ2オクターブごとに設定されており、スロープ特性は18dB/octとなっている。 このチャンネル・ディバイダーは、帯域分割という基本機能に加えてNautilus専用とするために新たに二つの機能が追加されたのである。
一つはウーファー用ローパスフィルターにおける周波数特性の補正だ。
ウーファーの背面放射を消滅させるというトランスミッション・ロッドの原理により、ウーファーは極端なオーバーダンプ特性を示し、 6dB/octのスロープで低域レスポンスは減衰しているのである。
一般的なスピーカーでは、この低域再生をエンクロージャー設計によって増強補強しようとしている理論とは全く好対象と言える現象である。 しかも、その増強補強を実行した副産物として特定のキャラクターが発生し、それを補正するための手段が更に必要になるという実態がある。
しかし、Nautilusの低域特性は全くきれいなスロープを描いて減衰してしまうので、6dB/octの逆特性で低域をブーストすることになる。 だが、計算されたエレクトロニクスの手段によってブーストされるのだが、その逆特性に特有のキャラクターは発生しない。 量よりも質を追求したNautilusの低域がそこにあるのである。この逆特性は10Hzにおいて20dBのブーストを行っており、 パイプオルガンの最低域からサブソニックのレベルまでもレスポンスを得ているのである。もう一つの機能はミッドハイ・レンジにおけるディレイによる位相補正があるが、 これは以前の随筆でご確認頂ければと思う。
 さあ、このように演奏者が体を動かしたごくわずかな空気の動きでも、それをそのままに収録したディスクではウーファーの“はためき”として再生してしまうほどのNautilusは、 逆に生半可なパワーアンプでは低域の制動感が散漫になりテンションが緩んでしまうものだ。果たして、このANDシステムではどうだろうか?
 期待と興奮を胸に秘めてP-0sにCDをローディングする。最初はFourplayの「Chant」だ。
慎重、かつ大胆にボリュームを上げる。私はテストコースで最高速を記録するプロトカーに求めるような極限でのテストも度々行っている。さあ、スタートだ!!

「ワオ!!」 単純かつ率直な私の驚きの声である。

今まではHarvey Mason (drums)の叩き出すフロアータムのヘッド(皮)のインパクトと響きにばかり気をとられていたものだが、 タムの胴の中で反響しながら減衰していく打撃音が消滅していく過程がこれほど鮮明に聴こえることはなかった。 そして、目の覚めるような立ち上がりは過去のNautilusの表情を一変させ、失礼ながらパワーアンプがmarantzであることを一瞬うちに忘れさせてしまうのである。
バスレフポートから噴出する排気の奔流が顔に感じられることはあるが、このドラムの打撃音が体全体に周囲の空気から細切れの圧迫感として押し寄せてくるという経験はない。 高速、かつ完璧なブレーキングのドラムに舌を巻く。
この20秒間を何度も繰り返し恐ろしいほどの低域の描写力を満喫して、さて次だ!!
 「TRIBUTE TO ELLINGTON」の「Take the 'A' Train」の冒頭にはジョエル・スペンサー(ds,perc)が打ち鳴らす迫力満点のドラムロールが凄い。 スタートさせた瞬間に、これまで同じパートを同じNautilusで聴いてきた記憶が一瞬の迷いもなく削除されてしまい新しい記憶に上書き保存されてしまったようである。 先ほどのHarvey Masonのコントロールされた低域とは違い、ここでのドラムはヒットの瞬間から周辺にごく低い周波数でのエコーを充満させる。
前述のように10Hz以下までレスポンスを持っているNautilusは、その録音手法に直ちに反応して他のスピーカーでは追随できない超低域までをも、 そのウーファーのストロークに要求してくる。「重い…、そして速い!!」この一言に尽きるドラムが何とも爽快に展開していく。 テンションと重量感、それがこともなげに両立するNautilusに私は明らかに進化を感じた。
 そして、このNautilusのウーファーを担当するパワーアンプは、前述のように「6dB/octの逆特性で低域をブーストする」という 他のスピーカーでは想像もできない重労働を強いられることになるのだ。
つまり、ウーファーのクロスオーバー周波数である220Hz以下の低域では、他のパワーアンプに対して1オクターブ下がるごとに二倍のパワーを求められるということだ。 そして、ウーファーのインピーダンスは8オームだ。では、今の演奏でどのくらいのパワーが送り込まれているのか、気になってMA-9S1のメーターを見に行くと・・・。

「あちゃ〜、0dBを振り切ってる!!」

8オームで0dBを示していると300Wを出力しているということは澤田氏から聞いていた。
しかし、Nautilusのウーファーは最低域では6.9オームまでインピーダンスが低下し、更にメーターでは0dBの右端のスケール表示の外側にまで針が瞬間的に飛び込んでいる。
これでは恐らく瞬間的には800W近くまで出力しているはずだ。
実は、S800をコンプリート・バイアンプで鳴らしているときに、私は同じ曲をかけてどこまで持ちこたえられるかの実験もしてみた。 2.3オームにまで落ち込むS800で、同様なスケールまでメーターが振れたときには瞬間的に700〜800Wの出力になっているという澤田氏の言葉を思い出してしまったのである。
 しかし、SM-9S1はびくともせずに軽がるとNautilusのウーファーを駆動し、ANDシステムにおける低域の再現性にも抜群の実力を示した。 私がこれまでに扱ってきた海外のハイエンド・アンプに比較すればライト級と言える35KgのSM-9S1に、これほどの駆動力があったとは何と言うことだろうか。
ウーファーは電流駆動であると度々述べてきたものだが、澤田氏をはじめとする日本マランツの開発スタッフが目標としてきた 瞬時供給電流へのこだわりが見事に結実していることを実感させられた。
そして、プリアンプがパワーアンプをドライブする、そのための設計とペアリングの価値観がそこにあるのだろう。 ANDシステムはチャンネル・ディバイダーの残留ノイズを無視できるという大きなメリットは数々のテスト曲で十分に認識させられた。
さて、ここでANDシステムにおけるもう一つの大きなメリットを感じずにはいられない。
プリ・パワー直結という新機軸で、従来のマルチアンプ・ドライブでは考えられなかったシグナルパスにおける究極的な純度の追求と実現である。この意義は大きい。
私が知りえるNautilusの歴史に間違いなく新たな一ページが追加されたのである。


12 T.I.P. + AND + Final Distance!

2000年4月17日、私が最初にこの製品を体験した時の印象は、このBRIEF-NEWSでも述べているが、
PADが眼目としているのは電磁波、高周波から内部の導体をアイソレーションするということだが、 それをコンポーネントにも応用しようと発想されたのがTotal Isolation Platformである。


写真 21:
New T.I.P.
以来、私は多数のT.I.P.を販売してきたが、このボードのコア材として採用されているアクリルを改め、
更に剛性が高くT.I.P.本来の性能と音質を引き出すべく日本側から提案する次世代モデルを研究開発してきた。そして、遂にそのサンプルが到着したのである。 従来の5mm厚のフレームから7mmの厚みに変更され、素材はアクリルから航空機グレード#6061のジュラルミンへと変更された。 そしてコーナーもラウンド処理をされて外観だけでも一段とグレードが上がった新製品へと生まれ変わったものである。
そして、このフレームは前述している「BRASS SHELL」の製造元を私がシーエスフィールドとPADに紹介して、 日米合作の製品として登場することになったものである。
加工精度1μという高度な技術力が、このT.I.P.にも発揮されており、将来的にはPAD Extention Boxの筐体もここで削り出してもらおうと計画している。 私が行っているのは、コンポーネントのコーディネイトだけではなく、人脈のコーディネイトも行っているというひとつのエピソードである。
さて、この新世代T.I.P.は価格と発売時期は現在未定であるが、そのサンプルをちょうど今回のANDシステムで試聴できるという幸運に恵まれ、 本随筆の最後を飾るエピソードとして検証することとなった。
さて、一枚しかない貴重なNew T.I.P.をどこに使ったものか?
たった一枚でもANDシステム全体に効果を発揮できる場所。そう、 Elgar plus 1394 ここだ!!
チャンネル・ディバイダーの手前であり、今まで述べてきたようにシステムのノイズフロアーに最も関係するところ。
実は、このD/Aコンバーターには旧モデルのT.I.P.を既に使用しており、それとの差し替え実験はことのほか都合が良かったのだ。
今回の随筆で取り上げたCDは数タイトルだが、実際にはその何倍ものディスクで試聴を行ってきた。
その最後ではどんな曲を使おうか…。ハイエンドオーディオの売り場だからと言って俗に言うテストCDばかりをかけているわけではない。
音楽は楽しむものという原則に従って、普段はバッハから歌謡曲まで幅広い選曲で演奏している私が目をつけたのが、これである。
何と6/19に発売されたばかりの宇多田ヒカルのニューアルバム「DEEP RIVER」(TOCT-24819) 10トラック目「Final Distance」を使用することにした。
最初にElgar plus1394を直接zoethecusに乗せた状態から聴き始めた。先ほどまでOld T.I.P.を使用していたので、 あっというまにイントロのピアノのテンションが弛緩してしまったことが感じられる。
さらに宇多田のヴォーカルが、こちらからNautilusに向かって手で立体感を押し付けて圧迫してしまったかのように存在感が扁平になってくる。 ストリングスの展開もキッチリと両翼のトゥイーターの位置から内側に納まってしまう。
「うん、やはりT.I.P.がないと、こうなってしまうんだ…」と一人うなずいて、Old T.I.P.を敷き入れた。
すると、まずイントロのピアノの質感が鮮明になる。続いてヴォーカルは周辺に飛び散っていたエコーの粒子を、もったいないとばかりにセンターに手でかき集めてきたように、 ふっくらと量感が増し空間に“貼り付けられた口元”ではなく、中空にぽっかりと浮かぶような存在感に変化し、 更にストリングスもトゥイーターを中心に両翼に向かって横方向に余韻の尾を引き伸ばしていく。

「やっぱり、聴きなれた状態はこちらだろう。一度T.I.P.を使ってしまうと手放せない理由がこれだ。 でも、フレームの材質が変わってずっしりしただけのT.I.P.にこれ以上の変化が期待できるものかなあ〜!?」 と、半信半疑の思いでずしりと重いNew T.I.P.に交換した。

 この曲の冒頭には嵐を思わせるような風の音がSEとして収録されており、それがフェードアウトしながらピアノが入ってくる。 New T.I.P.にした途端に、このSEの風音が吹き込まれ、彼方へ流れていく空間の大きさがポンッと一回り大きくなっていることに気が付く。「えっ!」
そして、ピアノだ!! これまで二回繰り返してきたイントロの印象が吹っ飛んでしまった。
一年以上も放置していたフローリングの床に、たっぷりとモップにしみ込ませたワックスをサーッとかけたように、その音色は光沢と彩りが鮮やかになりエコー感を振り撒き始める。
たった数秒間で今までと違いすぎるほどの変化を目の当たりにし、遂に宇多田のヴォーカルが入ってくる。 このアルバムの中でも最もヴォーカルのリヴァーブを使わずに、ほとんどエコー感を感じさせないオンマイクの録音によるヴォーカルだが、 Nautilusの中央の床の上に日差しに照らされて影を落としているがごとく、くっきりと宇多田の口元が見て取れる。
そして、肝心なのは影が出来るくらいに光りを受けたヴォーカルにハイライトが当たり、 その口元が微妙にマイクロホンに接近したり離れたりという"スタジオの臨場感"を伝えてくるではないか。 そして、それと同時に展開するバックのストリングスは、もはや左右のトゥイーターのポジションを通り越して、更に左右へと広がりエコーの拡散する領域を拡大している。
そして、圧巻なのは「I wanna be with you now」とサビにさしかかるところで展開するバックコーラスのスケール感の絶大な違いである。
宇多田ヒカルの極めて至近距離に定位するヴォーカルに対して、奥行き方向に向かって半円形にそれを取り囲むバックとの遠近感が驚くほどに拡大しているのである。
更に、距離感の大小は関係なく、霧吹きで水分を与えた観葉植物の緑に輝きと光沢感、そして水滴の微粒子がキラッと光りを反射するように、 すべての楽音の質感に潤いと光沢が表れているではないか!!
思わず私はこれまでの課題曲をすべて聴きなおしてしまった。 そして、どれをとっても同様な空間の拡大と質感の向上が確認された。
 New T.I.P.の持つ指向性は見事にANDシステムに、そしてmarantzの新作が目指した近代ハイエンドオーディオにとって、欠かすことの出来ないパートナーと言えるだろう。 高分子ポリマーの7層塗布によるT.I.P.は新たなフレーム素材の採用によって更に進化し、絶妙なタイミングの幸運が新たな事実を明らかにしたのである。これは凄いことになった!!