第四十九話「45×65に棲む鸚鵡貝」


16.「限界が見えないことの快感」

 さあ、最後の仕上げはオーケストラだ。
「川又さん、ラスヴェガスのお土産だよ〜」と言って頂戴したのは何年前だったろうか。
http://www.referencerecordings.com/SAMPLE.HTML

すっかり私のテスト用ディスクとして定着してしまい、きっと同じディスクを買い求めた皆様も多いはずであろう。この「Tutti!」が私に教えてくれてことは数え切れないほど多い。

まず1トラックの「Rimsky-Korsakov: Dance of the Tumblers」をかける。
軽快なリズムに乗ってストリングスが展開する中で右側からハンドベルが、そして右中央の奥の方からタンバリンが連打されるのだが、 このS800の作り出す空間のキャンバスに針で突いたような大きさの細かな音像で提示されるパーカッションが、抜群の定位感でちりばめられる。 そして、それらの発するエコー感は見事にホールエコーの流儀に従って飛散していく。「おおっ、こりゃあいいぞ!!」

わずか数秒間の演奏でたちまち引き込まれた私はホルンとトロンボーンが重なり合う後方からのエネルギッシュな放射と、手前側で滑るように展開する弦楽群のセパレーションに舌を巻く。 指揮者Eiji Oueが振り下ろす腕が見えるように、一瞬のフォルテで重なり合うコントラバスを含む重低音のラッシュが瞬間で途絶えた後に低域のエコーが 待ってましたとばかりにホールを席巻する様が手に取るように伝わる。そう、一般的に認知されているエコー成分は高域ばかりだと思われるだろうが、 当然ごく低い周波数帯域でもホールエコーはちゃんと響き渡っているのである。この低域のデリケートな余韻をS800の敏感なウーファーは隅々まで展開してくれるので見逃すことはない。 むしろ、N801よりもこちらでモニターしたくなるような正確さではないか!! 低域の残響成分がおいしいところだと言うことはわかった。 そうであればホールにおける低域のあり方をテストするのにも、この5トラック目が重宝する。「Igor Stravinsky: The Firebird-Berceuse and Finale」に早速スキップする。

ホルンの響きを優雅にまとうように2ndバイオリンがヴィブラートを繰り返し、やがて1stバイオリンがなじみの主旋律を奏でる。 ご存知の強烈なグランカッサの登場を待つ心地よいハーモニーが展開し、やがてトランペットを中心としたブラスが盛り上がってくると…?!

さあ!! 言葉で表現すると陳腐になるので皆様のイメージで補足して頂きたい。 あの強烈な大太鼓が聴くものを圧倒するようになり響く…、凄い!!そう、そうなんです。このグランカッサの存在感はスピーカーによって本当に様々に変化する。 たとえば古い設計のバックロードホーンや大き目の開口部を持つポートチューニング・タイプでは、正に部屋全体を揺るがすような定位感があいまいな表現となる。 連続する低域に個体感がなく、ホールエコーを表現すると言うよりもエンクロージャー・エコーを引きずった低域を盛大に噴出してしまうのである。しかし、ここでのS800は違った。 はるか右奥後方から、打ち付けた瞬間の打撃音を先行して私の耳に届かせたあとに、そう、大河のごとく低域の奔流を遠方から運んできて目の前にずっしりと残していくのである。 「えっ、こんなの初めて。Nautilusとも違うし、N801ではグランカッサはもっともっと大きくなってしまったのに…。いい、これ!!」

 低域のトランジェントが、まるで厚いオーバーコートを脱ぎ捨てるように、 いかにもたやすく隠れていた低音のエコー感から今まで気が付いていなかったベールを剥ぎ取ってしまったのである。 さあ、そうしたらどうしてもあの一曲が聴きたくなる。つまり、これまでに述べてきた要素がすべて組み込まれた11トラック目の「Jacques Ibert: Escales-anime (Valencia)」である。 最初はフルートのアンサンブルがS800の中央奥から湧き立つように展開し、それをトロンボーンが引き継ぐとカスタネットが速いリズムを刻む。 このカスタネットの存在感が終始この曲の随所に現れるのだが、他の楽器群よりも三段くらい高い場所から打ち鳴らすカスタネットは本当にS800のトゥイーター位置よりも スーッと上の方から降ってくるかのような響きなのだ。オーボエとフルートが錯綜した次の瞬間にオーケストラ全体がいっせいに繰り出す重低音を含むフォルテの何と壮大なことか!! しかし、指揮者の呼吸によって統制されたミネソタ・オーケストラの楽員が放った強烈な一撃は、その後には瞬時にして全員が手を止めていた事がS800によって示されるのである。 つまり、一秒弱の瞬間的な合奏はぴたっと発音を終え、高低様々な音階の余韻がその後を引き取って消えていくのである。波頭が白く砕けた波が、 スーッと砂浜の水辺から潮を引き上げていくように、均一であり次の波を邪魔することなくホールエコーに主役の座を明け渡している。

 いやはや、仕事柄同じ曲を違うシステムで試聴することを何百回も繰り返しているのだが、そのたびに違う発見をし、新たな分析が興奮を呼ぶ。 一体、今回の組み合わせをどのポジションにすえて私は記憶にファイルしたらいいのだろうか。 非の打ち所がない、一部のすきもない、そんな経験を言葉で伝えることの難しさをしみじみと思っていると、ああ、現実に引き戻されてしまった。 とうとうS800にお迎えが来てしまったようだ。 いや、私は内心では、そのときのお迎えをほっとして心待ちにしていたのかもしれない。

なぜか・・・、聴けば聴くほど、この随筆の終わりが来ないような気がしてならないからだ・・・・・。

エピローグ

思えば一年前にB&WのMIKE GOUGHに会ったとき、彼らが"Millennium Model"を企画し開発しているということを当人から聞いていた。 N802のようなダブルウーファーのコンセプトであるが、すべてを設計し直すという。そして、今までにもデザインスケッチが出来たときなど、ことあるごとに中間報告を耳にしていたのだが、 彼らは決して時間の制約を受けて早計な判断で商品化せず、じっくりと構えて開発を続けているというのが当時のマイクの話しであった。 それが、今回のようなエピソードにまで発展し、かつ、その設計思想が十二分に音質に反映された事実を確認するに当たり彼らの熱意と情熱を改めて思い知るものであった。

私は正直にいって、9月21日にS800を初めて聴いた時にこう思ったものだ。 「ああ〜、これじゃNautilusが売れなくなるかもしれないぞ!!」 今更当日の回想で駄文を尽くすつもりはないが、確かに初対面の強烈な印象からオリジナル・ノーチラスが色あせてしまったように思えたのである。 しかし、今回実際に私のホームグラウンドにS800を迎え、そしてNautilusとの比較を行ってみて改めて私は両者の位置付けを明確に認識する事が出来たのである。 スピーカーを評価するパラメータは当然多岐に渡り、様々な項目の分析と評価が必要であろう。その中でS800がNautilusに勝っていると私が判断した項目を以下に結論として述べる。

ひとつ、「最大出力音圧が大きいことと、それに付随する大音量の打撃音の再現性が素晴らしいこと…」
ひとつ、「トゥイーターの歪率が低いこと、そして高域の再生限界が高いこと……」

「えっ、たったそれだけ・・・??」そうなのです。
商品の価格と性格という面から見ると当然のように思えるかもしれないが、私の評価ではやはりNautilusは完成されているということなのである。 だから、読者の皆様の中にはNautilusとS800の優劣を非常に気を揉んで推測している方も多いと思うのだが、上記の二つ以外の項目はすべてNautilusに軍配が上がるのである。 それほど長期に渡りB&WとNautilusに付き合ってきた私だから自信を持って申し上げる事が出来る。

 しかし、N801に対してのS800ではどうかというと…。それはそれは数え切れないくらいの言葉の表現をもって、S800に圧勝を宣言する事が出来るであろう。 しかし、それも商品の価格順位という厳然たる見方から納得して頂きたいものである。 そして、本文中にも述べているように、過去のNautilus、そしてN801という開発過程があってこそ現在のS800が存在しているということなのである。

さあ、それでは、どの項目がN801に対してS800が優れているのか…。この曲のここ、あの曲のあの部分…、と実演による検証の場面を想定すると多数あり過ぎて紹介できないくらいである。 そして、恐らくは日本で最もN801を販売してきた私という立場からも、当時それを評価され納得されて購入された多くのお客様の心境を察しても、 私はこの紙面でそれを述べようとは考えていない。 もし、私は自分が下した判断を立証する機会が持てたとしたら、N801とS800の両者を皆様に聴いていただき、 そこで皆様が感じられた率直な評価によって理解していただければと思うのみである。

さて、皆様にとって「いい店」とはどのような店なのだろうか。「安売り」してくれる店が皆様にとって価値あるよいお店なのだろうか? 雑貨レベルの実用品であり、かつどこにでもあるような商品であれば値引きの大きさを競い合うのもいいだろう。 しかし、対象となるものが趣味商品であり、かつ付加価値の理解と満足が最重要であった場合はどうなのだろうか?

日頃私が考えていることだが「値引きだけが取り柄のセールスマン」に私はなりたくないのである。ここにやってくる数多くのコンポーネントたち。 それを開発し設計する各々のメーカーのラボや試聴室よりも、彼らが作り出した同じ製品が素晴らしい音で演奏され、 それをそのままに日本のオーディオファイルにご紹介していくということが私の目標とするところなのである。 つまり、私が言葉だけで語るのではなく、B&Wの研究者たちが生み出したS800の実物をもって、彼らの情熱と熱意を直接皆様に感じて頂くこと、 製品自体が皆様に各々のバリューを物語ってくれる事が望ましいのである。それが、ハイエンドオーディオを本当に理解したセールスマンの採る"道"ではないかと考えているのである。

これまでにも私のweb siteにも度々登場してきた、私がデザインしたオリジナルノーチラス専用のキャスター付きベースのサイズ、そして今回のSignature800の台座部分のサイズ。 偶然とも言うべき一致なのだが、両者ともに約45センチ×65センチなのである。 そう、両者ともにこの寸法の床面積があればセッティングできるのである。 私が今回の随筆のタイトルとした 「45×65に棲む鸚鵡貝」 という意味がこれでお分かり頂けるであろうか?! 各々に最高の魅力を持つ二匹の鸚鵡貝は、皆様の判断によってちょうど同じスペースで棲息することが出来るのである。 そして、その選択について答えを出すとしたら、それは実演による皆様の感性での判定でしかありえないと信じて疑わない。

2001年8月1日、そのために生まれたのが “Dyna Four Five H.A.L.” であることを、今世紀最初の随筆の結びとして全国の皆様にお伝えし筆をおくことにする。
2001年 10月 吉日記
ダイナミックオーディオ Four Five(5555)店長 川又利明


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