第四十三話「GOD SOUND」





 序章

このような文章を書くようになってからすでに四年がたっている。最初は販売促進の一
助になればという漠然とした気持ちから書き始めたのだが、次第に何故書きたくなるの
という自分自身の執筆に対するエネルギーの源を分析するようになってきた。そして、
私は根っからのアマチュアであるという事実に気がつく。私の本業はあくまでもハイエ
ンド・オーディオのセールスである。販売に関してはプロなのだが、文章を書くのはア
マチュアであると思う。それは、人から依頼された対象を、暗黙のうちに評価を期待さ
れた内容で書くということが出来ないからである。この事実をもとに、執筆に対するエ
ネルギーの出所はどこかということを考えると意外と簡単に結論が出て来る。ユーザー
に購入意欲があるように私にも執筆意欲がある。そして、私にもユーザーの購入動機と
同じように執筆したくなる動機があるのだ。言い替えれば、相当高度であると自負する
私の経験から発祥するレベルにおいて、この私が感動するという単純でありながら大変
強力なインパクトこそが執筆の気力となっていることを認めざるを得ないのである。こ
のような体験を数多く繰り返してきた私が、あえて序章を設けて自分自身の感動の大き
さを語っておきたかったほど、今回ご紹介するスピーカーは高度な完成度を有している
のである。そして冷静なる分析と理解のもとで、世界のハイエンド・オーディオの頂点
に位置するであろうと断言できる勇気を私に与えてくれたのである。私は、先にも述べ
ているとおり販売のプロを自認している。従って、発言することすべてが都合のよいセ
ールストークとして受け取られてしまうのではないか、こんな疑念を何とか晴らしたい
と思ってやまないのである。基本的なことだが、どこの誰にでも何でもいいから売り付
ける、こんなご都合主義の営業姿勢は私が最も嫌悪するところだ。設計者の理想を理解
しうる相応の技術的知識と分析力、特定のブランドや取引先との癒着が無い公正さ、そ
して何よりも自分の生涯で最高の音を求めていくという野心と旺盛なる好奇心、皆様が
これまでに知っているセールスマンと少し違っていると感じて頂ければ大変にありがた
い。私は、自分のセールスもハイエンドでありたいと願っている。すると、その目指す
ところには自然と顧客満足度の高さという尺度が求められ、究極的にはユーザーに幸福
感をもたらすことが結論となる。このように、私とじっくりと話しをするか、あるいは
これまでの私の文章をご一読頂ければ、私の心境がよりユーザーに近いものであるとい
うことをどなたでも気がつかれたはずである。私は、ハイエンドオーディオの個々の製
品を比較級の形容で解説することは極力避けるようにしている。何故かと言えば、これ
らのメーカーを情熱と愛情を持って経営する人たちの人柄に直接触れているからである
。従って、製品が物語る各々の人格にランキングを付けるような説明法は、彼らの人格
を冒涜するような気がするのである。そして、数多い製品の中から公正なデモによる試
聴で自社の製品が選ばれた、あるいは選ばれなかったという事実こそが、彼らハイエン
ド・メーカーの経営者たちを納得させることが出来るであろうと思う。よって、私は公
の立場からは製品にランキングを付けることはしないのだが、前述のようにマニア/ユ
ーザーの立場から私の理想とする最高のスピーカーが見つかったという感動を発言する
自由を認めて頂きたい。

第一章『ニール・パテル』

思い返せば、アヴァロンがこんなものを作るつもりらしい、と輸入元からオザイラスの
スケッチを頂いたのは三年も前のことである。その時は、まだ名前も決まっておらず、
私の印象には強く残ったものの記憶の中では敢えて呼び起こさないと思い出せない程度
の存在であった。そのスケッチを元に私が書き上げたのが図1である。さて、1997
年4月23日、いよいよ待ちに待ったオザイラスの搬入の日である。私のフロアーで三
か月以上に及ぶプロモーションを行うため、雑誌の取材や評論家、販売店への発表会を
当日ぎりぎりまで行っており、イベントの前日まで搬入が延びてしまったのである。チ
ャーターしたピアノ運送が到着したのが夕方四時近くであった。まずは図中(6)(7
)のネットワークを最初に搬入してもらう事にした。オザイラスは、このネットワーク
の前後に装備されたカルダス社製の入出力ターミナルを含めると奥行きが1メートル2
2センチもあり、これを本体の後方に配置するのがスタンダードなセッティングとなる
。しかし、私のフロアーではスピーカー・ステージが床面より高くなっており、しかも
雛段のように奥が一段40センチ高くなっているので奥行きが確保出来ない。そこで(
6)(7)を二段目のステージに一台ずつ横向きにして平置きにすることにした。そう
しないとオザイラスの後方に高さが1メートル72センチの壁が出来てしまい、ミッド
ハイレンジの放射に悪影響があるからである。図(18)のようにアペックスカプラー
三個を用いて、ネットワーク個々もリジッドにセッティングした後はいよいよ本体であ
る。本体は図の(5)のサブ・ウーファーを先に搬入し、後にセパレート構造となって
いる(1)から(4)までのウーファーから上を同様にスパイクを介して乗せることに
なる。従ってオザイラスは片チャンネル4ピース構成という形で、その両チャンネル分
全部で1000kgという重量になる。私の手元にある体重計では計りようのない重量
であり、こればかりは製造元のデータを信用するしかないが、動かしてみた感じでは本
体は200kgを少し下回るようでネットワークの方が強力に重たい。汗を流しながら
懸命のセッティングを続け、ようやく配線を完了して第一声を聴くことが出来たのは夜
7時すぎであった。さて、これから音を聴きながらポジションを決めていこうと言うと
きに、大場商事の内田常務と一緒にやってきたのがニール・パテル氏である。「思った
よりも若いなぁ。」と私が尋ねた。「私は1957年の生まれだが、ニール氏の生まれ
は?」「1958年です。」あぁ、やっぱりそうかと納得。私もひと休みしたかったと
ころなので、しばしセッティングを中断して話しをすることにした。以降の会話は内田
常務が通訳をして下さったものである。「アヴァロン社が設立されてから何年くらい経
っているのかな。」「約10年です。現在に至るまで九年間は私が社長を勤めています
。」「社員数は何人くらいですか。」「工場で生産に当たっているのは25人、設計チ
ームが4・5人です。」なるほど、次に私から内田常務に質問を向けてみる。「内田さ
ん、日本国内でアヴァロンを販売している店は何店くらいありますか。」唐突な質問な
のでしばし思案の末に、「そうですね、ざっと50店舗くらいでしょうか。」そしてニ
ール・パテル氏に向き直って同様な質問を繰り返す。「アメリカ国内でアヴァロンを販
売しているショップは何店ですか。」「15店です。」早い回答だ。しかも単純明快。
日本よりもアメリカ本国の方が取り扱い店舗数が少ないというのは意外である。「御社
の売上げ全体の中で輸出比率は何パーセントくらいなのですか。」「全体の売上げの約
75パーセントを輸出しています。」ヘぇ、正直に言って驚いた。ティールやウィルソ
ンと正反対の経営方針ではないか。私が表情を変えるとニール・パテル氏は言葉を継ぎ
足す。「アメリカのマーケットは最後に取っておけばいいんですよ。私は、まずアヴァ
ロンはワールドワイドに評価されるブランドになることが先決であると考えているんで
す。」なるほど、国内の営業が安定してから輸出に乗り出すという方針で成功を納めた
メーカーを何社か知っているが、まさに正反対の考え方である。「輸出国は。」と、聞
くとニール・パテル氏は指折り数え始める。「アジアでは、日本、韓国、香港、台湾、
シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナム。ヨーロッパでは、イギリス、フ
ランス、ドイツ、オランダ、デンマーク、スペイン、イタリア、ギリシャ、OH!」と
、数えるのが大変になってきたようだ。とにかく主要な国々にはほとんどと言って良い
ほどアヴァロンは浸透しているようである。ここで私は質問の趣向を変える。「社長で
あられるという立場で、実際にはどのような仕事をしているのですか。私の知りえると
ころでは、社長自身がモノ作りのコンセンサスをもって技術的な開発や設計をしている
会社も多数あるようですが。」「なにせ小さい会社なので私は何でもやっています。(
笑い)スピーカー作りのほとんどの部分を私がやっていると言っても過言ではないと思
います。コンピーターを駆使してのデザインや、ネットワークのエレクトロニクスの分
野、木工技術の開発や応用、ほんとに何から何までやっています。」そうですか、でも
私はこんな現場主義の社長さんの方が好感が持てる。「マドリガル社ではヴォイシング
を行って音質を決定していく仕事を、社長をはじめとする四人のメンバーがやっている
と聞いています。アヴァロンでは音質を決定しているのはどなたですか。」これには内
田常務の通訳にも時間がかかった。そして、ニール氏は私を見てキッパリと一言。「私
一人です。」いいなぁ、こんなモノ作りって羨ましいかぎりである。自身と責任、そし
て社員の人たちからの絶大なる信用が無ければ、こんな経営は出来ないであろう。私は
、今まで知らなかったアヴァロンの素顔を見たという心境である。さて、そろそろ質問
のほこ先をスピーカーに向けていくことにする。「是非直接聞きたいと思っていたので
すが、アセントは大変素晴らしいスピーカーであると評価していましたが、なぜ生産を
止めてしまったのですか。」内田常務の通訳に大きく頷きながら、ジェスチャーを交え
て答え始める。「まず、第一にレディアンHCが各種の項目においてアセントを上回っ
てしまったということがあります。そして、もっと大きな理由はオザイラスの開発と生
産を同時進行するほど、会社と工場にゆとりが無かったということです。ミスター・カ
ワマタが想像するほど大きな会社ではないんですよ。(笑い)」「それでは、アセント
の後継モデルは考えているんですか。」「何年先になるかはわかりませんが、次の課題
として考えています。」なるほど、良くわかりました。そこで私は図1の原稿を持ち出
してきていよいよオザイラスの内容に関して情報を聞き出すことにした。私は常々スピ
ーカーの分析をエンクロージャーとドライバー・ユニット、そしてネットワークという
三大要素に分けて行うことにしている。「まず、アヴァロンのエンクロージャーの最大
の特徴として、かなり厚みのあるフロントバッフルが印象的ですが、オザイラスの場合
はどのような構造なのですか。」これは図1の(12)(14)(16)に解答が表し
てあるのだが。「厚さは約8インチです。色々な厚みのMDFを貼りあわせていますが
、その一枚一枚の厚みを黄金分割比によって異なるようにしています。」ヘェ、ジョー
ジ・カルダスの影響力は大したものだ。「私は以前アセントのウーファーを取り外して
見たことがあるんですが、まさにトンネルに蓋をするようにウーファーが取り付けられ
ていました。本体の奥行きの三分の一を占めるバッフルには、マウント用の穴はユニッ
ト口径と同じ直径で開けられているのですか。」「先程、黄金分割比によって決められ
た板厚で積層化しているという説明をしましたが、その一枚一枚に開けられる穴の大き
さはすべて違っているのです。簡単に言えば、表面に近い方の穴の直径が最も大きく、
それに対して奥にいくに従ってだんだんと小さくなっていくのです。」なるほど、しか
し密閉型であるオザイラスは、図1でわかるようにエンクロージャー容積のほとんどが
分厚いバッフル板で内容積は大変小さい。一般的に言って密閉型エンクロージャーでは
、内容積を大きくしないとユニットのエフゼロ(最低共振周波数)が低く取れないので
、低域の再生に不利になってしまうのではないか。ひと昔前は、口径何センチのウーフ
ァーを何百リッターの箱に入れてと、エンクロージャーの大きさを競う合う自作派の自
慢話しが聞けたものだ。見たところ、サブ・ウーファーの取付け位置がエンクロージャ
ーの上の方に偏っているようだが、各々のサブ・ウーファーのバックキャビティーは内
容積が違うのではないだろうか。この点を図面に書き込みながら質問していった。「そ
の通りです。2個のサブ・ウーファーに与えたバックキャビティーの容積は違います。
」と図面にペンを走らせていく。「ウーファーに与えるバックキャビティーの大きさは
、ドライバーとなるウーファーユニットの能力が現在のレベルに達していなかった時代
は確かにそうだったかも知れません。しかし、十分に強力なマグネティック・モーター
システムが開発されてからは大分様相が変わりました。その証拠に、アヴァロンは正確
なウーファーの動作を最優先させることから、ウーファーの背圧処理に関しては独自な
方法を取っています。」と、何やらぶつぶつ言いながらニール氏は図面に線を書き足し
ていく。「アヴァロンは、エンクロージャー内部にアコースティック・ラビリンス(音
響迷路)を構成しています。その結果、ウーファーの背面に放出される音波は吸収され
、ダイヤフラムの動作にエンクロージャー内部からのリアクションを受けないようにな
っているのです。」エッ、と私は驚きの声を上げた。アヴァロンが輸入されてから10
年近く経つというのに、単なる密閉型エンクロージャーで片付けてきたのだった。とこ
ろが、B&Wで言うマトリクス構造、ゴールドムンド・アポローグのウーファー・エン
クロージャーと同じ構造、そしてノーチラスのトランスミッション・ロッドと同様な消
音機能をアヴァロンが当初から採用していたとは大変な驚きである。これは無理も無い
ことで輸入元の大場商事でさえ知らなかったというのだ。苦笑いしながら内田常務が「
川又さん、このマトリクス構造はデヴィッド・ウィルソンがWAMMのウーファー用と
して開発した構造であることを忘れないでください。」と、一言。図1の(17)(1
5)(13)と、すべてオザイラスの中身は複雑な迷路となっているのである。ただし
、(1)(2)(3)のミッドハイ・レンジのユニットは繰り抜かれた穴にマウントさ
れているだけでバックキャビティーはない。ただ密閉型としか紹介されていなかったア
ヴァロンには、今後は明確なテクノロジーの裏付けとして、この点を強調しておきたい
ものである。さて、次はドライバーユニットの特徴であるが、サブ・ウーファーはフラ
ンスのフォーカル社製であるという。しかし、今までに見たことのない外観だ。そこで
、私は手元にあるウィルソンのX−1グランドスラムから取り外したウーファーのサン
プルを持ち出してきた。この磁気回路と同じ構造かと尋ねる。「YES!でも、我々の
要求するスペックに準拠する特注品です。」なるほど、私は単純にオザイラスのフォー
カル社製サブ・ウーファーユニットをこのような表現で表わせるのではないかと思う。
ダイヤフラムのスキン材はヘィルズのウーファーと同じ質感で、コーンとセンタードー
ムの形状、そして内部のフレームと磁気回路はウィルソンのX−1、JMラボのグラン
ドユートピアと同様と言えるだろう。図(4)のウーファーは従来からアヴァロンが採
用しているドイツ/イートン社製ノーメックス・ケブラーのコンポジット・ドライバー
である。図(1)(2)(3)のミッドレンジ以上はドイツ/MBクォート社製である
という。さて、ここで図中の(8)(9)(10)(11)を見て頂きたい。通常スー
パー・トゥイーターと称されるものは、8キロHzから12キロHz以上を受け持つ場
合が多いのだが、オザイラスのスーパー・トゥイーターは6キロHzという以外に低い
クロスオーバーで使用されているのである。(2)のトゥイーターは外見上ではアセン
トやレディアンと同様な仕様らしいのだが、このユニットを贅沢にも3キロHzから6
キロHzの帯域にしか使用しないというのはどんな理由からなのだろうか。この点に関
しては、後ほど試聴を続けるうちに私なりの推測が浮かび上がって来ることになるので
ある。これまでアヴァロンはクロスオーバー周波数を未発表として公表せず、カタログ
にも表記をしてこなかった。ところが、私が技術的な質問を繰り返すうちに、ニール・
パテル氏はこの質問に関しても何も問題は無いと言った表情で数値を答えてくれたので
ある。同年代の親しみがあってか、会談は円滑に進んでいった。最後に、何と言っても
オザイラスの最大の特徴である図中の(6)(7)クロスオーバーネットワークについ
て質問をすることにした。このオザイラスは既に一年前に発表されていたのだが、ネッ
トワークのあまりの巨大さに輸入元が難色を示し、日本仕様として小型化したネットワ
ークの設計を要望したのだが、ニール・パテル氏は設計上の妥協をしたくなかったよう
なのである。とにかくデカイ!。そして重たい。他社は一枚のボードの上に素子を並べ
て作ってしまうネットワークだが、なぜこんなにも大きくなるのか。私は図面上で概略
の構造を示すようにニール氏に求めた。「まず(7)のサブ・ウーファー用のネットワ
ークは上下に三層の階で仕切られています。下から二つには想像を絶するほどの巨大な
コイルが横たわっており、そのコイル自体をエポキシのプールに沈めて固めてあるので
す。通常のインダクターはせいぜい数アンペア前後の電流を流す程度のものですが、オ
ザイラスでは26アンペア以上の高電流が流れることを前提に設計してあるのです。そ
して、一番上の階にはレジスターを中心とする少数のデバイスが同様なエポキシ充填の
ケースに納められています。これらのターミナルにはカルダス社製のものを使用してい
ます。もっと、電子工学的にもっと詳しい話しをしてもいいんですが理解できますか?
」と言われて、通訳する内田常務の表情を見ながら、私は首を振ってから次の質問を考
え始めていた。「高電流を低域ユニットに送り込みたいという発想は大変納得出来るも
のです。そのためのインダクターの巨大化も良いでしょう。しかし、(6)の中・高域
のネットワークが同等な大きさをしているのは何故ですか。ユニットの耐圧を考えても
巨大なパーツを必要とするとは思えないのだが。他社が一枚のボードに乗せてしまうネ
ットワークがどうしてこうも大きくなるのか。」ニール・パテル氏は、笑顔のままで忍
耐強答える。「マグネティック・フィールドはご存じですね?」私は大きく頷く。「イ
ンダクター、キャパシター、レジスター、といったパッシブエレメントは電流の通過に
よって必ず磁界を発生します。ここまではわかりますね。」私は、もう頷くのを止めて
ニール氏の目を見返すだけだ。「そのエレメント個々の磁界が隣接するエレメントに悪
影響を及ぼしています。その悪影響を分析し排除することに私たちは価値があると考え
ました。コンピューター用にオリジナルのソフトを開発し、数々のシミュレーションを
行い、その結果三次元的な配置によって各エレメントの磁気干渉を排除することに成功
したのです。ですから、(6)の内部は特に大きなパーツがあるわけではなく、各々の
パーツが三次元的にまったくランダムな配置と距離をとるために必要となった大きさな
のです。そして、各々のパーツは個々にエポキシで充填されたケースに格納されてネッ
トワークボックスの内側に固定されているのです。」なるほど、サブ・ウーファーの帯
域は、どれだけ電流がスムースに流すことが出来るかという点がユニットの制動に大き
な役割を果たしている。そのために巨大化したインダクターにふさわしいネットワーク
の在り方。磁気誘導にともなう干渉を廃絶するため、コンピューターによって高度にシ
ミュレーションされたパッシブエレメントの配置構成による巨大化。妥協しないという
技術者のこだわりが、これほどの怪物を作り上げてしまったわけだが、ここで大切なの
は、こだわりの対象となった数々の高度なノウハウをアヴァロンがしっかりと押さえて
いたという事実である。ニール・パテル氏と親しく話しが進んでいくうちに、オザイラ
スの概要が次第に鮮明に見えてきたように思われる。最後に、少しとまどいながらも、
最も気になっていたビジネス上の質問を思い切ってぶつけてみた。「昨年オザイラスを
発表したショーで、エレクトロニクスはスペクトラムを採用しておられましたね。この
組合せに関しては様々な憶測がされていたのですが、スペクトラルとはどのような関係
なのですか。」「WELL!」と、どう話したらよいものかと笑顔で思案しながら、「
特にどうこうという間柄ではないんですよ。あちらのショーではたまたまデモ・ブース
が一緒になったとか、新作のアンプやスピーカーを貸し合うとか、よほどの絶交状態で
もないかぎりフレンドリーに付き合っているだけです。スペクトラルのエレクトロニク
スが、アヴァロンにとって最高のマッチングであるというような考えは一切持っていま
せん。その時々の都合によって、将来は他のメーカーと組むことも当然ありえることな
のです。ジェフローランドの静けさも素晴らしいし、クレルのパワーも魅力あるし、マ
ドリガル(マークレビンソン)の技術力も評価しています。みな各々に素晴らしいエレ
クトロニクスです。アヴァロンとのマッチングに関しては、明らかにユーザーが決定し
ていくべきことだと思います。」ウン、さすがと言える回答であり、私が予想していた
とおりである。どうも日本人はあちらの有名な人物ないしメーカーが何かを採用した、
あるいはコンビを組んだという事象を耳にすると、もうそれが唯一最高の組合せである
かのような考えてしまうところがある。はっきり言って、自分たちの主張がシステム構
成に表われるような独自性を、体験のもとに自分たちで作り出していきたいものである
。しかし、初めてお会いしたニール・パテル氏は予想以上に立派な人格者であると感銘
を受けた。私が常々申し上げているように、このような設計者あるいは社長たちの人柄
を理解し、彼らの作り出す製品が素晴らしい評価である場合に、簡単な一言で皆様にお
勧めするものを決定したくないのである。私は最上のデモを行うのに留まるのであって
、皆様の感性と自己主張がコンポーネントを選択する基準とならない限り、そこには皆
様の満足も生まれて来ないのである。

第二章『ガッツ!オザイラス』

さて、楽しく話しが弾んでいるうちに夜も更けてきてしまった。私はオザイラスのセッ
ティングを完了したいのでヒアリングを再開したい旨を内田常務にお話して、とりあえ
ずの状態であるがニール・パテル氏にヒアリングして頂くことにした。大きなバッグか
ら自前のソフトを取り出し、何曲か聴いてから一言。「グッド・ジョブ!」どうやら大
方のセッティングにはOKを出してくれたらしい。更にソフトを取り出してヒアリング
を続けようとするニール氏の肩に手を置いて内田常務も一言。「ヒズ・ショップ!」も
うこれだけでわかってしまったらしく、ニール氏は「OH!ソーリー!」と笑いながら
センターのポジションを私に譲って下さった。私は「サンキュー。」と言いながら座り
なおして仕事の再開である。まずはヴォーカルを聴きながらセンターの定位を確認し、
その音像の現れ方から左右の間隔とオフセット・アングルを決定していく。「大貫妙子
」「ダイアナ・クラール」「ホリー・コール」など、私が日頃使用するソフトを何回も
聴きながら、大場商事の担当者に「もう少し内側に・・・。」「あと10センチ離して
・・・。」と指示を出しながら位置を追い込んでいく。作業中は言葉を発しない私を見
てニール・パテル氏は何かを問いかけたそうな表情である。しかし、この時私の頭の中
ではそんな余裕がないほど、オザイラスの発するヴォーカルの見事さに驚きながら観察
と分析を繰り返していたのである。そして、もう一度「ダイアナ・クラール」をかけて
、その評価を下した私は、いきなりボリュームを絞ってしまった。何事かと内田常務や
ニール氏が私を見ている。そこで私は大きくうなずきながら、たった一人で拍手を送っ
たのである。この行為は万国共通であり、ニール氏は立ち上がって私に握手を求めた。
「ベリー・エキサイティング・サウンド!」これだけの巨体が発声させるヴォーカルに
しては想像以上に明確な音像を結び、昨年のノーチラスを彷彿とさせるフォーカシング
の鮮やかさは手に取って感じられるようだ。ノーチラスを1メートル程度のスタンドに
乗せて鳴らすと、ちょうどこんな感じになるだろうと思われた。図1の(1)(2)(
3)というミッド・ハイレンジのユニット群が床上1メートル60センチにの高さに展
開しているため、知らない人は「音が上から降ってくる感じ」と思われるかもしれない
。この点をニール氏に質問してみると。「ミッドレンジの定位感はウーファーとミッド
レンジ・ユニットの中間程度に感じられるように設計しています。」なるほど、確かに
ヴォーカルの位置は図1の(10)で示した場所に表われているではないか。一般的な
椅子に腰掛けて聴くのであれば、人の耳からやや高いという程度で決して不自然な定位
ではない。「しかし、巨体の割には本当にきれいなエコーが出るね。」と私自身が漏ら
した言葉にハッと我にかえってひらめいたものがある。「そうか、スーパー・トゥイー
ターの効用をここに求めたんだ。」図の(6)で示したとおり、通常よりも低いクロス
オーバーで使用しているセラミック・ダイヤフラムのスーパー・トゥイーターの目的が
ここにあったのだ。アヴァロンのアセントやレディアンでも使用されているトゥイータ
ーは十分なワイドレンジを実現している。そのトゥイーターと同レベルのユニットに3
キロHzから6キロHzという帯域だけを受け持たせ、6キロHz以上に単独ユニット
を採用した目的を私なりに推測してみた。様々な楽器の基音と倍音、または瞬間的な楽
音の立上りと余韻との分離。こんな周波数と時間軸という二軸になぞらえて再生音を分
析した場合、連続する楽音の倍音とエコーの専門的な再生を独立ユニットに受け持たせ
ることの可能性。それに、スーパー・トゥイーターが単独で楽音の定位を引き受けると
いう事態がほぼありえないであろうという推測。音波の放射パターンが最高域において
も均一化され、ポーラーパターンが全域に渡って球体化させるための秘訣なのではない
だろうか。これらの事柄から、演奏の背後にある空気感、余韻を引く長さを正確に捕ら
えてのホール感、そんな音楽の背景描写の役割をオザイラスの頭頂部に位置するスーパ
ー・トゥイーターに与えたのではないだろうか。当日は、この点を技術的に質問するだ
けの考えがまとまっていなかったのだが、ニール・パテル氏との間で次のような質疑応
答があった。「大型のスピーカーでは常に問題視されることだが、一体どの程度の距離
と空間で聴くのが最適なのだろうか。」ウサギ小屋と言われる日本の住宅事情から、多
くのユーザーが気にしているリスニングルームの大きさは重要なポイントであろう。「
オザイラスの各帯域の放射エネルギーは最低でも2・5メートルの距離でバランスが得
られます。音源からどの程度の距離で均一な音圧が得られるかをグラフ化したポーラー
パターンは、この2・5メートル以上の距離であれば各々のユニットが持っているパタ
ーンが均一化されるのです。それ以上の距離で聴いて頂ければ楽音の音色としてのバラ
ンスがとれるので、後は皆様の持てる範囲の空間で楽しんで下さい。」この話しを聞い
て、また一つ挑戦的な質問が浮かんできた。「でも、ウィルソンのX1はリスニングポ
イントまでの距離でミッドハイレンジのユニットを位置的にアジャストして、フェーズ
・アライメントやタイム・アライメントを調整している。わかりやすく現実的だ。また
、JMラボのグランド・ユートピアは3・5メートルから4・5メートルの範囲でフォ
ーカスが合うように設計されているという。他社のトップモデルは、このようにしてリ
スナーの距離に配慮した設計をしているのだが、オザイラスはどうなんだろう。」この
質問を訳すには、さすがの内田常務もしばらく時間がかかった。「良い質問です。今例
に出された二つのスピーカーはいずれもダポリット・コンストラクションを採用してい
ます。」(注意・このダポリット・コンストラクションというのは、トゥイーター一個
が二個のミッドレンジ・ドライバーに挟まれている仮想同軸構成の事である。念のため
。)「このダボリット・コンストラクションはインパルス・トランジェント特性には良
いスペックを提供しますが、連続した波形の伝送においてはある条件を満たさないとデ
メリットを発生させてしまいます。それは、耳(測定用マイク)がトゥイーターと同レ
ベルの高さに、あるいはトゥイーターを主軸として二個のミッドレンジの相対角度が上
下均一であるかどうかという位置的な条件。そして、測定の対象となる周波数をトゥイ
ーターとミッドレンジのどちらに主眼を置いて再生させるか、という諸条件です。これ
らの条件が満たされないと、合計三個のユニットが発射した音波の位相が、あるポイン
トでは正(プラス側)の波形が重複したり、負(マイナス側)の波形も同様な状態に陥
ります。これらの不均一な波形伝送では正確な楽音の再生は望めないと私たちは考えて
います。大切なのは、インパルス・トランジェント・レスポンスと連続波形伝送の両立
であり、そのためには個々の音源位置に距離がないこと、様々な周波数の放射において
ミッドハイレンジの複数ユニットが同一なポーラパターンを獲得すること、各々のユニ
ットを適切な角度でリスナーに向かせるバッフル・アライメントを慎重に選択すること
などが必要なのです。アヴァロンでは、これらすべてをコンピューターで何度もシミュ
レーションを繰り返しオザイラスのデザインに反映させてきたのです。」(この全てを
内田常務が通訳したわけではなく、私にもわかる技術的専門用語を記憶に留めながら、
私の責任において要旨をまとめて意訳したものであることをお断りしておく。)なるほ
ど、きけばきくほどアヴァロンというメーカーの技術力は高度であると感心してしまっ
た。これまでは、語るべきセールスポイントが「プロポーションと仕上げが美しく、音
場をよく表現する密閉型スピーカーの代表」がアヴァロンだということで終わってしま
っていたのだが、これではアヴァロンとニール・パテル氏に対する評価を大きく変えな
ければいけないようだ。このようなやり取りから、次第にオザイラスのプレースメント
に自信が持てるようになってきた。次に課題として考えていたのが低域の再生である。
この日にいたるまで輸入元の試聴室ではバーン・インを繰り返しながら、低域のレスポ
ンスを上げていこうと努力してきたようなのである。しかし、環境が許せる範囲での音
量では中々思い切ったパワーハンドリングをかけるわけにも行かず、低域の開放感と重
量感に関してはこれからだという感触なのだ。そこで私が選んだソフトがニール氏のお
気に入りとなったようだ。ちょうど一年前の夏、私は久々に金を払った分以上に楽しめ
た映画を見た。ブライアン・デ・パルマ監督トム・クルーズ主演「ミッション・インポ
ッシブル」である。このサントラ盤を偶然にも手に入れ、当時私のフロアーにあったグ
ランド・ユートピアで聴き惚れたものである。ただ、グランド・ユートピアという素晴
らしいスピーカーで聴いてから地元の映画館に行ったのが災いして、残念ながら上演劇
場のスピーカーの音質には失望してしまうことになった。このサントラ盤には二種類あ
るのでご注意いただきたい。ポリドールから出ている「ミッション・インポッシブル」
は、U2のアダムとラリーがモダンなアレンジのポップミュージックとしてアルバム化
したもので、映画の中でもエンディング他のごく一部でしか使われていない。私の言う
「ミッション・インポッシブル」は、ダニー・エルフマンによるオリジナル・スコア・
ヴァージョン(ポリグラム PHCP−1802)である。テレビ映画の「スパイ大作
戦」でお馴染のテーマは、あのラロ・シフリンの作曲であり、今回はダニー・エルフマ
ンが独自のアレンジによりスコアを書いたものである。このCDのライナーノーツにも
「許す限りの大音量で・・・。」と書かれているのだが、その点私の求める音量は半端
ではない。もっぱら、このCDは最初の3分30秒をかけるのだが、まず冒頭の軍隊の
行進曲のようなでキレのよいスネアドラムの連打で始まり、コンガやエスニックなパー
カッションが展開しアフリカ系の大太鼓がこれでもかとオザイラスのサブ・ウーファー
を激しくゆさぶる。そして、テレビドラマでお馴染のテーマが流れてくるのだが、この
ド迫力には従来のイメージが大きく変わってしまうだろう。オーケストラとパーカッシ
ョンが怒涛のごとく押し寄せる重厚なパッセージを反復し、まるで西部劇の和音展開の
ように爽快なスケールで旋律に緊張感を高めていくのである。ニール氏も思わず「WO
W!」と小さく叫!私がボリュームを絞ると、早速ニール氏は内田常務に話しかける。
「オザイラスのネットワークにこれだけパワーを与えるのは工場でのテストの時以来だ
ろう。ミスター・カワマタはバーン・インがうまい!」この曲を聴いて驚いたのは私の
方である。JMラボのグランド・ユートピア、ウィルソンのX1でも同じ曲を聴いてき
たのだが、こんな大音量でもこれほど正確に低域をコントロールして再生するスピーカ
ーにお目にかかったことがない。両者共にバスレフ型であり、ハイパワーで駆動される
ウーファーはそれ自身の裏側へも強力な同レベルの音圧を放射している。バスレフポー
トを介して外界に放出された低域は、ウーファーの振動板が発する直接的な低域にオー
バーラップして低音楽器の固体感を希薄にしてしまう。つまり、低域の質感がポートチ
ューニングによって軽量化された上に、大きな面として部屋全体に低域が充満してしま
う感じになるのだ。しかし、オザイラスは違った。サヴ・ウーファーの初動を明確に捕
らえパーカッションのヒットする様子を輪郭として鮮明化し、その挙動に6ポット/デ
ュアル・パッド・ブレーキのように素晴らしい制動がかけられるのである。従って、重
量感を重視するあまりにキャビネットから尾を引く低域が流れ出てくることはなく、楽
音の立体的なサイズを拡大することもない。よくアヴァロンのスピーカーを評価するコ
メントで、低域は締まっているが量感に乏しいという表現を耳にするが、低音楽器のサ
イズを誇張して膨らんだ低音を出すことをアヴァロンは否定しているのである。私は多
くのスピーカーを聴いてきたが、この点に関してはまったく同感であり、低域の位相を
正確に捕らえているものこそハイエンドの名にふさわしいものと言える。ここでニール
・パテル氏が再三繰り返していたオザイラスの設計主眼である「ノイズ・フロアーの低
減」というコメントを思い出すのである。スピーカー自身はまったくの受け身的動作を
行うコンポーネントである。アンプに代表されるようなエレクトロニクス製品は電源と
いうエルネギー源を持ち、増幅、変換、変調、などの仕事をするわけだ。その中で、オ
ーディオ信号が伝送増幅される過程で入力信号には本来含まれていない物が混入し、ノ
イズとして察知されるということは想像するに難しくない。そして、スピーカーはそれ
自身でエネルギー源を持たず、アンプから供給される電気信号を機械運動を通して音波
に変換するというパッシブなコンポーネントなのだ。そのスピーカーにノイズの発生源
があるということは、素人ながらに大変考えにくいことなのである。スピーカーが受け
入れる電気信号は本来ユニットの振動板にだけ働きかけ、他の構成要素が一切音波を発
してはならないという原則は理解されるだろう。しかし、電気信号が作用するユニット
、厳密に言えばボイスコイルと振動板以外にも、そのエネルギーの干渉を受けて音波を
発してしまうものがあるのだ。まず、ユニット自身を取り上げてみてもフレームがあり
、細かい事を言えばフレームを固定するビスさえも音を発しているという。そして、エ
ンクロージャーを機械的な振動面から考えれば「ブレーシング」という補強テクニック
で取り沙汰される問題もあり、スパイクを使用すると音が変わるという単純な事実から
もキャビネットが二次的な音源であることを物語っている。更に、エンクロージャーを
音響的に分析すればバスレフのポートチューニング、あるいはボイスコイルのように直
接オーディオ信号を受け取らないパッシブラジエーターによる低域再生など、本来の信
号とは直結しない低域再生も大変強硬な考え方によっては元信号には入っていない音と
して考えられなくもない。また、究極的にはユニットが発射した音波はエンクロージャ
ーを包み込んで空間に広がっていくが、放射した音波に対してスピーカーの本体自体が
反射板の役割を演じてしまっているのも事実なのである。これらを総合的に考えた場合
に、オザイラスがこれだけの重量と大きささを必要とした理由、そのネットワークが巨
大化したわけ、分離する本体とネットワークに純正のスパイク(アペックスカプラー)
でセッティングを指定しているこだわり、プロポーションが上部に行くに従ってフロン
トのバッフル面積を極端に縮小させている造形的な根拠、そのバッフル面にも特殊な吸
音材を取り付けてユニット近辺の反射に配慮する気配り、これら全てが二次的な音を発
しないようにという「ノイズフロアーの低減」という設計ポリシーに収束されてくるの
である。これほど徹底した設計哲学を具現化したアヴァロン。恐るべしである。

第三章『パートナー・シップ』

さて、このような出会いから三か月間、北海道から九州にいたるまで本当に多くの方が
オザイラスを聴きに来訪され、真剣にオザイラスの導入を検討する人も表れてきた。そ
して、やはり一番多い質問が「どのアンプがオザイラスに合うのか。」という問いかけ
である。最初はジェフローランドのモデル9TとDC9でバイアンプ駆動を試みた。ま
ず、ここで気になるのがどちらを低域と高域に当てがったのかという点だろう。これま
での印象からDC9というバッテリー駆動のアンプの方が、電源のメリットを反映して
透明感に優れ高域にふさわしいのではという推測をされた方も多いと思われる。しかし
、この両者を単独で鳴らしてみると聴感上での高域の伸びはモデル9Tの方が爽やかに
感じられるのである。そして、9Tの350Wに比べてDC9は100Wと定格出力は
低く設定されているので、パワーを求められるサブ・ウーファーにはモデル9Tの方が
ふさわしいのではと考えられるだろうが、これも実際にはDC9は何とも厚みのある低
域をどっしりと再現してしまうのである。こんな私の判断からサブ・ウーファーにはD
C9を、ウーファーより上の4ウェイにはモデル9Tを採用してオザイラスを鳴らして
いったのである。前章までに述べた事象は、この状態で私が分析したものである。日本
の製品にもチャンスを提供しようと、次の段階ではラックスとデンオンの最高級アンプ
を採用した。これは色々な意味で私も多くを学ぶ良い経験となったのだが、国産のパワ
ーアンプが持っている限界を痛切に感じる結果に終わってしまった。アンプに難題を突
き付けるスピーカーが開発されれば、それを鳴らすアンプが更に進歩する。世界的に見
ても、スピーカーで一歩先行した製品化がなされてから、それにアンプが追随するとい
う図式で両者が進化してきたと私は考えている。そのアンプにとっての開発目標とする
べきスピーカーの存在に、日本メーカーが着目しないという点が実際面でのギャップを
作ってしまったような気がする。やはり島国の感覚なのだ。とにかく、多くを語ろうと
する意欲を掻き立てる感動は得られなかったということで、国産アンプの評価はこの程
度でご勘弁頂きたい。さて、次にはマークレビンソンのNO・33Lをサブ・ウーファ
ーに、NO・33HLをウーファー以上の帯域にとバイアンプ駆動を試みた。この両者
の受け持つ帯域の上下関係にはさして大きな理由があったわけではなく、単純にパワー
の大きいNO・33Lをサブ・ウーファーに使用したかっただけのことである。最初の
印象は何ら疑問を抱かせることなく、快調にオザイラスをドライブする様はさすがと思
わせる貫禄がある。特にNO・33Lが鳴らすサブ・ウーファーには、改めてアンプの
素晴らしさを実感させる落ち着きと重量感に舌を巻く思いである。しかし、ここで私は
また一つの疑問を図らずも発見してしまうのである。昨年から頻繁にテストに使用する
ようになったソフトで、ステレオサウンドが輸入販売するdmpのジョー・モレロ「モ
レロ・スタンダード・タイム」(dmp CD−506)の4トラック目「テイク・フ
ァイブ」をかけた。スリリングで圧倒的なテンションの高まりを聴かせるジョー・モレ
ロのドラムは演奏者の年齢を30歳は若返らせる見事なものだ。当然この曲は、前述の
すべてのアンプでチェックしてきたものなのだが、キックドラムの音は素晴らしいリア
リティーなのだが、スネアの連打において張り詰めた緊張感、テンションがあまくなっ
てしまうのである。「何か、おかしいぞ。」と首をひねってパッとひらめいたのはパワ
ーの違いである。簡単な実験なのでパワーアンプの上下を入れ替えてみることにした。
「あー、やっぱりそうか。」と変化した音は私の推論を見事に裏付けることとなった。
NO・33Lが取って変わったウーファー以上の4ウェイはあからさまな変身を遂げて
いる。スネアのテンションも一層の高まりを見せ、おまけにシンバル、ハイハットなど
がしっとりと落ち着いてきたではないか。逆にサブ・ウーファーという大物を相手にす
ると、チャンネル当たり150WのNO・33HLでは息切れ状態が感じられるのであ
る。もちろん、これは私が求める音量においての比較であり、妥当な音量であればNO
・33HLだけでフルレンジを再生させても何ら不都合はないであろう。NO・33L
との同じ比較という状態でのみ、この兄弟の体格の違いを聴くことが出来たのである。
それにしてもNO・33Lは凄い。こんなことであればと、バイアンプをやめてNO・
33L1セットだけでドライブしてみた。「あれ、まったな。こっちの方がいいや。」
贅沢をしたバイアンプ方式が全て良い結果を生むとはかぎらない。輸入元でもニール・
パテル氏がヒアニングした際に、ジェフローランドのモデル9Tiとモデル6のバイア
ンプよりも、モデル9Tiのみのシングルドライブをニール氏が選択したというエピソ
ードを聞いており、苦しくも同じ判断に行き当たってしまった。オザイラスを鳴らすの
であれば、同メーカーであってもランクの違うアンプで行うバイアンプドライブよりは
高いレベルのアンプ1セットのシングルドライブをお勧めしたいところである。また、
どうしてもバイアンプでの可能性を追求するのであれば、予算が許せばまったく同じア
ンプによるバイアンプドライブをお勧めしたい。この春に、お忍びで私の元を来訪され
たマドリガル社の会長フィル・ムジオ氏と社長のマーク・グレイジャー氏に聴かせたか
った演奏である。そして、6月に入ってから更に二社のアンプを導入した。クレルのF
PB600を二台、FMアコースティックのFM711とFM811の二台である。こ
こで昨年のノーチラスでの教訓を思い出す。クレルのように壁コンセントに多大な電力
を要求するクレルのハイパワーアンプを複数同時使用すると、当フロアーのブレーカー
が上がってしまったということだ。そこで、この春には当フロアーの電源を強化した。
従来は壁一面で20Aのブレーカーが四系統、合計80Aで全ての機材に電力を供給し
ていたのだが、更に40Aのブレーカーを二つ増設し、パワーアンプ専用に80Aの独
立回線を引き込んだのである。これでクレルを思う存分に鳴らすことが出来る。さて、
ここではクレルFPB600でのバイアンプではなく、モノラル使用することにした。
つまり、一台のL/Rチャンネル各々にサブ・ウーファーとそれ以上を受け持たせ、左
右に一台ずつステレオアンプを当てがったのである。ついでにFPB600一台だけの
シングルアンプでも試聴してみることにした。まず、FPB600一台で鳴らすオザイ
ラスは、アンプの価格を考えれば見事な仕事ぶりであったと評価したい。予算の関係上
で、一度にパワーアンプまで手が回らないような時には、FPB600は妥当な選択と
してコストパフォーマンスの優秀さを物語っているようである。しかし、一般的には実
現しそうもない組合せが平然と可能となってしまうのが当フロアーの贅沢な特典である
。前述のようにFPB600を左右に二台使用すると、コストパフォーマンスに対する
自信は跡形もなく吹き飛んでしまった。これまでFPB600の二倍以上もする価格の
アンプで鳴らしてきた前述のジョー・モレロ「テイク・ファィブ」が、圧倒的な爆発力
をもってジェフローランドとマークレビンソンの威信に揺さぶりをかけるではないか。
ここにダゴスティーノ氏が同席していたならば、「どうだい!やっぱりいいだろう。」
と、勝利の微笑みを返してくることであろう。従来の20Aのコンセント容量では、恐
らくブレーカーがダウンしてしまうだろうと思われるパワーで思いっきり鳴り響くオザ
イラスは、まるでもう一台のパワーアンプをおねだりしているかのようであった。さて
、このクレルと同時に搬入されたのがFMアコースティックであるが、クレルとは対照
的な魅力でオザイラスに迫ったのである。まず、低域の重量感という印象から輪郭の明
細化という変化が起こり、中高域の温度感をスーッと引き下げてクールな音像表現にメ
イクを変えてしまうのである。「ちょっと待った。」と、試聴を中断してアンプをFM
811のシングルドライブに切り替えた。「アーッ、これもやっぱりそうだ。」前述の
同メーカーの上下ランクモデルによるバイアンプドライブの中途半端な表情がFMアコ
ースティックでも出てしまったのである。他に例を見ない巨大なネットワークを通じて
音楽信号を食するオザイラスは、これらアンプの設計者たちに新たな問題提起を行って
いるかのようである。いずれにしても、ゴージャスな演奏を堂々と奏でるアメリカを代
表するアンプと、ストイックなまでにプロポーションを維持しようと努めるヨーロッパ
(スイス)のアンプにおける質感の相違をオザイラスは克明に伝えてくれたのである。
さて、時系列は多少前後するが、4月27日ゴールドムンド社長のミッシェル・レバシ
ョンが私を訪ねてこられた。既に本随筆において紹介したスピーカー、エピローグの詳
細な解説と将来の新製品をプロモートするためのミーティングで来日されたのである。
実際エピローグ1は随筆の原稿を書くに当たって評価の対象とした輸入元の試聴室での
再生音と、当フロアーに持ち込んでからの音質差が大きく違い、現在私が知っているエ
ピローグの音質であれば相当な高得点を付けていたことだろう。その証拠に、ここでお
聴かせした多くのお客様から絶賛の評価を受けており、しかも反対票を投じる人がゼロ
というパーフェクトな評価が下されているのである。さて、話しを本題に戻すと、今回
の企画で数多くのアンプでオザイラスを演奏してきたわけだが、これらのメーカーのト
ツプである人物が実際にオザイラスを聴いたのはレバション氏だけなのである。「ベリ
ーグッド!低域の位相が大変良い状態で再生されています。」一通り私の選曲でデモを
終えた後の感想である。そして、もう一言。「実は、世界的に見ても同価格帯にある・・
・・社の・・・・や、・・・・社の・・・・を私はハイエンドスピーカーとは認めていない。」放送禁
止用語ではないが、業界のモラルとして点々の表現はご想像におまかせして、実名は掲
載出来ないことをご理解下さい。「私が真のハイエンドと位置付けるスピーカーは少な
いが、昨年ここで聴かせてもらったノーチラスはその一つだ。そして、このオザイラス
もまさにハイエンドと称するにふさわしい作品であると思います。」このコメントを口
にしながら、名刺ほどの大きさのカードに大変小さな字で何度もメモを取っている。公
式の発言ではなくプライベートなトークであるということを強調しておられたので、私
も同様にプライベートにはまったく同感であると笑いながら話していた。こんな思い出
を頭に浮かべながら、六月中旬いよいよゴールドムンドの登場となった。パワーアンプ
にはミメーシス29を二台採用したが、今回もクレルと同様にモノラルで左右に一台ず
つ接続した。ラックとインターコネクトを含めてフロントエンドからパワーアンプまで
、全てをゴールドムンド製品で統一したシステムである。同じスイス製でありながら、
FMアコースティックとゴールドムンドは実に多くの項目で対照的な設計思想を製品に
表している。これも最初に、気になるジョー・モレロをかけてみた。そして、出始めた
音のテンションは明らかにFMアコースティックよりも高いものが感じられる。しかも
、静かなのである。実によく切れるスネアのヒットとキックドラムの制動感、そしてこ
れらから瞬間的に送れて放出されるエコーの鮮明さ。実に見事である。続けてヴォーカ
ルを聴く。空間の透明感が実に素晴らしい。ここで言う「空間」とはヴォーカルのエコ
ーが消えていったスペースの後に残された空間であり、楽器と楽器の間に見えるすきま
であり、深々とした余韻が引いていく奥行き感、というような直接楽音が定位していな
い全ての空間を意味するのである。つまり、音のない部分であり、音と音に挟まれた空
間と言い替えることが出来るものである。本来空白であるその空間を表現するには、一
端はそこにわずかに存在していた音を表現し、そしてそれを完璧に消し去るという余韻
の存在と完全な消滅という「対比」が必要なのである。その虚無の対比をゴールドムン
ドは当たり前の仕事として平然とこなしてしまうのだから驚いた。しかも、特筆すべき
はオザイラスの超高域から超低域まで全てのレンジにおいて、この音の発生から微妙な
余韻、そしてこれらの完璧な消滅を均一に表現していることである。そして、オーケス
トラにおいても、小編成のアンサンブルにおいても、スタジオ録音のジャズやヴォーカ
ルにおいても、全ての音楽ジャンルにおいて、誕生から死滅までの楽音の粒子の瞬間の
生涯が聴きとれるのだ。オザイラスの可能性としてニール・パテル氏にぜひ聴かせたか
った音であり、ゴールドムンドが指向するスピーカーの在り方について同社のエレクト
ロニクスが果たすであろう役割の具体化としてミッシェル・レバション氏にも聴かせた
かったサウンドである。このような数多くの経験を通して、海外のメーカー自身すら経
験することが出来ないような貴重な体験させて頂き、関係各社の皆様には本当に言葉で
は言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいである。1997年の夏、この三か月間に私
はオザイラスから多くを学んだ。そして、このオザイラスが存在するかぎりは、スピー
カーをドライブする上での大きな課題と、更に遠くへ持ち去られたゴールのテープをア
ンプの設計者にイメージさせる事であろう。しかし、早くも私の耳には、アンプデザイ
ナーの野心がオザイラスに追いつこうとするプロジェクトを進めつつあるという情報が
入ってきた。完成すれば重量は約300kgのモノラルパワーアンプ、1Ωの負荷には
何と1,2000Wのパワーを送りこむというモンスターアンプである。価格は800
万円前後になる予定だ。しかも、内容は異なるが同レベルのパワーアンプを開発してい
るメーカーが更にもう一社あるというのだ。まだまだ・・・、私とオザイラスの仕事は
終わりそうもない。                           【完】

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