第三十六話「ダイエットに成功したスピーカー」





第一章『ポール・ヘィルズ』

 1965年8月15日、アメリカ合衆国はユタ州のオグデンで誕生した一人の男の子
が、90年代になってからハイエンドスピーカーデザインの分野に爽快なる新風を吹き
込もうとは誰が予想しえたであろうか。彼の名前はポール・ヘィルズ、カルフォルニア
で少年時代を過ごした彼は、幼い頃から音楽に親しみ十二歳の時に買い与えられた4ユ
ニットのドラムセットを演奏するうちにハイファイに目覚めたという。十六歳の時には
スピーカーの自作に手を染め始めており、地域の職業訓練プロジェクトで設計、製図、
木工技術の基礎を修得し、当時の彼が自作した最初のスピーカーがアルメダ群で表彰さ
れた事もあったという。1983年にカリフォルニア大学に入学するが、そのデイビス
校で機械工学を学んだことが彼のスピーカー造りに大きな影響を与えたのである。当時
から、ダイナオーディオ、オーダックス、フォーカル、などのユニットを買ってきては
システムに組み上げるという、アマチュア時代からのスピーカー製作が後の人生に重要
な意味合いを持つことになった。彼は1988年に機械工学の修士課程を終了している
のだが、在学中の1985年二人のパートナーと共にカリフォルニア州のブレンウッド
にヘィルズ・オーディオ社を設立するのである。作品第一号は、ダイナオーディオの7
インチ・ウーファー2本の中間にドイツのMBクォート製1インチ・チタンダイヤフラ
ム・ドーム型トゥイーターを配置にする仮想同軸構成として、幅28cm、高さ97c
m、奥行き41cm、重量42kgの密閉型エンクロージャーに納めたシステム2とい
うモデルであった。合理性を重視し、小型ながら執拗なブレーシングを施したエンクロ
ージャーが最大の特徴である。しかし、ヘィルズの早熟さは直ぐには認められるものと
はならず、業界の有識者たちは暗黙の改善要求を発していたようである。そして、19
89年CESで本格的なデビューを飾ったのが、システム2を原形として更にリァイン
したシステム2シグネチャーであった。これが当たった。アメリカのオーディオ誌ステ
レオファイルの1990年10月号では、クラスA・リコメンデッド・コンポーネント
として高い評価を得る。ユニットはシステム2と同様であるが、エンクロージャーと別
筐体としたクロスオーバーネットワークに徹底した改良の跡がうかがえる。幅28cm
、高さ122cm、奥行き53cm、重量82kgの密閉型エンクロージャーは、内部
で格子状の補強がめぐらされ吸音材が充填されている。ユニットをマウントするバッフ
ル面は10cmの厚みを持たせており、横幅は同じで、高さで25cm、奥行きで12
cmほど大きくなった割に重量が倍になっている事からもエンクロージャーの強靱さが
うかがえる。また、別のボックスに収納されたネットワークにはソレン社の高速ポリプ
ロピレンコンデンサーと特殊断面のエアーコアーインダクターなどを採用し、内部に砂
を充填するという振動対策を施した結果10kgの重量となってしまった。このバイワ
イヤリング対応ネットワークも、本体ともどもスパイクを使用してセッティングすると
いう念の入れようである。しかも、内部配線にはカルダスを採用するなど、近代のスピ
ーカー設計として本当にスキの無いデザインであった。1991年ヘィルズはこのシス
テム2シグネチャーから日本への上陸を開始したのである。(システム2はこの後から
輸入されることになった)当時、私もキリッとエッジを描きながら抜群の反応を見せる
システム2シグネチャーを聴いた一人であり、今となっては懐かしく思い出される。さ
て、ヘィルズが日本上陸を果たしたこの年、既にアメリカではドラマチックな次の展開
が開始されていた。世にシステム2シグネチャーを送り出してから、ポール・ヘィルズ
は着々とフラッグシップ・モデルの開発を進めていたのである。

第二章『キー・パーソン』

 1991年シカゴCESにおいて、ヘィルズのフラッグシップ・モデルのプロトタイ
プを平然と自社のデモ・ブースで採用した人物がいた。何を隠そう、あのジェフローラ
ンドがその人である。従来からアヴァロンとカルダスを使用してきたのだが、カルダス
は従来通りとして突如ヘィルズを採用したのだから、当時としては様々な憶測と期待を
撒き散らしたのも無理からぬところであった。そのプロトタイプではトゥイーターを挟
んでスコーカーが2本あり、仮想同軸のミッド・ハイレンジ構成の3ウェイシステムで
あった。それからというもの、ポール・ヘィルズは基本形の試作機で六種類のバリエー
ションを製作し、細部の実験・試作例としては百種類をこえるという膨大な仕事量をこ
なしながら試行錯誤の2年半をおくるのである。そして、その精根込めた努力の結果シ
ステム1リファレンスとして正式デビューすることになり、この時には上側のスコーカ
ーがなくなってミッドレンジは1ユニットに変更されていた。そして、いよいよ199
3年秋ヘィルズのフラッグシップモデルとして、システム1リファレンス(420万円
)が日本上陸を果たすのである。横幅33cm、高さ132cm、奥行き61cm、重
量121kgの密閉型エンクロージャーの本体、横幅33cm、高さ97cm、奥行き
25cm、重量が27kgの別筐体クロスオーバーネットワークの2ピース構成である
。このネットワークボックスは、本体の後方に延長されたデザインで正面からは見えず
、システムとしての奥行きが96cm総重量148kgというヘビーデューティーな仕
上がりとなった。このエンクロージャーであるが、後部と側板は厚さ7・5cmのMD
F製、ウーファーの取付け部分のバッフルは同じMDFでも厚みが15cmある。ティ
ールのバッフルデザインのように湾曲した中・高域ユニットのバッフルはレジンコンク
リートを採用したもので、その自重だけで27kgもある。このバッフルを防振材を挟
んで本体に取付け、いわゆるフローティング構造としている。内部には執拗にブレーシ
ングが施され、防振材が張りめぐらされ吸音材が充填されている。このような堅牢なエ
ンクロージャーに搭載されたユニットであるが、アヴァロンのアセントKと同じノーメ
ックス&ケブラーを振動板に採用したドイツ・イートンの27・5cmウーファー。ミ
ッドレンジはアヴァロンのアセントKとも、またティールCS5とも同様の5cm口径
チタンドーム型を採用。トゥイーターは同じくドイツ・アクトン製のセラミック振動板
の逆ドーム型を採用し、高域再生限界は35キロHzと大変なワイドレンジを実現して
いる。別筐体ネットワークは、一切のプリント基板を使用しないという凝った作り方を
しており内部配線にはカルダス製の6N銅線を採用している。大きなコンデンサーを並
列で使用したり、空芯コイルの断面を六角形にして高密度な巻き上げが出来るようにし
たりとか、アヴァロンと類似するノウハウによってネットワークを構成している。そし
て、この日本名システム1リファレンスの発表会を、当時の輸入元である有限会社スキ
ャンテックが新宿のホテルで行ったのである。当時招待状を頂きながらも仕事の都合で
出席出来なかった私は、雑誌の取材が終わり次第でいいから私のフロアーに持ってきて
欲しいと一台148kgもあるスピーカーの輸送をおねだりしてしまったのである。こ
んなわがままをスキャンテックの皆さんは快くきいて下さり、1ペアしか無いサンプル
機にも関わらず私のフロアーへ持ち込んで頂いた。こんな希少なスピーカーをせっかく
手に入れたのだから皆様にも紹介しようと、1992年10月30日に早速試聴会を開
催したのである。前述のように、アヴァロンとティールの良いところを合わせ持ったシ
ステム1リファレンスを、元祖の両社スピーカーと比べてしまおうというわけである。
やはりその年に輸入されたティールのCS5(270万円)と、アヴァロンのアセント
K(310万円)を用意してヘィルズと比較したのだ。この時は、アンプの新製品も重
要な引き立て役であった。ティールには、デンマーク・グリフォンのDM100(18
5万円)と同社のプリアンプでラインステージ(65万円)を組み合わせた。アヴァロ
ンのアセントKには、大場商事が取り扱うジェフローランドのコスンメイト(150万
円)とモデル9(480万円)を組み合わせた。そして、ヘィルズのシステム1リファ
レンスには、正に輸入開始直後であったクレルのフラッグシップ・パワーアンプKAS
(690万円)とプリのKRC(145万円)とを早々と採用したのである。当時から
こんな贅沢な組合せで試聴会を開催していたわけだが、当日来場された方々に行った「
印象に残った音」はというアンケートでこのシステム1リファレンスが一位となるエピ
ソードが残っている。これからの数か月間システム1リファレンスは私のフロアーの同
居人として、幾多のアンプやCDプレーヤーの試聴に際して文字通りリファレンスとし
て活躍してくれ、色々な試聴体験を残してくれたのである。まず印象に残るのは低域で
ある。この92年10月25日にワーナーから発売されたクインシー・ジョーンズ・ス
ーパー・プロジェクトのアルバムで「ヘンデルのメサイア」(WPCP‐4975)を聴いた時の
事である。クラシックの巨匠作曲家であるヘィルズのメサイアをゴスペルソングとして
アレンジしたという大胆な企画のアルバムであるが、冒頭のオーヴァーチュアーで1ト
ラックの30秒くらいの部分に「ゴーンッ!」という凄まじい低音の打撃音が録音され
ているのだ。生半可なバスレフ型スピーカーでは膨らんでしまい、音程も定かにならず
芯がなく膨脹した低音で「ゴーンッ!」が「ボォーンッ!」になってしまう。ある程度
の音量までは良いのだが、私がデモの時に求めるボリュームではティールCS5のマス
ウェイトを貼り付けたウーファーでは「バルッ、バルッ」と振動板が追随出来ず音にな
らなのである。ウーファーの取付け部分の厚みが15cmという強靱なエンクロージャ
ーのシステム1リファレンスは違う。「ゴ・ー・ンッ!」というようなイメージで、「
ゴーンッ!」の立上りからエコーが消えるまでの間を一切ダブつくことなく見事にトレ
ースして鮮明に聴かせるのである。振り切れんばかりのストロークを十一インチ・ウー
ファーが描きつつも、ヘィルズがエンクロージャーに求めた高度な要求が見事な低域の
再現性を見せつけてくれたのである。また、私のフロアーの高度なコンポーネントの数
々で聴いてみたいと、レコーディング関係の人々もよく訪ねて下さる。その関連のお一
人で某レコーディング関係のN氏が特殊な製法によるサンプルCDをお持ちになったの
だが、その中に邦楽の鼓の演奏が大変なダイナミックレンジで収録された曲があった。
鼓の音を文字で表すのは難しいが、やはり「コーンッ!」という感じになるであろうか
。この時に驚いたのはミッドレンジ・ドライバーの振動板の挙動である。一般的な音楽
と音量であれば、中域ユニットの振動板のストロークを肉眼で観察出来るということは
まず無いであろう。しかし、この時は違った。スコーカーの振動板が今にも飛び出して
くるのではないか、パンチングメタルのカバーに接触して破損してしまうのではないか
、と恐怖心を抱かせるほど大きく振動しているのである。ほとんどパルスに近いような
、目の覚めるような大変鋭利な立上りを見せる鼓の音が「コーンッ!」と発せられる。
この瞬間から余韻を引きながら消えていくまでの数秒間で、このチタンダイヤフラムの
ストロークがピークから静止状態まで本当に見事なくらいリニアな動きを見せるのであ
る。そして大切なことは、大変な瞬発力をもって音が立ち上がる一瞬から静寂に帰する
数瞬の音色にまったく濁りが感じられず、大変な透明感を実現していたことである。単
一周波数のパルシブな応答性が、純粋で混濁の無い音波の放射を確保し、ミッドレンジ
以上の再現性にヘィルズの設計思想が活かされていた顕著な事例として鮮やかに記憶に
残っているのである。そして、アンプとのコンビネーションでもシステム1リファレン
スはその比類無き忠実度を聴かせてくれた。大変高価な管球式プリアンプとして知られ
るアメリカMFA社のMCリファレンス(248万円)を組み合わせたときの印象であ
る。高品位パーツを惜しみ無く投入し、管球式でありながら抜群の静粛性を有するMC
リファレンスに対して複数のパワーアンプをつないでシステム1リファレンスを鳴らし
たのである。ドイツ・アクトン製のセラミック振動板の逆ドーム型トゥイーターは充分
なレンジを確保しているのだが、メタルドーム型トゥイーターに見られるような高域共
振が聴きとれず、スムースな高域再生を特徴としている。MCリファレンスのライン入
力に聴きなれたCDシステムを接続し、システム1リファレンスで聴いた弦楽器の秀麗
さはいまだに生々しく思い起こされるのである。強靱なボディーと引き締まった低域、
ハードなミッドレンジユニットが発する抜群のトランジェント特性。こんなシステム1
リファレンスから、予想しえないほど滑らかな弦楽器群とヴォーカルが聴けたのである
。しかし、不思議なもので曖昧さは皆無で楽器の芯というか核というか、実態感を維持
しながら空間に溶け込んでいく余韻が妙味となった弦楽器の音色には静かな興奮を覚え
たものであった。この滑らかな質感と解像度の共存はMCリファレンスの功績なのか、
あるいはシステム1リファレンスの隠された可能性なのか。お互いの絶妙なる感性のお
り合わせが聴覚に美味な贈り物をしてくれ、両者の潜在能力の深さをかいま見た思いで
ある。さて、日本では非常に希少な存在としてシステム1リファレンスの評価が高まっ
ていく中で、本拠地であるアメリカでポール・ヘィルズは波乱の一時代を迎えていたの
である。この当時アマチュアライクなスピーカー作りから卒業して、ビジネスとしてス
ピーカーマニュファクチャラーを志したポール・ヘィルズは生産拠点として700平米
にも及ぶ工場を新設し今後の活動に対しての設備的準備に余念がなかった。しかし、設
立時の二人の仲間のひとりでもありスポンサーの一人でもあった人物と、ヘィルズオー
ディオに関するビジネス上の分配権をめぐって人間関係のいざこざが起こってしまうの
である。93年7月にやむを得ずヘィルズオーディオ社を閉鎖し、大変残念ながら会社
を解散することとなった。ポール・ヘィルズ自身はスピーカー作りを断念することなど
考えてはおらず、個人的にH・D・G(ヘィルズ・デザイン・グループ)として会社を
再編成して開発への意欲を存続させる手段を取ったのである。1994年の事であるが
、カルフォルニア・オーディオラボに資本参加しホームシアターブームの前兆を敏感に
感じ取っていたJ・ボワー氏は、ホームシアターの市場拡大にともなってH・D・Gへ
の資本投下を申し出たのである。しかし、J・ボアー氏はポール・ヘィルズと知り合い
親交を深めるうちに音楽とハイエンドオーディオに対するヘィルズの情熱に胸を打たれ
、翌年の九五年七月にはカルフォルニア・オーディオラボへの投資を辞めてしまうので
ある。そして、ヘィルズは新たなパートナーとしてJ・ボアー氏を受け入れ、同時にボ
アー氏がカルフォルニア・オーディオラボから引き上げた資金を得てカルフォルニアの
南にあるハンティンドンビーチに1,300平米の工場を含む敷地を確保し、彼の情熱
がビジネスの面でも大きな説得力となって見事にヘィルズブランドが再興されたのであ
る。J・ボアー氏の人脈と経営手腕が近年新たな資金源を引き寄せてくるという幸運に
もめぐまれ、現在ヘィルズの経営基盤は近来稀に見る充実と安定を実現している。音質
評価と強力な印象を業界に与えたキーパーソンとしてジェフローランド氏が、強力なビ
ジネス上のキーパーソンとしてのJ・ボアー氏が、それぞれに85年のヘィルズオーデ
ィオ設立から10年間の出来事の中で、重要な登場人物としてヘィルズを盛り上げてい
ったのである。

第三章『ハロー!アヴァティール?』

 1996年4月20日、大場商事株式会社の内田常務がカジュアルな軽装で一人のア
メリカ人を伴って私を訪ねて来られた。そのアメリカ人は恐らく30代前半と思われる
スマートな青年で、差し出された名刺にはヘィルズ・デザイン・グループと記されてい
る。名前はスコット・ブルックス、H・D・Gではセールスマネージャーという肩書な
のだが、よくよく話をして見ると数年前まではカルダス社で働いていたという。なぜH
・D・Gへ移籍したかという疑問を持ち、ひょっとしてジョージ・カルダスと喧嘩でも
したのかと聞いてみると、笑いながら「NO!いまでもジョージとは仲良くやっている
よ。」と答える。ここにも若きポール・ヘィルズを慕って集まってきた青年がいたのだ
。既に新生ヘィルズはアメリカのオーディオ誌ステレオファイルに新製品の広告を掲げ
ており、日本における新しいエージェントの候補となった..大場商事株式会社とのビジ
ネスミーティングのために来日されたようだ。長年販売を手がけているカルダスの縁も
あり、はたまた前述のようにジェフローランドがシステム1リファレンスの登場に力添
えしていたという経緯からも、日本においてヘィルズを大場商事がハンドリングするこ
とにいささかの不自然さも感じなかったのは私だけであろうか。そして、あれから二か
月たった6月12日ヘィルズから届いた新製品をいち早く聴かせて下さるという大場商
事からのご招待に、私は二つ返事で同社の訪問を決心したのであった。青山通りと外苑
西通りの交差点角、プラザ246というテナントビルの六階にオフィスを構える大場商
事には以前から何度か訪れたことがある。倉庫スペースとサービス用の工具などが整然
と並ぶデスクがあり、フローリング仕上げのフロアーの奥に試聴室がある。パーテーシ
ョンで仕切られているだけなのでエアーボリュームとしてはかなり大きな空間であり、
その三分の一ほどのスペースにQRDでスピーカー後方を処理した試聴スペースを設け
ている。今後輸入を開始するヘィルズブランドのスピーカーは、小さなものから「コン
セプト2」(52万円)、「コンセプト3」(86万円)、「コンセプト5」(120
万円)の3モデルを予定している。ざっとアウトラインを紹介すると、コンセプト2は
横幅は254mm、高さは914mm、奥行きが419mm、重量48kgの密閉型エ
ンクロージャーで、後方にわずかに傾斜させたコラムスタイルのデザインである。ユニ
ット構成は8インチ・ケブラーコンポジット・コーン型ウーファーと、1インチ・アル
ミニウム・ドーム型トゥイーターの2ウェイ構成。出力音圧レベルは88デシベル、イ
ンピーダンスは6Ωという概要だ。同様な項目で他の上位2モデルもご紹介すると次の
ような比較になる。コンセプト3は横幅は280mm、高さは1016mm、奥行きが
432mm、重量82kgの密閉型エンクロージャーで、全体のプロポーションは同様
 である。ユニット構成は8インチ・ケブラーコンポジット・コーン型 ウーファーは同
一であり、1インチ・アルミニュウム・ドーム型トゥイーターとの間に2インチ・アル
ミニュウム・ドーム型のミッドレンジを搭載した3ウェイ構成となる。出力音圧レベル
は86デシベル、インピーダンスは7Ωというスペックだ。コンセプト5は横幅は30
5mm、高さは1220mm、奥行きが533mm、重量102kgの密閉型エンクロ
ージャーで、プロポーションは同様だ。ユニット構成は10インチ・ケブラーコンポジ
ット・コーン型ウーファーは同一であり、2インチ・アルミニュウム・ドーム型のミッ
ドレンジ、1インチ・アルミニュウム・ドーム型トゥイーターと、コンセプト3と同様
なミッドハイレンジを搭載した3ウェイ構成である。出力音圧レベルは86デシベル、
インピーダンスは6Ωとなっている。3モデルともグリルネットはスチールの枠組みで
しっかりと張られており、上からスッポリとスライドさせながらはめこむ形である。こ
のグリルデザインに関しては、映画007シリーズで主人公が乗る、いわゆるボンドカ
ーを設計したBMWアメリカのデザイナーが関わっており、左と右の対角コーナーにフ
レームを差し渡し、中央を斜めに横切るラインのアクセントが大変印象的なデザインだ
。これらに共通している設計思想として、コンセプト3と5は3インチ厚のレジンコン
クリート・バッフルの採用(コンセプト2のみMDF製)、2インチもの厚みを持たせ
たMDF製の各部のパネル構成、更にブレーシングを執拗に施した強固なエンクロージ
ャー、入力ターミナル及び  内部配線ケーブルにカルダスを採用、スパイクコーンの純
正化、などアヴァロンとティールのノウハウが目に見えて採用されているのだから悪か
ろう筈がない。アメリカと日本の双方で誰が最初に言ったかは不明だが、ニックネーム
としての「アヴァティール」は的確に実態を捕らえていて笑いを誘う。バッフル効果を
極限まで排除しその剛性を追究していくと、車のエアロダイナミクスに対するデザイン
コンセプトが類似してくるのと同様に、近しいデザインが発生してくるのは当然の事で
ある。コンセプト2と3は外見から観察をして、今回はコンセプト5のみをじっくりと
聴かせて頂くことにした。第一印象として低域の表現がかなりアヴァロンに近いと感じ
られた。大変良くコントロールされた低域は膨らむことなく、量より質、ボリューム感
よりも輪郭表現、とポール・ヘィルズの明確な選択肢を聴き取ることが出来る。この辺
で私の好むセッティングに変化させていく。パッシブラジエーターを搭載することで低
域へのエクステンションを図っているティールとは大変に異なる印象で、使い手の要求
するベクトルの方向次第では量的な不満を感じるのではないかと思ってしまった。しか
し、次に演奏した曲によって、この第一印象はまったくの誤解であったことが明らかに
されてしまうのである。最近よく試聴に使っているクリスチャン・マクブライドのファ
ーストアルバム「ファースト・ベース」(Verve POCJ‐1252)の十曲目、「ナイト・トレ
イン」のベースソロである。「これは古典的な一曲で、ぼくは録音する一五分前にこの
曲を覚えた。そして、出来るだけリラックスして、勇壮で、猥雑で、ファンキーに演奏
することを心掛けた。」とライナーノーツに本人のコメントがある。弾けるばかりの鋭
いピッキングから始まるウッドベースのソロ演奏で、開放弦の沈み込む重量感と叩き付
けるような指使いが、目の前に解像度の高い映像として見せられたような鮮やかさで展
開される。私は数多くのレコーデッドミュージックが再生される場合に、大きく別けて
二つの分類をして理解するようにしている。「縮小と拡大」である。オーケストラを中
心とするクラシック音楽の大半は、コンサートホールや教会といった大きな空間で録音
される場合がほとんどであろう。あるいはポピュラーやロックでもライブ録音なども同
様だが、これらを再生するということはスケールの縮小に他ならない。逆に、ギター、
バイオリン、ピアノ、チェロ、ウッドベース等の弦楽器。あるいは、クラリネット、ト
ランペット、サキソフォン等の管楽器。ドラムやパーカッション等の打楽器。これらの
どれでもソロの演奏を録音し再生すると大多数の場合には拡大されたスケールを感じる
ことが出来る。少し考え方を変えれば、コンサートホールや教会という録音される空間
の大きさは、再生されると縮小の方向へスケールの変化が感じられる。デットに作られ
鮮明な楽器の音を収録するようなスタジオ録音のソロ演奏は、再生する装置と環境、音
量の大小によっては拡大されるというような分類の方法である。ただし、ソロ演奏でも
ホールエコーを上手に取り込んで録音されたクラシック系の選曲と演奏で、録音環境が
大きなエアボリュームであった場合には再生時に縮小されるものもおおいにありえる。
このような分類にこのクリスチャン・マクブライドのベースソロの曲を当てはめて分析
すると、スピーカーによってはスタジオ録音のはずが小規模なホールでの演奏の如き過
大な拡大スケールを聴かせられる場合があるのである。ウッドベースのような低音階の
楽器では、その原因の多くはスピーカーのエンクロージャーが第二の楽器として機能し
、録音対象の楽音に余分な響きを付け加えてしまうことにある。ヘィルズのコンセプト
5には、一切このような兆候は感じられない。コンクリートバッフルという構成は前述
のシステム1リファレンスにおいてミッドハイレンジにヘィルズが採用した手段であり
、ティールにおいてはCS7から採用されてきた手法である。そして、古くは15年ほ
ど前に開発された英国B&Wの801シリーズで、ボックス状エンクロージャーの上に
取り付けられた中高域ユニットの素材がレジンコンクリートを採用していたのである。
この高剛性高質量のコンクリートバッフルがコンセプト5の場合にも絶大な効力を発揮
し、低域の再生能力を示す表現の一項目に「高純度」という解釈を提言しているようで
ある。まずは低域の質感で合格である。さて、次々に試聴が進むうちに再び「アレッ!
」と強い印象を受ける曲が表れてきた。アンネ・ソフィー・オッターのメッゾソプラノ
とラインハルト・ゲーベル指揮によるムジカ・アンティクワ・ケルンの演奏による、ヘ
ンデルの「マリアの涙」マリアンカンタータ&アリア(ARCHIV POCA−10
77)である。大半は1トラックを使用するのだが、コーラスとソプラノが混声となる
12トラックの曲で顕著な特徴が感じられた。このCDではアンティーク・インストゥ
ルメンツというクレジットがあり、使用楽器にオリジナル楽器を使用している。加えて
ハルヒーフ・レーベルの特徴でもある高域のたっぷりとした余韻が、近代的なスピーカ
ーでは旨みのある音場感として周辺に漂ってから消えていくのである。しかし、トゥイ
ーターの使い方が未熟であったり、単純なボックス形状エンクロージャーでディフラク
ションの発生が多いものなどは、肝心なその旨みが嫌味になってしまうのである。高域
にけばだちが見られ強調感が目立ち、そのくせ延びきらないので余韻が感じられない。
水と油のごとく楽音が空間に溶け込んでいかないので潤いが感じられず、ヴォーカルは
乾燥してピーキーな印象を与える。コンセプト5はアルミのメタルドーム型トゥイータ
ーを採用しているのだが、このような音場感に対するミスマッチは一切感じられない。
スムースの一言で解説が済んでしまうほどのみずみずしさで、空間に対する浸透力をも
ってオッターのソプラノが展開され、彼女の背景となるコーラスは充分な解像度をもっ
て歌手の一人一人を描写してくる。前述のような未熟な設計で同系のトゥイーターを使
っているであれば、ソプラノが声を張り上げたときのフォルテで、耳の奥に「チーッ」
とか、「キューンッ」という感じのストレスが感じられるはずなのだが。コンセプト5
では不思議なくらいに爽快な延びやかさがあるのみだ。多分この点は、姉妹機のコンセ
プト2・3も同様であろうと期待される。ティールのようにコンクリートバッフルのデ
ザインにカーブドフォームを取り入れた新世代のヘィルズは、一貫した高域のスムース
さを有して いるとすれば、私の脳裏にひらめいたのはシステム1リファレンスの セラ
ミック・ダイヤフラムのトゥイーターと極めて近似した表情を作ることに成功したとい
うことである。ユニットの使い方として、バッフルデザインの意味するものをヘィルズ
はちゃんと理解しているのだ。ここで確信する。お見事!中高域の質感でも合格である
。さて、ここで誤解のないように、そしてやがて市場に登場してくる商品としてのヘィ
ルズの評価について私なりの見解を述べさせていただく。ヒントは低域も中高域も合格
としたが、これにあえて「質感」ということわりをしておきたいのである。つまり、「
量感」とは別の見方を皆様に提言したいということである。打撃音に近い楽器や演奏法
では、バスレフ型やバックロード型のようにウーファーの振動板の向う側へ(エンクロ
ージャー内部に向けて)前方と同じ分量の音波を放射し、キャビネット内部とバスレフ
ポートの共鳴を伴って一緒に聴くタイプの方が、能率の高さも手伝って演出効果として
面白く聴けるかもしれない。また、オルガンのように次々と切れ目なく低音が放出され
る通奏楽音の場合にも、同様にバスレフ型やバックロード型はキャビネットの内側とポ
ートの特性も低音表現に付加することとなる。もちろん優秀な設計のものは当然論外で
あることは言うまでもないのだが、これらの現象がスピーカーの持つ「量感」としての
個性を構成している場合が多いのである。そこで、アヴァロンとティールの両者に共通
するポイントが見えてくる。双方ともウーファーの振動板の向う側へ放出される音波を
、そのままの状態で折り返し聴かせるという手法を否定していることである。もっと簡
単に言うと、低音の音源は明確に一点とすることによって、ミッドレンジにつながって
いく中低音部までの表現に、実に正確なコントロールを実現しているということである
。高域に関しては平坦なバッフルによる反射、トゥイーターを取り巻くフロントホーン
のようなデザインも同様な高域の量感を招くことになる。このような考え方で「量感」
よりも「質感」を重視した低域から高域への表現に、スピーカー設計の先進性があると
私は考えているのである。この日のために大場商事では数日間のブレークインを施し、
プリアンプはジェフローランドのシナジー、パワーアンプも同じくモデル8Tと、思い
出深いヘィルズとジェフローランドの出会いを再現してくれた。日頃私は秋葉原で仕事
をしており、しかもお相手は紳士(当然男性)ばかりである。久々に青山のメインスト
リートに降り立って見ると洗練された若い女性たちの魅力が大変新鮮に感じられた。自
分では年を取った実感はあまりないのだが、街行く若い女性たちの脚線美に思わず最初
に目が行ってしまう。やはり、もう「オジサン」と呼ばれる歳になってしまったのだろ
うか。当日の思い出として、耳には新生ヘィルズの下から上に延びるスムースな再生音
が記憶に留まり、目には初夏の日差しのもとを闊歩する都会の女性たちのスムースな脚
線美が残っているのである。これら現代の女性たちに共通の関心事として、「ダイエッ
ト」あるいは「エステティック」といった美容関連は大変な注目を集めているらしい。
思えば一世紀前の日本では「しもぶくれ」と称されるふくよかな女性が美人とされてい
たようであり、西洋にも同様な見方があることを聞いたことがある。しかし、スーパー
モデルと呼ばれる女性たちを見ても、九〇年代の美女の定義は大きく変化しているので
はないだろうか。情熱と執念からダイエットに成功し、科学的なエステティックによっ
て プロポーションに磨きをかけたスピーカーがあったとしたら、それは 今日知りあっ
たヘィルズに違いない。ポール・ヘィルズの感性による、現代的でセクシーな魅力を持
つスピーカーの登場を私は歓迎する。                   【完】


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