第二十五話 「ナイス・ガイ!」




  第一章『マーク・グレイジャー唸る。』

 前話でご紹介した通り、5月26日のテクニクスSB−M10000の試聴会は盛況
のうちに幕を閉じ、その後もこの随筆を読んでから単独で聴きに来られる方が後を絶た
ない状況である。この試聴会に夜分遅くまでお付合頂いた松下電器オーディオ事業部の
古田氏は、翌日に成田からロンドンへ向けて飛び立って行かれた。本当に、お忙しい中
をご協力頂き感謝の気持ちで一杯である。古田氏は、ロンドンからバルセロナと仕事を
こなし6月8日に帰国なさった様子で、お手紙とお土産を頂いてしまった。ヨーロッパ
でもM10000は注目を集めている模様で、イタリアのオーディオ誌「スオノ」、ス
ペインの「オーディオレビュ」といった雑誌にも作者の古田氏と共に登場している。世
界的に有名な日本のオーディオ誌で、もっと積極的に紹介されないのが不思議でもあり
残念でならない。というのも、ちょうど古田氏がバルセロナでプロモーションを行って
いた6月6日、マークレビンソンのアンプを生産しているマドリガル社の社長であるマ
ーク・グレイジャー氏が私を訪ねてくれた時の出来事があったからである。

 「せっかく来て下さったんだから、是非お聴かせしたいものがある。」文字通り「ジ
ャパニーズ・サウンドの逆襲」を目論んでいた私は、SB−M10000をマークレビ
ンソンのフルシステムで聴かせたのである最初にかけたのはステレオサウンドのスーパ
ーサウンドコレクションから、ヨゼフ・ヨンゲンのオルガンとオーケストラのための「
協奏交響曲・作品81」第一楽章である。グレイジャー氏は真剣な目付きで黙って聴い
ている。次は、同コレクションの対象的なスタジオ録音から選曲したdmpのフュージ
ョンである。チャック・ローブの「FYI」をかけると、「ボリュームをもう少し下げ
て、もう少し上げて。」と注文をつける。また黙って聴き始めたので気に入らないのか
と思っていたら、やおら私の目の前に立ち上がって、「大変素晴らしい!一体どこのス
ピーカーなんだ。」私は日本のテクニクスだと答えると、今度はスピーカーを舐め回す
ように観察を始めた。
 「このトゥイーターのダイヤフラムは何ですか。」私が答えると、知っていたのか「
OH!スーパー・グラファイト!」と大きくうなずく。「ミッドレンジのダイヤフラム
は?と、たて続けに質問がくる。英語では何というのか判らず、そのまま「マイカ!」
と答える。するとグレイジャー氏は「OH!マイカ(日本語で)アァそう。」と、感心
する事しきりである。私が作ったわけではないのだが、世界中を飛び回っているグレイ
ジャー氏からお褒めの言葉を頂き、同国人の作品を評価されて思わず「ヤッタネ!古田
さん」と嬉しくなってしまった。「海外ハイエンド・オーディオとの共存共栄を実現し
た事例」が、世界的に高い知名度と実績を誇るハイエンドの代名詞的ブランド、あのマ
ークレビンソン・マドリガル社のトップによって認められた事を出来るだけ多くの方々
に知って頂きたいと思う。

  第二章『二人目のマーク』

 松下電器の古田氏は昭和28年のお生まれである。そして、偶然にも同年1952年
ニューヨーク北部のセラキュースで生を受けたのがマーク・グレイジャー氏である。ど
うやらオーディオが産業として確立され、マランツのソウル・B・マランツ、マッキン
トッシュのゴードン・J・ガウ、アコースティック・リサーチのエドガー・マリオン・
ヴィルチャー、これらオーディオ界の老舗ブランドが次々と誕生した1950年代前半
というの後世のオーディオ界で活躍する人材を輩出した夢多き時代であったらしい。1
8歳から4年間でグレイジャー氏は大学で音響心理学を学び、その間ニューヨークのオ
ーディオ店でアルバイトをしていた。その時代に前述ブランドのオーディオ・コンポー
ネントに出会い、ますますオーディオへの関心が深まっていったのである。ちょうど、
グレイジャー氏がアルバイトをしていた1972年、マークレビンソンご当人は名手ジ
ョン・カール氏のデザインによるJC−1を世に送り出し、MLAS(マークレビンソ
ン・オーディオ・システムズ)の設立を果たしている。

 その後グレイジャー氏が大学四年生になる前の夏休み、カナダのトロントにあるデイ
トンライト社でアルバイトをする。ちょうど、古田氏が松下電器に赴き石井伸一郎氏と
出会った頃である。グレイジャー氏は卒業後同社に入社するのだが、後にクレルを設立
するダニエル・ダゴスティーノとここで出会う。その後アメリカに戻りたくなったグレ
イジャー氏は、当時ネルソン・パスが腕を振るっていたスレッショルド社に入社する。
そして、時を同じくして日本ではオーディオに憧れる20歳の一青年(大袈裟で恥ずか
しいのですが、私の事です)が、当時破竹の勢いで店舗を拡大していたオーディオ専門
店であるダイナミックオーディオに入社した。入社後1年で青年のバイタリティーは認
められ、同社秋葉原の最も古く小さい店の店長代理を命ぜられる。その後激戦区秋葉原
で3年の修業を積んだ後、当時の流行の最先端をいくテナントビル「渋谷パルコ」にダ
イナミックオーディオ渋谷店を移設、同社最大の店舗として新規オープンする店長とし
て赴任を命ぜられた。その時、弱冠二四歳であった。そして、1981年12月、アメ
リカではグレイジャー氏がMLASのフィロソフィに感激して同社に入社いよいよ二人
のマークが、MLASの中核として才能を開花させるのである。

 そして再び、日本にいる私も苦労続きの時代に直面していた。今にして思えば、激動
の青春時代を送ってきたものだと思うが、修業不足と経験不足から3年間の渋谷暮らし
をリタイヤして、84年に古巣秋葉原に戻ってくるのである。その頃、海の向こうML
ASでも激動があった。詳細は未だ謎の部分があるが、理想主義者であり完全主義者の
マークレビンソンは経営上の衝突から、自分の名前を残したままでMLASを去ること
になる。85年に発表したML−6BLとML−7Lがレビンソンの最終作品となり、
残されたグレイジャー氏は組織を一新してマドリガル・オーディオ・ラボラトリーズを
任される事となる。そして、この一作で見事新生マークレビンソンの未来が開けたと言
われているヒット作NO・20Lを86年に発表するのである。純A級動作コンプリメ
ンタリープッシュプル回路を搭載したNO・20Lは、その後ポイント5、6と入力段
と電圧増幅段に改良施され、今年になって生産を終了するまで実に多大なセールスを行
っている。さて、マークレビンソンが去ってから10年目になる1995年、昨年発表
のNO・33Lで得た技術開発とノウハウを活かして設計された新製品を引っさげて、
二人目のマークがプロモーションのために来日したわけである。

  第三章『一桁上の出来栄え』

 グレイジャー氏が秋葉原の店を訪問するというのは大変稀であるらしい。ここに来る
前に同業他社を二軒ほど訪ね、時間がたっぷり取れるようにと配慮して頂き最後にお越
し頂いた。固い握手を交わし通訳の方が私を紹介してくれた後、私の手元を見てグレイ
ジャー氏の最初の一言。「私と同じペンを使っていますね。」私はもう8年くらい前か
らドイツ製の「LAMY(ラミー)」のボールペンを愛用しているのだが、目敏く自分
と同じペンを見つけたらしい。ニューヨーク暮らしが長いグレイジャー氏は、まるでア
イビーリーグ出身のようなトラッドなスーツを身に着けているが、話し方はいたって気
さくである。

 「NO・33Lという素晴らしいパフォーマンスのアンプを作り出して下さったこと
に日本のオーディオファイルを代表して尊敬と感謝の気持ちを申し上げたい。」と、私
から一言。海外メーカーのトップを数多く迎えた経験から、こういう会談の出だしには
、こんな社交辞令的な賛辞が付きものであり、相手の心証を良くすることで会話が弾み
思わぬ情を語ってくれるものである。グレイジャー氏は顔をほころばせて「サンキュー
」と二度三度と繰り返す。そして、NO・33Lを実際に見てのユーザーの評判はどう
ですかと言われるので、私は正直に答えた。「皆さんが揃って口にするのは、まず大き
さです。想像していたものよりも実際の大きさを見て驚かれます。しかし、他社比較と
技術的な側面から、なぜ大きくなったかは私がきちんと説明出来ているので、何も心配
の必要はありません。」遠慮なく続けてくれ、と通訳の人が言うのでお言葉に甘える事
にした。「ジェフローランドのモデル9は2シャーシー構造で、ケーブルで電源から本
体に給電している。同様にクレルのKASも2シャーシーで、銅板を使って電源と本体
を連結している。電源供給の方法をどのように考えておられるのか、また2シャーシー
の方が使いやすい大きさに見えてしまうと思うが。」今年3月に来訪されたジェフロー
ランド氏とは対照的にグレイジャー氏は何を尋ねても即答でポンポン答えが返って来る
。

 「我々は2シャーシー構造には、幾らかの情報ロスとディストーション発生の要因が
ると考えています。また、給電方法は徹底してバス・バーを採用しています。」そして
、日本ではお目に係ったことのないNO・33Lの豪華な英文カタログを開いて見せる
。そこにはNO・33Lの内部写真が大きく写っていた。「バス・バーを使用している
のは電源ラインだけではありません。入力端子から各基板へ、又この写真を見てお判り
のようにパワートランジスターへのバイアスとオーディオシグナルの供給、そして出力
段からリアネルの出力端子まで全てにバス・バーを使用しているのです。従って、ほん
の極一部にしかケーブル配線は使っていません。」なるほど、大電流に対応するために
は良いと思うが、正確な波形電送をするために必要なグループディレー特性については
どうお考えか。「バス・バーはアンプ内部の徹底した低インピーダンス化と大電流容量
化が目的で採用しています。特に、60個もあるパワートランジスターには全くの同一
条件で低インピーダンスの電力を供給しないと、かえってグループディレー(群遅延)
特性を悪化させる事になってしまいます。」と言って写真に写っているパワートランジ
スターの後に、ドーンと続く長大な銅板を指で指し示す。なるほど、確かに60個もあ
るトランジスターにいちいち長さの違うケーブルで配線していたらその通りである。「
新製品のNO・330Lシリーズも同様に、電源部から出力端子に至るまで無酸素銅の
極太バス・バーを使用、各基板も磁気干渉から逃れるため垂直にレイアウトし、ワイヤ
ー配線を排除して直結させています。また、コスト・ダウンの制約の中でも妥協してい
ない重要なポイントがあります。波形伝送で最も重要なのは電圧増幅段です。

 NO・33Lは全段バランス設計ですが、NO・330シリーズは入力から電圧増幅
段までをバランス化し、パワー段はアンバランス設計としています。」なるほど、とう
なずいた後に、「私はNO・33Lを使用するにあたっては電源の容量が相当大きくな
いといけない思っていましたが、実際にここで使ってみて十分に一般家庭の電源でも使
えるという安心感を持ちました。確か、スタンバイモードで210Wでアイドリングで
850W、その状態で300WまでのA級動作を保証した出力が得られ、それ以上のパ
ワーは徐々にAB級に移行していく、こんな理解でよろしいですか。」グレイジャー氏
は通訳が終わると、「ワンダフル!そこまでご理解頂いていれば新製品のご紹介はもう
終わったようなものです。NO・331L(75万円)はスタンバイモードで110W
、アイドリングで250W、8Ω負荷で定格出力の100Wを求めた場合で730Wの
消費電力が必要となります。」このパワーでレビンソンのクォリティーを得られるなら
ば、これは大変手頃なアンプである。それでは中間のNO・332L(98万円)は飛
ばして、NO・333L(135万円)はどうでしょうか。「NO・333Lはスタン
バイモードで200W、アイドリングで350W、8Ω負荷で定格出力の300Wを求
めた場合で1850Wの消費電力が必要です。これ以上パワーをお望みであれば(笑い
ながら)NO・33Lを奨めて下さい。」さすがに商売もうまい、と内心思いながら次
の質問をする。

 「ここに置いてあるジェフローランド、サザーランド、ゴールドムンドなどのアンプ
ボディーの剛性が大変高い。御社のプリアンプは軽く、パワーアンプのヒートシンクを
叩けば大変良い(?)響きがする。私の見識ではボディーの剛性と音質に関係があるよ
うに思うが、この点をどう考えていますか。」これも答えは早かった。「我々はアンプ
という工業製品にはバランスが大切だと考えています。ボディーの剛性に目を奪われて
、エレクロニクス部分が劣るものを作るわけにはいきません。まず優先順位としては中
身に最大限の技術開発を行っています。しかし、今回のNO・330シリーズ・パワー
アンプのボディー剛性は大変高くなっています。NO・33Lと同様な構造から、ヒー
トシンクが共振しないのは、既にミスターカワマタもわかっているのではないですか。
」内心を見透かされたようで一瞬戸惑う。確かにNO・33Lのヒートシンクはドライ
バーの握りでコツンとやっても、無愛想にコンで終わってしまい響きを残さないのだ。
前作の同価格帯モデルとして高いパフォーマンスを聴かせたNO・23・5Lの重が4
0kg、同時代のモノラアンプでNO・20・6Lの重量が30kgだったのに対して
、NO・330Lシリーズを下からみるとNO・331Lが50kg、中間のNO・3
32Lが58kg、300W出力のNO・333Lが何と64kgと大変なヘビー級に
なっている。この事実もグレイジャー氏の解説に説得力を与えている。

 それでは内部的な強度についてはどうか。「MLASの時代の話で恐縮だが、各エレ
メントを集結させ強固に固めてしまうモジュール方式を多用したアンプ作りを他社にさ
きがけて行っていたわけだが、なぜ近来は止めてしまったのですか。」やはり、この説
明は長くなった。「大変良い質問です。簡単にいえば設計手段の近代化によって、モジ
ュール方式のメリットよりもデメリットの方が大きくなってきたからです。つまり、コ
ンピューターを駆使したシミュレーションによって、基板や回路の構成、そして各エレ
メントの定数などを特定していく時間的コストが大変節約出来るようになりました。言
い替えれば、従来手作業によって膨大な試作を繰り返していた時代からは考えられない
ほど、ヴォイシグ(試聴評価)にたくさんの時間を使えるようになりました。そのヴォ
イシングでは各エレメント一つ一つに対しての素材と定数設定など、コンピーターでは
どうしてもシミュレート出来ない聴感上の微妙な判定をしなければなりません。この場
合にモジュール方式ではパーツ一つを差し替えるような、デリケートな比較試聴は出来
ません。また、数々のシュレーション結果からモジュールによって密封しパッケージ化
する機械的剛性の向上について、測定技術が高度化すればするほどエレクトロニクス分
野から見たメリットが感じられなくなってきました。むしろ、サービス面でのコストア
ップと不都合が発生したり、中にはパーツと回路構成の劣る面をモジュールによって包
み隠している製品も見受けられます。我々の製品は内部をどれ程観察されても困ること
はありません。逆に自信を持ってオープンにしているくらいです。」なるほど、一理も
二理もある。私もモジュール方式を採用している幾つかのアンプの中は覗いたことがあ
る。重量と強度のあるモジュールは、か細いパーツの足(簡単に言えば細い針金)が基
板のソケットに差し込まれているだけなのだ。モジュール自体にいくら強度を持たせて
も、固定方法が貧弱であれば問題視されて当然だ。世界で最初にモジュール化を行い、
技術進歩に素直に従ってメリットが感じられなれば、さっさとやめてしまう合理性もマ
ドリガル社らしい一面か。さすが、経営者として世界を飛び回っているだけに「ああ言
えば、こう言う」で確かに正論であり議論にスキがない。もうそろそろ、この辺で話題
を変えたほうが良さそうだ。

 「ステレオサウンドのインタビューで、スピーカーはウィルソンのWATT・PUP
PYとティールのCS5を使用しているとあったが。」もう私の興味関心がどこにある
のかわかった様子で、「今はティールは外してしまった。そのかわりウィルソンのX1
(グランドスラム)を2チャンネルのメインにして、WATT・PUPPYをリアーで
サラウンド用として使っている。」ここから先のコメントは私が尋ねたわけではない、
念のため。「ウィルソンの試聴室には、当社のNO・33、NO・30・5、NO・3
1、NO・38Sが入っている。それからイギリスのB&W社は、同社のノーチラスを
鳴らすためにNO・333が2台、NO・332が2台、NO・30・5、NO・31
、NO・38Sを使っている。」ノーチラスと聞いてピンときた私は、「あれは4ウェ
イ・マルチドライブだ。チャンネル・ディバイダーはどうしましたか。」確か、クレル
のダゴスティーノ氏と話した時であったが、B&Wから依頼を受けて我が社で4ウェイ
のチャンネル・ディバイダーを開発したと言っていたのだ。「その件については知りま
せん。B&Wのオリジナルがあるようです。」ウゥム、海外では色んな動きが進んでい
るようである。ちなみにグイジャー氏が型番の最後にLを付けていないのはアメリカ国
内モデルであるからだ。NO・33Lと末尾にLが付くのが日本向け日本仕様であり、
ヨーロッパ向けにはLXという記号が付いている。当然、並行輸入品に対する差別化で
あるのは説明の必要もないと思う。
 それでは、「他のハイエンド・メーカーがマドリガルの製品を採用すること、逆にマ
ドリガル社が他のメーカーのスピーカーを使用すること、それぞれに技術提携や共同開
発のような経営上の連携した申し合わせがあるのか。」と、誰でもが気にする出来事を
発言したグレイジャー氏にズバリきいてみた。すると、答えは簡単である。「NO!我
々が求めるものを使ったというだけの事で、ウィルソンも同様に彼らが求めるものを欲
していただけの事だ。また、将来いつまで使い続けるかも決まっていない。お互いに売
り込んだりすることは絶対になかったし、お互いの製品をお互いに完璧だとも思ってい
ないだろう。事実、ウィルソンのスピーカーには〈独特なもの?〉があるのを承知で使
っている。」そうですか。両社ともにビジネスライクに自社の製品開発という手段にふ
さわしい物として選んだだけであって、この世の中で互いのものが唯一無二のパートナ
ーとして考えているわけではなさそうである。よく日本のユーザーは「有名な誰々が、
どこどこの何を採用した。」と、製品選択の判断材料の一つにする人がいるが、それも
どうかと思われる。とにかく、私がNO・33Lを毎日聴きながら感じ取っているパフ
ォーマンスが、パワーの大きさを除いて今回の新製品で継承されているのなら大変素晴
らしいことだ。残念ながら現時点でサンプル機は一台しかないので、まだ実物を聴く機
会に恵まれていないのが残念であり、NO・330Lシリーズに寄せる期待が膨らむ一
方である。10年前のNO・20Lに勝るとも劣らない革新性を持っているということ
で、型番には一桁上のナンバリングを行いながら、価格的にはNO・33Lの15%か
ら28%という驚異的なコストパフォーマンスを備えているのだろうか。そんな、自信
が生真面目に語るグレイジャー氏の言葉の端々に窺い知れるのだ。本当に乞うご期待で
ある。

 さて、今回の新製品の目玉は大変求めやすくなったCDシステムである。トランスポ
ートのNO・37L、DAコンバーターのNO・36L共に65万円というのだから、
戦略的価格設定ともいえる。しかし、内容は凝りに凝ったものだ。まず、NO・37L
はわずか3.2ミリ薄型トレーの外見からもわかるように、フィリップス社の最新型ス
トレート・トラッキングCD−ROM用メカであるCDM−12/2を採用している。
これを独自のISO−LOSS振動吸収材を採用して完璧なダンピングを施している。
しかも、トレーの開閉速度を途中から可変するプログラムでコントロールされており、
操作感も大変スムースでソフトだ。特筆すべきは、ピックアップしたデジタル信号をF
・I・F・O(ファースト・インーファースト・アウト)バッファーと称されるハイスピー
ド・コンピューター・メモリーに蓄積させている点だ。これに誤差5ppm以下という
カスタムメードの高精度クリスタルオシレーターを組み合わせることによって、出力段
までも正確な時間軸管理を行うクローズドループ・ジッターリダクション・システムを
搭載している。また、これに付属するリモコンを使用すれば、同社のプリアンプやDA
コンバーターとコミュニケーションケーブルで接続して、それらを総合的に操作する事
も出来る。そして、DAコンバーターのNO・36Lだが、こちらにも前述のF・I・F
・Oバッファーが搭載されており、双方とも他社製品との組み合わせでも十分に能力を
発揮するという周到な設計となっている。HDCDデコーダーを内蔵する24ビット8
倍オーバーサンプリング・デジタルフィルターを搭載し、デュアル・ディファレンシャ
ル20ビットDACを搭載している。また、±200ppmの高精度を誇るオリジナル
V・C・X・O(ボルテージ・コントロールド・クリスタル・オシレーター)のコントロ
ール手段として、12ビット相当のマルチビットDAコンバーターを組み合わせて使用
し、5ppmという驚異的なクロック精度を実現している。更に、F・I・F・Oバッフ
ァーとの連携によってジッター精度は5ps、最悪の場合でも20psの精度を確保し
ている。周到にも他社のトランスポートとの組み合わせに対しても、安定かつ高精度な
動作が考慮されている。NO・36LとNO・37Lのデジタル入出力共に、AES/
EBUのXLR端子、SPDIF規格のRCAとBNC端子、EIAJ(TOSリンク
)ATT(STリンク)の両光伝送と総ての方式に対応している。ただし、マドリガル
社のヴォイシングにおいては、上級機NO・31LとNO・30・5L同様にAES/
EBUのXLR接続で音質決定がなされている。最後に、プリアンプNO・38LやN
O・30・5Lのアナログ出力段で培われたフルバランス伝送によって、最大限のコモ
ンモードリジェクションを発揮し、ローレベル・リニアリティーを更に向上させている
ことも大きく評価されるものだ。

  第四章『スーパー・ハイエンド思想』

 マーク・グレイジャー氏の多忙な滞在スケジュールの中で2時間も時間を割いて頂き
、本当に意義深い会談が出来た。私もビジネスの上で海外メーカーのトップと直に話が
出来るということは、感覚的に大変有意義な体験となる。すなわち、製作者のフィロソ
フィに触れることが出来、人間関係の上での信頼感が大きく高まるのである。これは、
ハイエンドオーディオ・セールスの最前線で、多くのユーザーと信頼関係を築いていこ
うとする事と全く一緒である。大変簡単に結論を述べれば、私がここで会談を持つこと
が出来たブランドは販売実績が伸びている傾向があるということだ。日本のオーディオ
ファイル諸兄代表として、そのメーカーの製品が信頼出来るかどうか、オーディオと音
楽に対する感性は尊敬に値するものかどうか、商品選定の基準として注意深く観察と分
析を行い、大変僭越ながら製作者の人格を皆様に変わって吟味しているものとご理解頂
きたい。

 さて、梅雨空もすっかり暗くなってしまった頃、「私たちの物作りに対して、何か望
んでいることはありませんか。」と、グレイジャー氏が声をかけてくれた。待ってまし
た、とばかり今回の会談で一番聞きたかった事を切り出した。「最初に申し上げたとお
り、NO・33Lのパフォーマンスには大変素晴らしいものを認めています。しかし、
このレベルで組み合わせするプリアンプとして現在のNO・38Lには満足していませ
ミスター・カワマタにお伺いしたい。スーパーハイエンドのプリとして、ワン・インプッ
ト−ワン・アウトプットのプリアンプを作ったら売れるだろうか?」同行されてきたハ
ーマンインターナショナルの担当者がじっと私を見て、「そんな売りにくいものを作ら
れたんじゃ、苦労が増えるばかりだから反対してくれ!」とでも受け取れるような視線
を感じる。ここで遠慮していたのでは後悔するとも思い、「大変良いことだと思います
。機能を省略することによって今まで得られなかったものが実現できるのであれば、そ
して音質的にそれが認められるものであれば、喜んで販売のお力になることを約束しま
す。しかし、外付けのパッシブ・インプットセレクターはオプションとして製作して下
さい。」それを聞いたグレイジャー氏は、ただ何度も深くうなずいて、「サンキュー!
」と一言。このプリアンプが、いつごろ商品化されるかは全く予想が付かない。また、
グレイジャー氏ご本人も、いつまでに発表しようと期限付きでの開発を行うつもりもな
いであろう。ただ、昨年の今頃NO・38Lの世界的な大ヒットにより、「新世代のプ
リアンプとして世界中でこれほど求められているのであれば、これからの製品作りはこ
の方向でいこう。」と、一方的にNO・26Lシリーズを生産終了としてしまった同社
の合理性は、再びこのグレイジャー氏の一言によって新たな局面を迎える時が来るのか
も知れない。ても即答が多かったのに、不思議とこの質問に対しては慎重である。「そ
れでは、逆にミスター・カワマタにお伺いしたい。スーパーハイエンドのプリとして、
ワン・インプット−ワン・アウトプットのプリアンプを作ったら売れるだろうか?」同行
されてきたハーマンインターナショナルの担当者がじっと私を見て、「そんな売りにく
いものを作られたんじゃ、苦労が増えるばかりだから反対してくれ!」とでも受け取れ
るような視線を感じる。ここで遠慮していたのでは後悔するとも思い、「大変良いこと
だと思います。機能を省略することによって今まで得られなかったものが実現できるの
であれば、そして音質的にそれが認められるものであれば、喜んで販売のお力になるこ
とを約束します。しかし、外付けのパッシブ・インプットセレクターはオプションとし
て製作して下さい。」それを聞いたグレイジャー氏は、ただ何度も深くうなずいて、「
サンキュー!」と一言。このプリアンプが、いつごろ商品化されるかは全く予想が付か
ない。また、グレイジャー氏ご本人も、いつまでに発表しようと期限付きでの開発を行
うつもりもないであろう。ただ、昨年の今頃NO・38Lの世界的な大ヒットにより、
「新世代のプリアンプとして世界中でこれほど求められているのであれば、これからの
製品作りはこの方向でいこう。」と、一方的にNO・26Lシリーズを生産終了として
しまった同社の合理性は、再びこのグレイジャー氏の一言によって新たな局面を迎える
時が来るのかも知れない。

 松下電器産業の古田氏は、「オーディオ事業部が世界的に二千億円近い業績を上げて
いるがゆえに、今回のSB−M10000のような採算を追求しないですむ理想の物作
りをさせてもらうことができた。」と言っておられたが、マドリガル社のNO・33L
はまさにこの事例と一致する同社の業績という背景があったに違いない。ということは
、今回のNO・330LシリーズとNO・36L、37L をはじめとする一連の新製
品が世界各地のビジネスで成功を納めるか どうか。この辺がスーパーハイエンド・プ
リアンプの開発促進に関与して来るものと考えられる。この第23話・第五章で述べた
ように、私はジェフローランドのコヒレンスを歴代3番目のトップ・オブ・ザ・プリアン
プとして認めている。正直な話NO・33Lにはコヒレンスを接続して毎日楽しんでい
るのだ。私が生きているうちに、どれ程オーディオが進化するものか。あくなき好奇心
に苛まれている私としては、現在の職業を通してグレイジャー氏とマドリガル社の感性
が作り出す未来に、微力ながら貢献したい。こんなふうに思うのは若輩者の気負いだと
笑われてしまうだろうか。それとも、オーディオの未来に夢を追いかけたいと願うロマ
ンチストとして認めて頂けるであろうか。後日談になるが、会談が終わりお分かれした
後、グレイジャー氏は帰り際のエレベーターの中でたった一言、「ナイス・ガイ!」と
私の事を評したという。どうやら私と同様に、グレイジャー氏も自社製品を販売する立
場にある人物を観察評価しておられた様子だ。果たして及第点を頂けたかどうか?
                                    【完】


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