第七話 「音の天気予報 その2 〈音のエコロジー〉」





 前話では音波の本質を天気図の高低気圧になぞらえてご理解頂き、音速と波長や音波
の回折と反射について簡単に解説した。その続きとして、実際の室内音響でこれらをど
う生かすかを考えてみた。ここで、音波の反射における大原則をたった一つだけ覚えて
頂きたい。光と同様に音波の反射における、入射角と反射角は等しいということである
。もっと単に例えれば、音を反射するものは鏡と同じ性質を持っているということであ
る。それでは、この原則を頭に入れた上で何が出来るかということだが、その前に一番
肝心な音源であるスピーカーの設置場所を決めなければ話が前に進まない。一般的な(
音響設計を特にしていない)部屋では、その寸法によってあるポイントの周波数の音圧
にピークとディップを発生してしまい、部屋のコーナーに置くだけで200Hz前後の
音圧が6デシベルも上がってしまう。そこで、全くお金を使わずにこの影響から少しで
も回避する、簡単なスピーカーの設置場所の決め方を説明する。「奇数分割設定法」と
言われるもので、アメリのあるスピーカーメーカーが発表した論文による大変簡単な理
論である。先ず、皆様のリスニングルームの縦横の二つの寸法を測って頂きたい。ここ
で標準的な六畳程度の部屋の例を図1に示した。




 この二つの寸法を奇数で割ってみるのだ。つまり、横幅の2.7を3・5・7で割算
すると、0.9m、〇・0.45m、0.39mというパラメータ〔P1〕が得られる
。同様に奥行きが3.6mであればパラメータ〔P2〕として1.2m、0.72m、
0.51mが求められる。この距離のパラメータの一端はスピーカー側面と後面の壁で
、もう一端はスピーカーの音響的中心点となる。さて、この音響的中心点とは何所かと
いうと、上から見た場合の振動板の中心点と考えて頂きたい。プレーナー型の場合は振
動するフィルムを正面と真上から見た中心点ということで良いと思う。2ウェイ以上の
ユニットで構成された箱型エンクロージャーを持つブックシェルフ、又はフロアー型ス
ピーカーのエンクロージャーの場合は近似値としてユニットが取り付けられているバッ
フル板と天板が接している角の中心で良いと思う。もちろん、厳密に各ユニットの振動
板位置を見極め、複数の場合は平均値を出して頂いても良いと思う。さて、この様に巻
尺で測る対象点がわかったところで〔P1〕と〔P2〕の二つのパラメータを都合にあ
わせて組み合わせ、位置を決定していくのである。その部屋には家具等が何もないこと
が前提だが、既にある場合は位置が決定してから対応策を考える事にする。パラメータ
を使っての位置決めは壁からの距離を根拠としているため、ラックや家具があっても無
視して距離を測って頂きたい。また、複数のソフトで聴くという実験をしながら決めて
いく事をお勧めしたい。そして、スピーカーから側面の壁までの距離と後面までの間隔
の距離の差は6インチ(約15cm)以上を必要とする。こうしたスピーカーの位置決
めだけで数時間を要するだろうが、今まで確固たる根拠がなく、漠然とこの辺が良かろ
うと思って聴いておられた方は是非お試し頂きたいと思う。

 さて、これでようやく本題の反射波の話に進んで行けるわけだが、初期反射音がどの
様な災いをしているのかを皆様で自己診断して頂きたい。「ピアノ演奏の特定の部分で
濁ったような、あるいは瞬間的に光輝くようなきらめきが感じられる。」「弦楽器では
潤いがなく、ギラついた音で耳ざわりだ。」「ヴォーカルは太めで、本来の口の大きさ
がわからず口とエコーの分離が感じられない。」等々の不満があるようでしたら、この
続きを読む価値があると思われる。先ず、初期(一次)反射音の出所を探してみること
にする。簡単に吊るせる程度の鏡を一枚ご用意頂きたい。リスニングポイントを決めて
座り、両側の壁、床と天井、忘れてならないのが振り向いた時の頭の後の壁面。つまり
、リスニングポイントでスピーカーが鏡に映る所がそれである。図1の(1)から(7
)までが基本的な初期反射音の発生個所だ。もっと厳密に言えば、つい見落としがちな
(8)もそのポイントである。スピーカーの正面は映らなくても、結構広い範囲の周波
数はスピーカーの背後にも周り込んで行くのだ。次に、現状の一次反射がどの様な影響
を及ぼしているのかを具体的に実験していく。まず、(6)(7)の床は座布団でも置
いて頂ければ良いと思う。(4)(5)の天井は重いものは難しいのでタオルケットの
ような物を画鋲やガムテープで取り付けてみると良いと思う。次に(1)(2)(3)
にはウールの毛布などをガムテープを使って壁に吊るしてみるのだ。もし、余裕があれ
ば(8)も同様である。毛布の数が足りない場合には、(1)は座布団、(8)には生
地の厚いカーテンなどを拝借してくるのも良いと思う。さあ、これで処理をする前と同
じ曲を同じ音量で聴いて頂きたい。きっと変化があったはずです。

 そして、次の段階。この様に比較的高い周波数を吸音してしまう素材を用いているの
で、聴きやすくなった代りに高域が物足りなくなってくるはずである。そこで、夏場に
なると車のフロントガラスの内側にはさみ込んで使う、厚紙で出来た屏風状に拡がる日
除けが売られている。百円単位で安いものだから2枚か4枚買ってきて、(1)(2)
(3)のそれぞれに画鋲で取り付け頂きたい。鏡を吊るしてスピーカーが映る所だから
、そんなに広い面積は必要ないだろうと思う。適当に広げて反射音の変化を聴きながら
実験して頂きたい。効果は高い周波数に限られるのだが、これで簡易型の音響拡散板の
実験が出来る。これらの実験によって、おそらくは500Hzから600Hz以上の帯
域での一次反射波の影響が推測出来るようになる。しかし、木造や鉄筋構造を問わず、
最近のフローリングの床に代表されるような洋風建築では、50Hzから300Hzく
らいの低域は6デシベル以上盛り上がっていることが多く、低域だけは何らかの方法で
吸音する必要がある。この様な場合は厚い布団をひもでロール状に巻いて、部屋のコー
ナーに立てかけてみると変化が表れて来る。こうして、なるべくお金をかけない一連の
実験によって、音場の補正を本格的にやるべきかどうかが判断出来れば初期の目標は達
成されたことになる。どんなに高価で優秀な装置であっても、音響的な環境が汚染され
ていては心から音楽を楽しむ事は出来ない。これからは、オーディオと音楽もエコロジ
ーの時代ではないだろうか。
                                    【完】

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