第四話 「究極の音を体験し、理想の到達点を知ることの価値を問う 」




 皇太子殿下の〈結婚の儀〉を目前にして、物々しい警戒が続く平成5年6月のある日
事。取引先のある輸入商社のお招きにより、その試聴室を訪問した。そこで、あるスピ
ーカーを聴かされ、その純粋な生々しさに強烈な衝撃を受けたのである。価格は150
0万円、5つのユニットで構成された片チャンネル一台の重量は325kg、高さは私
より大きい185cm、アンプのようにスイッチがあるもので機能美を感じることはあ
るが、スピーカーでそれを感じさせる物に出会ったのは初めてのことだった。ここでは
、その商品名を挙げることで誉め称えることが目的ではないので、ご存じの方も多いと
思い当時は商品名を伏せることにした。それでは、何故この様な紹介の仕方をするのか
。それは、これを読まれる皆様への問いかけであり、ご意見を頂戴したいというのが目
的であるからだ。この職業を十数年間続けてきた人間の感覚を持ってしても、電気と機
械仕掛けから、この様な音楽〈再生音ではなく〉が聴こえてこようとは思ってもいなか
った。鮮やかな視覚的イメージが広がり、私の思考回路が猛烈な速度で回転を始めたの
である。「こんなに素晴らしいものがあるんだったら、もっと多くの人々に知らせなけ
れば!」そして、「売れる売れないは関係ない、むしろ、一生の目標として記憶するに
ふさわしい音質、究極ともいえる理想の到達点の音を提示する事が出来るこのスピーカ
ーを、より多くの人々に知らせる事はハイエンドショップの使命ではなかろうか。」

 「これを買える財力と住居を持つ人は、目的を持ってここに来れば聴くことが出来る
しかし、気軽にこのスピーカーを聴く機会に恵まれて、こんなにもオーディオと音楽は
素晴らしいものだったのか、という喜びが広まってくれる事の影響はどうだろうか。」
大胆にもこのスピーカーを自分のフロアーに持ち込んでしまおう、という企みを思いつ
いたのである。一端考え始めると居ても立ってもいられないのが私の悪いところ。しか
し、問題も山積している。あまりの巨体であり輸送経費の問題、サウンドステージ(音
場感)を大切にする設計のために他のスピーカーを至近距離から排除する条件、そのた
めに他のスピーカーを聴きに来た方への配慮など、実現に向けての問題は多い。より売
りやすい価格のスピーカーを一定期間は外してしまうのだから、営業としては頭の痛い
ところだ。「悩んでいても仕方がない。よし! ここはお客様の声を聞いて みるのが
一番だ」という訳で、次回の試聴会の参加申込みの葉書に、この件についてのアンケー
ト項目を追加したのである。実行するのであれば、平成五年の九月から一〇月の間が良
さそうだ。その理由の一つとして、輸入オーディオショーや池袋でのオーディオフェア
などで全国から人が集まり、また、一般の皆様にとっても同じ開催時期の方が交通費の
節約にもなろうかと思ったからである。これからは売るだけの専門店でよいのか、目標
と夢を与える試みは経費のむだ遣いか、売上げには直結しない試みをする店が日本に一
つくらいあっても良いではないか。そして、こんな私の職業と営業方針に対する素朴な
疑問に対して、実に多くの反響が寄せられたのである。多くの皆様のご意見が輸入商社
の存在価値を高め、ハイエンドショップとして情報提供能力のレベルを高め、音を追究
していく姿勢と活動を促す事になったのである。そして、遂に平成五年九月二七日、ゴ
ールドムンドのアポローグが当フロアーに登場し、合わせて同社社長ミッシェル・レバ
ション氏が来訪されるという豪華なイベントが開催されたのである。
                                    【完】

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