第一話 「音の畑」




 会席料理の膳に盛られる器のこだわり、障子の間から眺める静かな庭園の趣き。ある
いは、輝くシルバーが影を落す純白のテーブル・クロス、その上には繊細な色合いを縁
取る皿がシェフの自慢の一品を待ち、傍らのソムリエは微笑みながらゲストの表情を気
にしている。世界中の食文化がこの東京で味わえるようになってから数十年、この様な
場面での環境と雰囲気のこだわりを客は求め歓迎している。

 音と音楽は味わうものである。高価なオーディオ製品を扱う店が、その店頭での音質
をどう考えているか。音を食する立場であれば、このこだわりを店に求めるのが当然で
あると思われる。日本の顧客はある一室にしつらえた最上のシステムで、感動に値する
再生音を聴かされても納得はしない。大半の顧客は比較することによって満足を得て購
入する。必然的に複数のシステムを同時に展示して、比較することが店に要求される。
特に、複数のスピーカーの配列については、この時点で再生音の妥協を強いられる。し
かし、それを承知した上で音質改善を実行しなければ商品の説得力が半減してしまう。
私は最近アメリカ製のQRDシステムの導入によって、この難関に解決策を発見した。
簡単に表現すれば、置くだけで効果を発揮する音響的な拡散と吸音板である。

 よく目で味わう楽しみが、食文化にはあると言われるが、この場合は目を閉じて味わ
って頂きたい。特にアブフューザーと呼ばれる、拡散と吸音の両方に効果を持つ製品を
是非ご記憶いただきたい。大きさは、120cm×120cm、60cm×120cm、60cm
×60cm、厚さは全て10cm。今思えば、計画的にその効果を見込んで実行したのでは
なく、一枚また一枚と追加する毎にその効果を驚きながら確認し、結局当フロアーでは
10枚のQRDシステを設置することによって格段の音質向上が実現できた。スピーカ
ーと対峙したときユニットから発せられる直接音と、その周辺から発せられる一次反射
波の合成された音を聴いているという現実をイメージして頂きたい。この一次反射波が
多くの場合80Hzから250Hzの低域を不必要に膨らませ、7KHzから12KHzの音色に
濁りをもたらしている。そして、それが実感できる最良の方法がこのQRDシステムで
あった。自室の大きさから判断して適当な大きさの物を二枚、スピーカーの背後に置い
てみることをお勧めしたい。微妙な味つけを求めてスピーカーやアンプを吟味しようと
する行為は、本当に純粋な“水”を得ることによって、初めてその根拠を揺るぎないも
のにしてくれるはずである。

 思えば、畑に植えた作物に肥料を与え水をやり、成長の過程を見守る老練な農夫の発
想に対して、土壌を変革し有機的農法を推進する近代農法のあり方に似てはいまいか。
芸術の実を豊かに実らせるべく、皆様のご自宅の「音の畑」に何を植えてどう育てるか
。私が手がけた畑を眺めながら静かな畦道で立ち話が弾むような、そんな店でありたい
と思うこの頃である。


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