《HAL's Monitor Report》


No.0043 - 2000/12/12

柏市在住  阿部 仁 様

モニター対象製品:JEFF ROWLAND DG Model 10 / AYRE V-1X

現在の使用機器

 スピーカー     THIEL CS2.3BEM
 プリメインアンプ  KRELL KAV-300i
 CDプレーヤー    WADIA 830
 スピーカーケーブル WIREWORLD ECLIPSE 3
 電源ケーブル    WIREWORLD ELECTRA 3 Reference Power Cord x 3

理想の明確化

 ハイエンドオーディオの世界に片足を突っ込んだというよりも、熱い風呂の湯を確かめるように、恐る恐る指を入れてみたのが二年前のこと。アクセサリの追加やセッティングの調整、スピーカーのエージングが進んだお陰で、ここ一年は現状の音にほぼ満足している。けれども、システムの調整がある程度落ち着いてしまったときに、ふと、それまでしてきた調整の方向性を反芻してみると、自分が聴いていて快感と思う音と、逆に気持ち悪く感じてしまう音の差が、ここに来て初めて判ったような気がしたのも事実である。

 自分のモノにしたいという音は、広大で深遠な音場感と、その音場の上にピンポイントに定位する立体的な音像の二点。像が目前に飛び出して手を伸ばせば触れそう、という音像感はあまり好みではなく、それよりも手を伸ばしても届かない次元にありながら、目にはありありと映るような像。何となく判りにくい言葉になっているが、とにかくそのような音像感が欲しくなっていた。

 けれども、ここ一年間でこのために貯めた予算でプリとパワーの両方を揃えると、目標の割には中途半端なアンプしか買えない。ここは思い切ってパワーアンプだけを導入しCDプレーヤーのデジタルボリュームで音量調整を行うことにより当面を過ごそうと決意した。

 川又様に「JEFFのModel 10とAYREのV-1Xを貸して下さい」とメールでお願いしたのが11/22で、二台が到着したのが11/27。驚くべき早さで、しかも拍子抜けするほど簡単に、念願の自宅比較試聴が叶った。機器が到着するまでに私が川又様に送信したメールは三通である。

 金曜の夜、それまで暖めてきた二台に対峙した。

試聴CD 1枚目:鈴木重子/Just Beside You

 仕事で深夜に帰宅してこれを聴くと短時間でもよく眠れる。激務に追われている方にはお勧め。

AYRE V-1X

 響きや余韻がかなり豊かで、それが深遠な音場感を形作っている。奥行きが深いといっても像が奥に引きこもるような表現ではなく、像の後ろに広大な空間を見ることができるという方が適切かもしれない。声の消え際が奥深くにスーッと綺麗に吸い込まれていき、自分もそのまま吸い込まれたくなるような雰囲気。そのような音場感の割に音の輪郭はしっかり描くので、楽器の前後の位置関係が方眼紙の上にスクッと立っているかのごとくハッキリし、それが立体感につながっている。

 少し低めの温度感とボーカルが多少乾き気味に聴こえるのは共通の音の要素が生む感触か。

JEFF Model 10

 V-1Xが音場のプレゼンスを意識させたのに対し、Model 10は初めから終わりまで一貫して優しさ、滑らかさ、艶やかさといった音の要素がイメージされる。V-1Xの温度感を中心よりやや下とするならば、Model 10は中心か若干上気味。前後の定位感や奥行き感という点ではV-1Xに歩がある。V-1Xは驚異的な深淵を聴かせ、その中に吸い込まれそうになる快感がある一方で、Model 10の奥行き感はごく自然であり、肩の力が抜けた優しい質感で聴き手を音楽に浸らせる。癒し系のModel 10。

試聴CD 2枚目:Jacintha/Autumn Leaves

 Jacinthaはこの一作品前である「Here's to Ben」の方が有名だが、演奏の緊張感という点ではこちらの方が上だし、何よりも好きな曲が多いので。

JEFF Model 10

 やはりボーカルは肩の力が抜けており艶やかである。ギターのエッジを立てないのも鈴木重子の場合と共通。声の消え際は奥に抜けていくのではなく歌手の周囲を包み込むように広がる。10曲目のMoon Riverはかなり強いタッチのピアノが録音されているが、エッジを意識的に立てないため聴きやすい。ボーカルは唾を飲み込むリアルさが印象的だが、オーディオ的快感を意識させるようなリアリティではなく、あくまでも音楽に寄り添う範囲でのリアリティを保つ。また全体的に非常に静寂である。

AYRE V-1X

 V-1Xで聴くJacinthaは丁寧に言葉を切実に重ねていく真面目さが窺える。ギターのエッジは程良い具合に立つ。Model 10では余韻が歌手の周囲を包み込むが、V-1Xでは余韻が奥に抜けていくからか、音の像がModel 10よりも小さく感じる。また、V-1Xでも全体的に静寂に満ちた演奏だが、同じ静寂さでもV-1Xには緊張感が生む静けさを感じ、Model 10は優しさに満ちた静けさを聴かせる。静けさの表現にも色々あることが判る。

試聴CD 3枚目:Sylvain Luc & Bireli Lagrene/DUET

 有名でしかも軽めの曲が多く、ある意味マニア受けしなそうな構成だが、私はこのCDを聴いて初めてギターのデュオって「ありだな」と思えた。

AYRE V-1X

 二つのギターがお互いの展開を予測しながら自分のアタックを決めていく様が非常に爽快。ギターの音が立ち、躍動感や生々しさに溢れる。KRELL KAV-300iで聴く生々しさの表現もとても好きだが、V-1XはKAV-300iとは別の手法で生々しさを表現しているような気がする。荒れるところはちゃんと荒れ、静寂なところはあくまでも静か。表現のダイナミックレンジが広いとはこのような音のことをいうのか。

JEFF Model 10

 音像は緩慢ではない。あくまでもV-1Xと比較した上で若干温度感が高いところや音像が太い部分があるのだが、音像自体は緩慢とは言えずソリッドな方だと思う。音像の密度はV-1XよりもModel 10の方が上だ。また、音の輪郭を意識的には立てないが、音像の密度で生々しさを聴かせる感じがする。生々しさの表現方法も一様ではない。

試聴CD 4枚目:木住野佳子/Tenderness

 木住野佳子はライブよりもCDの方が好きだ。その中でもこれが一番のお気に入り。関係ないけど、寺井尚子は絶対にライブの方がいい。

AYRE V-1X

 ハイハットやシンバルが眩しい。ドラムセットの響きがスタジオの広さを明確に決定付ける。ピアノは等身大で心地良い響きを聴かせる。

Model 10

 想定した通りピアノの質感は一流である。ここまで綺麗なピアノはなかなか聴けない。3曲目のエレピも露のような滑らかさがある。ストレートな感じと滑らかな感じのバランスがとてもいい。V-1Xを聴かなければこれでも十分ストレートと言い切れる。シンバルが空間の広さを決めるのは同じだが、その印象はV-1X程強くはない。V-1Xのシンバルはフラッシュをたくような勢いで音場感をスパーンと提示するのである。

試聴CD 5枚目:Keith Jarrett Trio/The Cure

 キースジャレットの中ではマイナーな方だが、私は隠れた逸品だと思っている。ニューヨークタウンホールでの録音。

AYRE V-1X

 シンバルが一発鳴るとトンネルから抜けた様に視界が広がり、一気にホールが拡大される。また、暗いホールの奥にピアノの響きがスーッと溶け込んでいく。その空間感が非常に爽快である。ベースの絞まり具合もいい。

 4曲目の中盤、ベースソロが終わると同時にシンバルが入りフィルインしていくシーンがある。そのシンバルに連なる形で拍手喝采となり、キースのピアノが再び歌い始めるこのシーンが昔から好きで、ここで泣けるか泣けないかが私の踏み絵の一つとなるのだが、V-1Xの奏でるこのシーンは泣ける。会場に居合わせたら間違いなく号泣している。

JEFF Model 10

 V-1Xとは異なり、シンバルがホールの広さを印象付けるという感じがあまりない。またシンバルの位置がV-1Xより若干下がるような気がしたので、より集中して聴いてみると、どうもV-1Xよりもステージが小さいのだ。本当に僅かの差ではあるが、Model 10はステージを遠くから俯瞰しているような自然なイメージである。極端に言えば、V-1Xではステージに顎を乗せて聴いているような感じがする。ここでもModel 10はピアノに艶を乗せるが、ベースにもう少し芯が欲しい。

試聴CD 6枚目:Dyana Krall/When I look in your eyes

 2000年グラミー賞の年間最優秀アルバム賞受賞作。しっとり感がいい。

JEFF Model 10

 比較試聴とはいえ、Model 10とV-1Xを厳密に同じ順番で一枚ずつ交換しながら聴くのは少々面倒なので、一枚目はV-1X→Model 10、二枚目はModel 10→V-1Xという順番としていた。そうすると、どうしてもModel 10からかける曲はModel 10寄りの、V-1Xでかける曲はV-1X寄りのCDを選んでいる様な気がする。無意識にではあるが確実に選り好みをしている。それは既にこの段階で自分がある程度それぞれの素性を把握してきたと言えるのだろうか。

 と考えながら聴くModel 10のダイアナクラールはやはり艶がいい。Model 10に関するメモで「艶」という字を何回使ったかを最後に集計してみたくなる程。ボーカル、ピアノ、全てに艶が乗る。Model 10で聴くベースはもう少し芯があればと思うときがあるが、ここのベースは弾んでいて気持ちいい。私の嗜好とModel 10とが、かなり微妙なバランスの上で勝負している。

AYRE V-1X

 ボーカルの説得力はModel 10に一歩譲るものの、音像自体はV-1Xの方が絞まっている。よく「ボーカルの口は小さい方がいい」と言われるが、バケツほど大きい口でなく、子供の拳骨と大人の拳骨を比較するほどの定位感勝負となると、ボーカルの魅力は別の視点で捉えざるを得なくなる。その点、Model 10は中域の厚みや程良い暖かみや、信条である艶で聴き手を説得する。V-1Xは音の消え際の怖いほどのリアルさが手持ちのカードとなる。

 その他合計30枚以上のCDを聴きまくったが、得られたイメージはそれぞれ一貫していた。

 音以外の面でも比較してみる。

電源

V-1Xの電源は本当に敏感だ。明け方には部屋も体も冷え切っていたので、電気ストーブのスイッチを入れたところ、アンプが12秒感覚で「ゴーン、ゴーン」と発振するようになった。普通のアンプであれば「ブーン」くらいで済むところだが、アンプ全体がその電源部の発振で響いてしまう。これでは音楽が聴けないばかりか精神衛生的にも不安になってくるので、毛布にくるまりながら試聴を続けた。けれども、なぜか不思議と扱いづらそうとはあまり感じなかった。これだけ電源に敏感ならば、電源系を良くすれば、今以上の性能を発揮するということが明白だから。ネクストステップは明確な方がいい。

 Model 10の電源はV-1X程敏感ではない。流石にストーブを入れただけで発振するということは全くない。そればかりか、コンベンショナルな電源を有しているアンプであればどんな機器でも多少は電源部が発振するものである。けれどもModel 10には電源部の発振ということが全く感じられない。電源環境が非常に悪くアンプが発振して困るという悩みを抱いている方には、スイッチング電源というのは一つの選択肢になりえる。もちろん、電源系を整備すれば今よりもノイズフロアはもっと下がるはずだし、音質自体も向上することは期待できるが、それはV-1Xのように発振を抑えるという低レベルの話ではない。Model 10のコストの内、かなりの部分が電源部と筐体に割かれていると考えてもそう大きな間違いではないはずで、これ以上の電源系を求めようとすると、まず必要になるのが非常にハイセンスな「耳」になると思う。

デザイン

 デザイン面ではModel 10の圧勝である。Model 10はご存じの通り、電源部とアンプ部が二筐体に別れており、背面からカルダス製の太い専用ケーブルで両筐体を接続する。雑誌にはスタック使用が前提と書かれていたりもするが、ケーブルは50cmの長さがあるので、ラックによっては別の段に設置することも可能だ。アンプ部前面の電源スイッチの感触にも高級感があり好ましい。カルダス製のスピーカー端子も、今までのものより簡単かつ確実に締め付けることが可能。今まで使用していたKRELL KAV-300iは、手で締め付けただけではスピーカーケーブルの固さに負けて、簡単に外れてしまうので、ペンチを使って固定していたのだ。

 また、アルミ削りだしの筐体の精度はもの凄い。ゲイン調整のため天板を外してみたのだが、中身を真空にすることも不可能ではなさそうな接合精度である。

V-1Xは家族に「冷蔵庫みたい」と形容されたデザインである。カタログで見ると、その色感からスマートな感じを受けるかもしれないが、実際に部屋に置いてみると大きさと重さに驚く。表面の仕上げは繊細で、V-1からV-1Xになり、ヒートシンクも天板も前面と同じ仕上げになったのは嬉しい仕様変更だが、それでもまだ「冷蔵庫」である。スタンバイからアクティブに切り替える前面のスイッチも若干安っぽいのが否めない。背面のスピーカー端子はModel 10と同様の仕様で使いやすが、同じ端子を用いていても、Model 10はつまみ周辺がゴム製で滑りにくくしているのに比べ、V-1Xの方は普通のギザギザのついたプラスチック。

まとめ

 V-1Xの音場感は、音楽をマクロに捉えて全体として奥行き感を意識させるという表現手法ではなく、一つ一つの音が持つ要素にしっかりと「奥行き成分」が含まれていて、それらの音が集まって音場が確実に構築されていく感がある。音場の提示の仕方はとても明快で、フラッシュをたくような勢いでスパーンと音場を提示する。その深い深い音場の中で、輪郭を引き締めた像が屹立する。包み込むのではなく、吸い込まれる音場感というと判りやすいかもしれない。

 そのような表現手法や敏感な電源、デザインの素っ気なさも含めて考えると、V-1Xはある意味「オーディオ道」に徹したアンプといえるのかもしれない。

 Model 10はさんざん書いてきた通り、何よりも艶がいい。ピアノを聴いていると何となく贅沢な気分になって、普段は家では飲まないくせにワインを一本空けてしまった程だ。ボーカルも艶と優しさで聴き手を包み込む。こう書くとおっとり系ととられるかもしれないが、Model 10の音像は決しておっとり系ではない。あくまでもV-1Xとの比較する上での表現だ。暖かく密度のある音像は、その定位も含めて一級品である。

 また、電源や端子、スイッチといった音の表現以外の面でも、一つ一つの細かい点で満足感が得られるような心憎い配慮がされている。簡単な言葉ではあるが、Model 10は「大人のアンプ」だ。

 蛇足となるが、Model 10のゲインは26dBと32dBが内部ジャンパにより選択可能である。今回川又様と大場商事にご尽力いただき、ゲインの違いによる表現の差も試すことができた。長くなるので詳細は述べないが、結論からするとModel 10の特徴をより強く表現したのは26dB。今回のメモも26dBで聴いている。V-1Xのゲインは26dBで固定。

 雑誌の試聴記事では、同じ方向性を持っているように読めないこともないこの二台のアンプが、実際に自宅で自分の好きな音楽を鳴らしてみると、ここまで表現の手法が違うのかと驚いた。改めてオーディオの表現の手法の奥深さを知ることになった。

最後に

 まず何よりもこの自宅比較試聴を実現させていただいた川又様感謝したい。ここまで集中してアンプを聴くという行為に徹したのは初体験で、何よりもその環境をご提供していただいた川又様、大場商事の担当者様、ステラヴォックスジャパンの担当者様には本当に感謝です。次に、この試聴記を終わりまで読んでくれたあなたに感謝です。最後に、自分の理想とする音のイメージを形作ってくれたKRELL KAV-300iに感謝です。

 オーディオ的快感に酔えるV-1Xと、音楽の優しさに浸りきれるModel 10。さて、私はどのアンプを手に入れることになるのでしょうか。


HAL's Monitor Report