《HAL's Hearing Report》


No.0025 - 2001/06/15

愛知県名古屋市在住 H.A.L.'s Circle Review-☆-No.0119に登場した名古屋に住んでるTI様より

 皆さんプリズムは御存知だろう。白色光を7色の光に分解するあれである。しかしプリズムだけが光を分解するわけではなく、すべての光を透過する、たとえばガラス板、レンズ、プラスチックなどは目立たないだけで、この作用がある。なので、すべての景色はガラス板、レンズなどを透過すれば正確には少しずつ輪郭や色調などがずれてくる。私は目が悪いので、いままでで一番物が美しく見えたのは目が良かった子供の頃であろう。その後、目が悪くなり眼鏡を掛けるようになり、ぼけた、不鮮明な景色に最初は違和感を覚えつつ、次第になれてくる。ところがある日思い立って、コンタクトレンズに換えてみると、周りの景色の鮮明で明るいことに驚く。こんなにぼけた景色を眺めていたことに驚く。しかしコンタクト越しの景色も厳密にいえば正確ではない。コンタクトで光が眩しく感じられるのは涙に入っている小さなゴミがレンズとの相互作用で乱反射を起こすからであり、またレンズの特性で少ないながらも色調が変わる。しかし、レンズが進化して行くとやはり、少しずつだが物は自然に見えてくる。

 ただし、コンタクトレンズは機械が作る大量生産品である。望遠鏡、顕微鏡に使 われるレンズではもっとクリティカルで、本当にいいレンズを作るとなると研磨など で職人という人の手を借りねばならない。機械が作るレンズでは細かい正確な測定は 出来ない。

 こんな事をオーディオ屋の試聴記で書くのは不自然な気もするが、Hi-End Audio Laboratoryで体験した音の変化はこういうたとえ話でないと言い表せない気がしたか らである。最初、店長の川又氏が「自由に聞いて下さい」と言った段階の音で私は十 分に満足し、また感動した。具体的に書くとアルゲリッチとマイスキーのデュオでは アルゲリッチのピアノのタッチ、マイスキーのチェロの音、また二人の丁々発止の演 奏の妙、またゲーリーカーのCDではゲーリーカーのコントラバスとオルガンの音の 広がる感じ、そして演奏者が耳を澄ませて音を重ねている様子、これらが今まで感じ たことがないほどリアルに感じられたのである。この段階で川又氏は私に感想を求め られ、素直に「大変良い音でした、ありがとうございました」と答えた。ところが意 外なことに川又氏は「実はこの音では不満なんですよ」とおっしゃられるではないか。 実際、確かに若干、気になるところはあった。1つは全体に、例えるなら教会の中で 聞くような、冷たいというか爽やかというかそういう色を感じたこと、また、ヨーヨー マのバロック演奏では音場感はあるが、若干不安定でまとまりに欠け、チェロの音に 冴えがないかなと言う感じが特に合奏の部分であった。がしかし、それらは非常に細 かいレベルのことで、そんなことを気にさせない音の良さがあったのだ。それを川又 氏は「否」というのである。大いにとまどっている私に向かって、川又氏は「私のサ ウンドチェックにつきあわれますか」と言われた。当然「お願いします」と答えると、 川又氏はおもむろにジャズ・フュージョン系の音楽のイントロの部分だけをかけられ た。そして、「DAコンバーターを換えてみますね」と言われ同じ部分をかける。最後 に「プリアンプを換えてみますね」と言われ同じ部分をかける。この間、川又氏は一 切表情を変えない。何か、一流の料理人が少しだけ口に含んで味の調整をしているよ うな雰囲気もしてくる。この時点で楽器の音の焦点がクリアとなったことだけは理解 された。この現象はDAコンバーターを換えたときにより顕著であった。
 そして、「もう一回ゲーリーカーを聞いてみて下さい」といわれた。まず、先ほ ど述べた冷たい、爽やかという色がなくなり、ゲーリーカーが音をうまく重ねること に気をはらいつつも、より自由に演奏していることが明らかになってきた。ところが 演奏全体の活気、コントラバスの音の質感、などに不満が出てきた。何か普通の音に なった気がしてきて、「さっきのカラーがあった方がいいんじゃないか」と思えてき て、「これは困ったことになった」と戸惑いだした。ここで川又氏が感想を求められ たので意を決して正直に「こちらの方が正確な音と思いますが、さっきの方が僕には 好ましい」と答えた。川又氏はやや、戸惑い気味の表情ではあったが、「もう少し聞 いていって下さい」と言われた。このとき、私は川又氏が、今出している音にある程 度の自信を持っておられることを感じたので、御厚意に甘えて試聴を続けることにし た。

 実はこのとき、多少気になることがあった。他の機器は私が来店する前から通電 されていたがプリアンプだけは先ほど換えたときに通電が始まったことである。また、 ケーブルもひどく太いものから、あっけないほど細いものに交換された。従って、ア ンプの温度が上がっていけば、また、ケーブルのなじみ?が良くなれば、経験的に音 の活気みたいなものが出てくることが期待された。そして、また、自分自身の耳の澄 ませ方、感覚がより研ぎ澄まされていることも感じられた。ここはもう一踏ん張りと 思う条件もあったのである。いくつか聞いているうちに音楽に勢いがでてきた。そし て、音の焦点がより澄んできた。まず、ヨーヨーマのバロック演奏の合奏の部分のま とまりがでてきて、安定した丸い音場感が心地よく感じられ、そして何よりチェロの 音に冴えがあった。「やっぱりこちらの方がいいかな」と言う気がしてきた。そして、 アルゲリッチとマイスキーのデュオを聞いているうちにより好ましい音に変化してき た。アルゲリッチのピアノのタッチは強さとともにより澄んできて、マイスキーのチェ ロの音は先ほど感じた艶はなくなったが、より澄んできて、本当の艶が出てきたよう である。2人の演奏の呼吸も演奏会で聞くように分かってくる感覚すらした。最後に さっき不満のあったゲーリーカーの「アルビノーニのアダージョ」をかける。このソー スは音源が散らばっていて壁にへばりついているオルガンとその前で独奏のコントラ バスという演奏者にとって音合わせが難しいソースと思われるが、演奏者がお互いに 呼吸を合わせつつ、次第に自由にそして表現豊かに演奏する様がリアルに感じられた のである。そして、大きく広がるオルガンの音の中をゲーリーカーのコントラバスの 音がある実体感をもって再現された。

 この音を川又氏は「ゴールドムンドの音である」といわれた。しかし、ハイエン ドオーディオの経験が浅い私にとってはゴールドムンドの音とはどのような音である かをイメージし、自分の中で表現し、記憶させることは出来なかったことは正直にこ こで言わねばなるまい。あえて言うなら、「自分にとって今までで一番透明に感じた 音である」という言葉でしかない。そして、この「透明な音」は川又氏の導きによっ て聞くことが出来たことは間違いのない事実である。また、最後に聞いた音によって 最初の音に至らない点があることがわかるのである。おそらくは今回の試聴の音を表 現する事が出来るようになるのには、より透明な音を聞くときか、表現が違うが同じ ぐらい透明な音を聞くときになるのであろう。ここまで考えると、ハイエンドオーディ オとは高価なオーディオ機器の音遊びではなく、自分の音に対する感性をより透明に 研ぎ澄ますことであることが第一義であることが理解されるのである。

 いままで、結構いろいろな音を聞いてきたが、ここまでオーディオについて考え させられた音はない。私自身はHi-End Audio Laboratoryで示されたベクトルを突き 進むのか、今の自分の方向を大切にするのかは、正直言って決めかねている。今の自 分の音は私の好みの色、味が付いていて、その色、味を一緒に利くことで好きな音楽 を心地よく聴いている、これは明らかな事実であることが今回の試聴でよく分かった。 それでもしかし、その色、味を捨てるのは賢明な事なのかはよく分からないとしか言 いようがない。ここで誤解していただきたくないのは、ここで言う私の好みの色、味 とは、意識的に誘導してできたものではない。むしろ、私自身は様々な音楽経験を通 じて、演奏がより直截に感じられるような、自分なりのNon Colorationを目指してき たつもりである。そして、今までは自分の部屋で鳴らしている音が自分にとって一番、 カラーを感じさせない音であった。しかし、今回のHi-End Audio Laboratoryの最後 に示された音によって、結果として私の好みの色、味がついていると判断することが できたということである。

 ここまで考えることができたのは、Hi-End Audio Laboratoryで川又氏が適切に また、妥協なくハイエンドオーディオとは何かを提示してくれたおかげである。ここ まで、ハイエンドオーディオの目利きといえる人はいないかもしれない。自分のオー ディオが進むべき道に迷われたら、是非、Hi-End Audio Laboratoryで耳を澄まされ ることをお薦めしたい。「これだけ高い機械が並んでいればいい音だろう」とか、 「PADのケーブルは色が付いてますね」とかなどという下司な先入観は捨てて、川又 氏が鳴らされる音に耳と共に心を澄ませることが大切である。最後に長時間の試聴を お許しいただき、すばらしい音を提示して下さった川又氏に謝辞を述べて、この稿を 終わりにしたい。

 追伸、川又氏は、オーディオショップでよく見かける、気難しい寿司屋の親父み たいな人ではありませんので、皆さん御安心を。Hi-End Audio Laboratoryの扉を開 く、たったそれだけの勇気があれば、すばらしい音の世界を川又氏は優しく提示して くれることでしょう。


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