第四十九話「45×65に棲む鸚鵡貝」


8.「こだわりのアクセサリー」

 さて、これらのネットワークはS800の四角い台座部分に格納されているのだが、N801のようにベース部の後方の一部分という大きさではなく、 写真がなくて残念だがアルミダイキャスト製台座の面積そのままのスペースを占めるほどの規模となっている。同時にこのベースを放熱器として応用しているのである。 そして、それらネットワークからのリードワイヤーはベース後方にあるWBT0702のバインディング・ポストへと導かれている。 このWBT0702は金属部分にパラジウム・メッキを施されており、低域と中高域のバイワイヤー接続となっている。 そして、B&Wのこだわりは更にこのベース部の構成にまで及んでいる。N801の裏側を見れば、ボール・スライダーと呼ばれているキャスターが下に二個あるのがお分かりいただけるが、 今回のS800には、何と四種類のフット方式が選択できるようになっているのだ。
左写真は実際にS800を購入された方しか見られないであろう付属のアクセサリーキットである。
ウレタンに組み込まれた左上のボトルはコノリーレザー用のクリーニングラスターを兼ねたワックスである。 まあ、何とオーナーの満足感をくすぐる配慮であることか。その右の丸いものはミッドレンジユニットのみに取り付けるグリルネットである。
仕上げが違うNautilus800には従来どおりウーファーからトゥイーターまですべてにグリルネットが取り付けられるが、 S800はトゥイーターのみ従来と同じ金属ネットが取り付けられているが、その他には標準としてはグリルネットはない。

ミッドレンジにこれを取り付ける際には、この箱の中で丸いグリルの右隣に見えるフェイズプラグに交換することになる。 これは先端に穴の開いたプラスチック製のものなので、音質的に妥協してグリルを装着するかどうかを選択するということになる。 さて、箱の右上に白く四角いものがあるが、これはキャビネット表面をクリーニングするための専用クロスが入っている。細かい!! そして、箱の下半分に形の違うものが交互に4セット組み込まれているが、これがアッセンブルされてS800の"脚部"を構成するのである。
さて、それを取り出したものが左の写真である。まず、これに写っていないのが当日既に装着されていたボール・スライダーのフットであり、 これはN801に順ずるものとしてご理解頂きたい。
次にポジションが決定してキャスターの機能はもう必要がないということになってから活躍するのがこの三種類のフットということになる。 上の二つの外周に三つの穴が開いている円盤をひっくり返したものが下の状態で、 これはN801と802のオプションとしてB&Wから販売されているスパイクキット(セットで3万円)と同じ形状となる。 それを裏返して付属の長いネジ式のシャフトを差し入れると上の二つの状態となる。左上は他の二つと違って床面を傷つけない樹脂製ソフトポイントフット、 右上は高さ調整の範囲が大きく取れるハードポイントのスパイクということである。これらを交換するための専用レンチも付属され、 まさに家庭用としてオーナーの満足度をユーザーの立場で配慮したアクセサリーが憎い!! 

カタログ上では重量125キロと表記されているが、実測では130キロを超えているというS800を実際のリスニングルームでユーザーはどのように扱うのか。 N801のスタジオ向けとは違って、そこまで家庭用を意識した事が最後になってS800の価値観を見せてくれたような気がするのは私だけであろうか。 いや、それはぜひ皆様に体験して頂くことで実感して欲しいものだ。

 さて、「インターナショナル・オーディオ・ショー」を四日後に控えた9月25日、待望のメールがきた。 各種の雑誌取材、評論家の試聴、イベントにとスケジュールが詰まっている国内で唯一のS800を、何と私のわがままを聞いてくれ持ち込んでくださるというのである。 10月2日昼から翌日の昼まで、ついに私のホームグラウンドでS800を思う存分鳴らすチャンスがもたらされたのである。 先週の初対面の興奮冷めやらぬ私は、その日から恋人を待ち焦がれるような数日を過ごすことになるのだが、 更にそこに予想もしなかったドラマが折り重なっていこうとは想像もしていなかったのである。

9.「HALCROとの遭遇」

私がSignature800を初めて聴いたのが9/21であったが、実は同じ日の夕方に感動的なエピソードがもうひとつ始まっていたのである。 時系列は多少前後するが、思い起こせば二日前の9/19、MarkLevinson,JBL,Revelなどのメジャーなブランドを取り扱うハーマンインターナショナルの担当者から電話が入った。 いつもなら明るい調子の話し方なのだが、この時はなぜかちょっと慎重な物言いである。 「川又さん、忙しいところ申し訳ないんですが、ちょっとお会いしてぜひ直接お話ししたいことがあるんですが…」と意味深な物言い・・・。 私は当然「いいですよ!!」と返事をして数時間後に驚きの情報を耳にすることになる。

社名の通りハーマンインターナショナルはハーマングループ傘下のブランドをこれまで扱ってきたわけだが、 何と・・・、まったく系列とは関係のない、しかもまったく無名の、そしていきなりの超ハイエンドアンプを取り扱うというのだ。 それが、この新進気鋭のハイエンド・ブランド、ハルクロ(HALCRO)なのである。  

新ブランド HALCRO dm68/dm68(GM)

オーディオに深い造詣をもつ天才的物理学者Bruce Halcro Candy氏の手になるdm68は、まずデザインでもこれまでのパワーアンプとは一線を画するセンスを持っている。 柔らかな曲線のシルエットになる両サイドの左側のタワーにパワーステージが格納されており、放熱や外部からの干渉を配慮した合理的な構造が目を引く。 そのタワー部の足元にはソリッドウッドを削り出したスタンド部がハイテクの内部構造をやさしく包んでいる。 当然のように…このウッドスタンドにはスパイクを使うようなハードポイントの接地方法はとられていない。 表面には一切のネジ類は露出しておらず、巧妙な組み立てで中央部の電源部と前段のメインボードを独立した筐体に収めている。

タワー部にはさまれた下の部分が電源部であり、この下側からACケーブルを差し込む。これでメインの電源が入り動作状態にするには 電源部とその上のオーディオ部との隙間に上に向かって長いストロークのプッシュスイッチがあり、これを押し込んで動作状態となる。 ユニークなのはこのプッシュスイッチなのだが、どうやら空気圧を使ってメインボード上のスイッチを切り替えるようになっているらしい。 シリンダーのピストンを押し込むように空気圧の抵抗感を指先に感じて、パイロットランプが点灯する動作を見ていると従来のアンプと色々な意味で感性が違っていることがうかがえる。

そして、9/22から9/24までの連休、いわば他の輸入商社が休みで業界の人間が私のところに来ないであろうという日程を選んで、S800を初めて聴いた日の夕方、 そのハルクロは何とジェラルミンのフライトケースに収められてやってきたのである。外見を見たときの第一印象は「えっ、意外に小さいな…」というものであった。 事前に見せられた資料やweb siteでの概観ではそそり立つ大型のアンプというイメージであったが、MarkLevinsonのNo.33Lと上から見比べても高さは同じであるが奥行きが小さいこと、 そしてデザインや色彩感もライトな感じで圧迫感、威圧感がないのである。アメリカ製のいかにもヘビーデューティーな作りのアンプとは好対照なデザインではないか。 このHALCRO dm68 monoblock power amplifierのサイズは幅400ミリ、高さ790ミリ、奥行き400ミリと最小限の床面積でセッティングが可能であり、 本体重量も57KgとNo.33Lの三分の一であり他社の製品と比べれば大変にハンドリングしやすいものである。

 さて、試聴に当たってはパワーアンプの比較参考用としてNo.33Lを使用した。そして、プリアンプの選択なのだが、 web siteをご覧になっておわかりのようにHALCROは2002年に開発予定があり、現在ではまだペアのものがない。 しかし、ここでMarkLevinsonのNo.32Lを使用すれば、過去の随筆で述べているように自社同士のフィッティングが抜群のためにHALCROには不公平となるだろうと考えた。 そこで私が採用したのが今までに確固たる実績と様々なパワーアンプに対してマッチングの妙を見せてきたJEFF ROWLAND Coherence 2である。

フロントエンドはP-0sにdcs System900Pro、MarkLevinsonのNo.30.6Lを使用し接続には当然PAD DOMINUSがフルに使われている。 そして、スピーカーにはNautilus801を使用しセッティングにはサウンドアンカーの専用スタンドを使い、 更にQRD のプルーのBass Trapp とグレーのフロアーフォイル(生産終了)を床に配置して万全をきっして行った。 そして、ここから時系列が一致してくるのだが、さて、初日の第一印象は…、「おっ、今日聴いてきたS800にちょっぴりN801が近づいたぞ!!」という好印象であった。

しかし、その当日から、そして翌日もご来店になるお客様が後を絶たず、私がやっとじっくり試聴できたのは24日の朝になってからであった。 この三日間ずっと電源は入れっぱなしで十分なバーンインができた。 しかし、左側のタワー部が恐らく40〜50度前後だろうと思われ過激な温度上昇はなく、それに対して右側のタワーは不思議なことにほとんどと言っていいくらい発熱はない。 十分なウォームアップを行った三日目の朝、HALCRO dm68はますますその潜在能力を開花させ始めたのである。

最近私がよくテストに使用するようになった一枚「image 2」(SRCR-2591)image 2(deux) の二曲目郭英男「NS2000」をまず聴き始めた。アミ族のお爺さんお婆さんによるコーラスワークに近代的とも言えるリズムセクションがバックに展開し、 その中にきらめくような音階の高いパーカッションがちりばめられ素晴らしいスタジオワークの証として広い空間表現がスピーカーの周辺に展開する。 このコーラスとメインヴォーカルの遠近感がきっちりと表現されるので、強烈なドラムとのセパレーションも容易に感じ取ることが出来、気分爽快な演奏が展開される。

この「気分爽快」という言葉の意味に超低歪再生の醍醐味があるのだ。 ミッドハイレンジに関するローディストーションの威力が感じられる。「ああ――、いい!! コレ!! 透き通るような奥深さは快感だ!!」実は、昨日S800をいったん聴いてしまってからはどうしてもN801の再生音に物足りなさを感じてしまっていたのだが、 これで少しは救われたようなところがあったのである。

次はワレリー・ゲルギエフのヴェルディのレイクエムを聴く。(UCCP-1026/7) ANDREA BOCELLI アンドレア・ボチェッリ  1トラック目は約9分間の「キリエ」の荘厳なコーラスが響きわたり、その次のディエス・レイ(怒りの日)では混声七部合唱とともに強烈なグランカッサが連打される。 ゲルギエフの作品ではこのグランカッサの録音手法に共通なところがあるのか、 ストラヴィンスキー《春の祭典》UCCP-1035 におけるグランカッサの強烈なヒットも、とにかくホールエコーの含み方を多少薄めにアレンジし、 かつサブマイクを使ったのかと思わせるような鮮明な打撃音に驚きを覚える。

そして、このディエス・レイでは間違いなくグランカッサはステージの左手奥のある地点という距離感を正確に表現しコントロールされてN801のウーファーを叩くのである。 まぁ、その連打の何とすっきりとした後味のよい余韻の消え去り方であることか…。そして、その立ち上がりの鋭いことか…!! このような低域の再現性も応答性がよくなければ当然歪のひとつとして認識されるわけだが、HALCROのスーパーチャージャーはたちどころにN801のウーファーを最高速まで加速させ、 かつ完璧とも言えるブレーキングで低域のコーナリングにステアリングをあてるのである。

これは巨大なボディーでスペックの大きなパワーを持っているからと言って実現できることではない。dm68の定格出力は8Ωで225W、4Ωでは400Wと表記され、 低インピーダンス駆動特性としては150W/8Ωから1.200W/1Ωまではっきりと理論値通りの動特性を発表している。 低歪を実現するためのスピーカーの動特性に対する対応がいかに重要であるか、この時のN801のウーファーの制動感を体験して思わずうなってしまった。 スパイクを標準装備とするいかにも剛性が高いと思われるアンプはハードな質感の低音をいかにも出しそうだが、 優雅なウッドスタンドを装備したHALCROがこれほどの硬質な表現(録音の通りと理解して)をピシッとこともなげに決めてしまうのには驚きを隠せなかった。 これは従来の常識とは違うのである。凄い…!!低域におけるローディストーションの威力が感じられる一幕である。

最後にラッセル・ワトソンの『The Voice』(UCCD-1029 )から12トラックにある「フニクリ・フニクラ」をかけてみる。
※ ラッセル・ワトソン/UMCオフィシャル・サイト

先ほどのヴェルディのレイクエムでの正統派混声合唱の録音手法とはちょっと違って「クロスオーバー・クラシック」とも言われるポップス調のスタジオワークによって 心地よいエコーが加えられたお馴染みの曲である。しかし、バックに数十人の混声合唱が展開する中で、ワトソンのヴォーカルを浮き上がらせるように抽出するHALCROの解像度は 並大抵のものではない。しかし、それをこのような曲で感じるときにローディストーションの貢献を何で感じるのか…?! ずばり、それは"聴きやすさ"に他ならない。 幾重にも重なるオーケストラとコーラスがスピーカーの周辺空間を埋め尽くすがごとくの展開を見せるなかで、個々の楽音がちゃんと分離し正確にフォーカスが得られ、 そしてストレスを感じることなく耳に心地よく大編成の迫力を伝えてくれる。 前述のように「気分爽快」な演奏の中に細やかなエコーの残滓が発見できてこその楽しみがローディストーションの醍醐味ではなかろうか。

このように一般公開に先立ってタイムリーにも新ブランドのハイエンドアンプを試聴する機会に恵まれたのだが、 HALCROの登場がS800との対面と同じ日であり運命じみた体験をしてからというもの、このdm68とS800とをペアリングしてみたいという欲求が募るのであった。

 そして、輸入元であるハーマンインターナショナルの人々も始めて会うことになったというBruce Halcro Candy氏が予定通り10/1の夕刻来訪されたのである。 約一週間の滞在という中で輸入元とのビジネスミーティングをこなし、数社の雑誌取材と忙しい中で立ち寄ってくださったのである。 実は、ミーティングを始める前に当フロアーのNautilusシステムをHALCRO氏に聴いて頂いたのだが、大変に気に入ってくれたようで「Wonderful!!」を連発してくれたものだ。 さあ、ここで思い出したのは先日S800を試聴した際に日本マランツの澤田氏が述べた一言であった。 「結局S800でトランジェント特性を追求するということは、B&Wの人たちの言葉を借りればロー・ディストーションを追求するということと同じなんですよ。 つまりS800は徹底したロー・ディストーションを目的に設計されたということなんです。」
う〜ん・・・、何と言うめぐり合わせであろうか、HALCROと同じ設計思想を持っていたということなのである。

さて、このdm68の電源部だが環境変化に一切変動を受けない安定性とオーディオ部への干渉を徹底的に排除することを目的に、革新的なUPFCパワーサプライを採用している。 これはUniversal Power Factor Correctedの略であり、負荷状況や電源電圧の変動に一切左右されずに100KHzで固定されたスイッチング電源を意味している。 電源部の出力インピーダンスを最小化し、6層基板を採用し、更に電源部の主要な半導体をシャーシーからアイソレーションするなどいたるところに革新的な技術が反映されている。 電源電圧は85V〜270Vまで、電源周波数は45Hz〜65Hzの電源事情に自動的に対応する。そして、このdm68のオーディオ部はウルトラ・ローディストーションサーキットとして考案され、 測定上の数値だけでなく敏感な人間の耳で聴き取ることの出来る歪とノイズを徹底的に排除することを主眼として設計された。 広帯域であり低インピーダンス設計の差動入力段にはシグナルパスと電源のそれぞれのアースをと電位を明確にするために4層基板を使用。 同様に出力段には6層基板を採用しているというこだわりようなのである。

更に微小信号を扱う入力段と大きな電流を扱う出力段との電磁干渉を排除し歪とノイズを低減させるエディーカレント・シールドスクリーンを各サーキット間に設置。 そして、HALCROの思想が具体的にわかりやすい事例としてdm68の内部を撮影したのが写真31の出力部である。シグナルパスの伝送にはソリッドカッパーの同軸ラインを採用しているのだが、 ご覧のように赤いターミナルのプラス側はコイル状に巻いてあり、バランス伝送のプラス側は電子的にはマイナス側のそれとは微妙に伝送状態が異なるのでこのようにしているのだという。 「おお、まるでDOMINUSの理論と同じじゃないか!! やっぱり、そうなんだ!!」と私は心中喜んでしまった。

そして、そのプラス・マイナスの各々はシリンダー状の同軸構造となって出力段から送られてくる信号を伝送しているのである。 そして、写真にもあるように分厚いアルミの内部隔壁も低歪を実現するために必要なものであるという。その出力段には応答特性が高速であり、 奇数次高調波歪の低減を図るためV-MOSを非コンプリメンタリー回路として採用した。その結果、1KHzにおけるTHD(トータル・ハーモニクス・ディストーション)全高調波歪のことだが、 200ppb(10億分の200になる)以下、20KHz以上においても2000ppb以下という驚異的な低歪特性を獲得したのである。 もはやこれはオーディオ用測定器では検知できない領域であり、1KHzでは-134dB以下という超低歪特性を実現してしまったのである。

そして、この設計思想がN801を使用した状態でも音質にもろに表れてくるのだから凄い!!これでS800を鳴らしたらどうなるんだろうか!?そんな素朴な期待を話すと、 なっ、なんと、S800がやってくる明日再度dm68を持ち込んで下さるというのである!!「やったー!!」と内心の興奮を隠しながら、予定していた時間を大幅に過ぎても質疑応答が続き、 興味深くそして感動的な時間が過ぎていった。そして、その最中にどやどやとやって来た人たちが、またもや一波乱起こしてくれたのである…。

10.「ストラーダ(Strada:仮称)とは」

 Bruce Halcro Candy氏が来訪するという10/1の朝、またもや私に電話が入ってきた。
あのConnoisseurシリーズや数々の アナログ・プレーヤーを取り扱っているスキャンテックの佐々木氏からである。 「川又さんがショーに来たときには間に合わなかったAudio Physicのパワーアンプが来たんだけど・・・とっても凄いんですよ!! 今日の夕方持って行くから聴いてくれないかなー!!」 というものであった。まぁ、大体において輸入商社の面々が口にする「凄い!!」と「素晴らしい!!」は言葉だけでは話し半分と思っている私は、 いつも実物を聴いてからでないと評価を下さないことにしている。しかし、今までに経験のないものに対しては貪欲な好奇心を隠せるはずがない。 「いいよ〜、でも予定が入っているからなるべく遅めに来てね〜」と私。 長引いてしまったHalcro Candy氏とのミーティングの最中にやって来たのが彼らだったのである。

 まず、今までスピーカーばかりを作ってきたAudio Physicが突然発表したモノ・パワーアンプなのだが、ストラーダというのはまだ仮称であり年末に向けて発売する予定であり、 現状は試作機という段階で日本において初公開したものだという。私は、まず同行してきたAudio PhysicのエクスポートマネージャーであるArnold Heres氏に対して、 日々ここでどのようなクォリティーの演奏を基準としているかNautilusシステムを使って実演した。営業マンらしく彼は持参したCDを数枚かけて、 ちょっと愛想はよくないがやっぱり「good!!」を連発してくれた。

さて、パワーアンプ一台ではNautilusは鳴らせないので、急遽システムを総入れ替えすることにした。 いずれにしても明日はS800がやってくるので、ちょうどいいから今のうちにシステムを組み直そうと決意し、再びN801をガラガラと引き出してセッティングを始めた。 どうせ明日になればS800が来るので、写真29のようにN801をサウンドアンカーのベースには乗せず他は同一のセッティングを行った。 この時のエレクトロニクスがそのまま明日のS800での試聴に使えるようにと意識して、P-0sからGOLDMUND MIMESIS 20へ、そしてMetal Connoisseur 3.0へ、 そこからバランスDOMINUSでパワーアンプとしてStradaへ、更にスピーカーケーブルもDOMINUSを使って配線した。 この時の私の心境は…「大体において商社の人たちの凄い凄いという過大評価は当たり前だから…」とこんな感じであったのだが・・・。

 さて、最初の一曲は何にするか…、そうだアンプには大変きびしいN801を使ったんだからやっぱりあれにしよう! と迷うことなくFourplayの「Chant」をかけることにした。 ちょっとパワーも大きめにしてアーノルド氏を驚かせてやろうか、などと思っていたのだが…!!  さあ…始まるぞ〜、と次の瞬間、私の体はマグニチュード7.5くらいの衝撃を受けたのであった。 「なんだこりゃ!!」写真でもお分かりのように幅44センチ、奥行き35センチ、高さはたった9センチというサイズのStradaが叩き出した低域の物凄さに思わず肝を冷やしてしまった。

「凄い…、凄いドライブ力じゃない!! コレ!!」とにかくN801のウーファーをここまでぐいぐいと引き締めて、頭をぐーっと押さえつけるがごとくの制動力をのっけから見せ付けるのである。 「こりゃ凄い、ただ者じゃないぞ!!」それが私の第一印象であった。聞けばこのアンプ、純粋なアナログアンプではなくデジタルを使った増幅をしているという。 しかし、A/D変換をしてオーディオ信号を単純にデジタル信号に置き換えるのではないという。そして、スイッチング電源らしいのだが、それもデジタルでコントロールしているというのだ。

とにかく技術的な要素は説明するArnold氏もエンジニアではなく、通訳するスキャンテックのビヨルゲ氏もわからない様子なので、 私も現在のところは推測では説明したくないので続報を待ってということになってしまった。12月には量産を開始するということなので技術的なことは後日ということでご理解を頂きたい。 その後にも課題曲を次々にかけていったのだが、しかし…、このアンプがN801にもたらした低域の制動力は凄い。さあ、明日はどうなることやら…。  

11「ストラーダ(Strada)驚異の新技術とは」

 さて、このStradaの威力が忘れられない数日が経過し、ここでちょっと時系列がずれるのだが10月16日のことである。 強烈な印象をもたらしながら技術的な詳細が不明のStradaの設計者本人が来日し、忙しい中で私を訪ねてくれたのである。彼の名前はDIPL-ING. MIRCEA NAIU氏という。 ドイツでの称号としてこのように表記するのだが、スキャンテックの人たちは親しみを込めて「NAIU(ナユー)さん」と呼んでいる。 生まれはルーマニアなのだが、ゼネラルエレクトリックの仕事を中国で8年あまり行い、現在はドイツ在住ということで年末にはドイツの国籍を取得するという。 とにかく明るく雄弁であり、茶目っ気ある人柄が楽しい。

私が到着したNAIU氏を試聴室に招じ入れ、Nautilusシステムを聴かせると驚きと狂喜の表情を隠そうともしない。 ただ他のメーカーの設計者とちょっと違うのは元来が学者であり、音をどうこうして作るというオーディオマニア的な人ではない。 つまり、演奏の素晴らしさはわかっても、それを評価分析するということはせずに、もっぱら技術的な追求のみを行うタイプの人なのである。 そして基本的にNAIU氏はAudio Physicの社員でもなんでもない。彼の素晴らしいテクノロジーをもって、前述のArnold氏が音質決定をして商品化したのがStradaなのである。

さて、当日私が早速Stradaの技術面での解説を依頼すると、やおらNAIU氏は立ち上がって「ホワイトボードはあるか?」と言い出すのである。 何でも彼の講義を二週間受ければ彼の理論が理解できるようになると言うのだ。まあ、ジョーク半分でも自信と気力がみなぎる言動には、とにかく学者肌の人柄が強烈に感じ取れる。 しかし…、正直に言って当日のミーティングは疲れた…。私の頭の中では乏しいアンプの基礎知識をフル回転させてNAIU氏の話を何とか理解しようとがんばる。

そして、それが何と延々5時間も続いたのである。ホワイトボードはないので、NAIU氏が書きなぐった回路図やブロック図などのペーパーは何と17枚にもおよび、 できの悪い学生にバシバシと教え込む熱血教授のような感じである。私がインタビューした、いや講義を受けてしまった時間としては最高記録だろう。 こんなことを営業中に出来るわけもなく、その日も私は三日連続で午前様になってしまった。

さあ、私はどうしたものかと頭を抱え込んでしまった。この紙面でNAIU氏が書いたような回路図をいくつも並べ、滔々と彼の理論を述べることを皆様は決して求めないだろうと思うし、 読んでいて眠くなってしまうのがおちだろう。さあて、革新的な技術であるが故に、何とか皆様にその素晴らしさを伝えたいものだ。 いつかも私は随筆の中で述べているのだが、高度な技術を一般の皆様にわかりやすく翻訳し、そして実演して設計者の目指したものよりも高度なレベルのデモを行う事が私の仕事である。 では記憶が鮮明なうちにNAIU理論の翻訳に取り掛かることにする。

・・・・・その1:「既存のアンプがいかに非効率的であるか」
まずNAIU氏が言うには現存するパワーアンプはエネルギーの使い方が大変に非効率的であるということだ。主にパワーディバイス(増幅素子)のことを言っているのだが、 大出力を得るために既存のアンプはパワーディバイスをブリッジ接続にしろ、差動回路にしろ、複数使用することを前提としている。 そして、それらを通過するオーディオ信号は電気的には交流信号であり、アンプの負荷となるスピーカーに対しては振動板が手前にせり出すプラス側の動きと 奥に引き戻されるマイナス側の動きがある。

そして、複数のパワーディバイスを仮に2個または4個と仮定し、それらは直列に接続されているとする。その二つのパワーディバイスの中点からスピーカーのプラス側へ、 もう一方はスピーカーのマイナス側に接続されている。それらは交互に繰り返される振動板の挙動に対して出力段から電力を送り込むことになるが、 直列に接続された中点にあるスピーカーに対してはプラス側のエネルギーを送り込むときには直列になったうちのひとつのパワーディバイスしか必要としない。 逆に振動板がマイナス側へ動こうとするときには逆のひとつしかパワーディバイスは機能しない。

よって正負の両方向のエネルギーを求められるときには必ず片方のパワーディバイスは不要な電力を熱に変換しているだけの無駄があるという。 だから、変換効率として実際には求めたいパワーの半分しか得られない。逆に言えば半分の電力は捨てられているだけということだ。 そして、音楽信号がプラスからマイナスに移行する際に当然ゼロポイントを通過するわけだが、理論上はその瞬間に二つのパワーディバイスはショート状態と仮定され、 瞬間的にパルシブな突発電流がパワーディバイスを通過する。そして、そのパルス電流は周波数の高さにほぼ比例関係にあり、 高周波になればなるほど発生電流値が大きくなりパワーディバイスにダメージを与えることになる。

正確な波形伝送にはメガヘルツに及ぶような大変広帯域な特性がアンプに求められ、 かつグループル・ディレイ(群遅延特性)がなく、そして必要十分な大出力を求めても、以上ふたつの大きな要素から既存のアンプはそれを実現できなかったという。 つまり、広帯域化のためにはオーディオ信号がゼロ・ボルト・ポイント(これをゼロクロス歪と称していたこともある)を通過するときのパルス電流によるパワーディバイスの耐久性の限界。 そして、使用する電源部から見ても変換効率の悪さから前述のゼロクロスの際のパルス電流にも対応できないということなのである。

さあ、ここまで読んであくびの出た方が半分くらいいらっしゃると思いますが、これからがNAIU氏の凄いところなのです。

・・・・・その2「デジタル技術の応用」
 当日は私が質問するのは5%くらいで、他はほとんどNAIU氏の独演会となった。話しのポイントを明確にするために私はこんな質問をした。 「これまでの私の常識では、デジタル・テクノロジーをアナログのオーディオアンプに使用するということは二つの手段しかなかった。 一つはA/Dコンバーターによってオーディオ信号をデジタル信号に置き換えて数々の処理をするもの、もうひとつはデジタル技術をアンプの各ステージの管理コントロールに使用したものの いずれかである。つまり、入力段から出力段までアナログのシグナルパスはそのままで存在しているのか、どこかでデジタルに置き換えているのか? というどちらかだ」

 まあ、大変。ここからまたNAIU氏の猛攻撃が始まったのである。つまり、私の発した質問に対しては「yes or no」という単純な答えは出てこなかったのである。 またペーパーに何やら書き始めて講義が始まった。NAIU氏はこう言う。「Stradaは三つのFloorに分けて原理を説明しなきゃならん!!」

“1'st Floor” 「PWM変換」
 図示する事が望ましいのであろうが、読んで頂く楽しさを重視して私は敢えて文章のみでNAIU氏の理論を何とか伝えたいと思う。 さて、Stradaでは入力されたオーディオ信号はまったく別の二つの経路を通り後述する3rd Floorで合流することになる。 その第一段階でオーディオ信号はプラス側だけを位相反転し、すべての波形をマイナス側だけに折り返すというスイッチング操作をしている。 ゼロボルト・レベルの片側だけに折り返された音楽信号は次にNAIU氏の言う「エラー・アンプ」これは位相比較器と思われるが、 後ほど述べるフィードバック・ループによって他のもう一つの信号と比較される回路に流れていく。この中の機能は後述するとして、 その後にはPWM(電圧の高さによって異なる幅のパルス信号にデジタル変換すること)変調され、ここでデジタル化されるのである。 この際のサンプリング周波数は2.6MHzということを聞き出したのだが、これは入力信号のレベルによって動作中に自動的に多少の幅で変動しているという。 その結果出力された幅の違うパルス信号は一方がグランドに落ちるのみの一段だけの素子を使った増幅をされ、安定化された上で2nd Floorへと送られる。

“2'nd Floor” 「フィルターとフィードバックループ」
 さて、1st Floorから出力されたPWM変調された信号は第二段階として600KHzのローパス・フィルターを通過する。 この信号はエンベローブだけはオーディオ信号と同じ形状になるので、ここからスピーカーにつないでも若干の音量では音になって聴こえるという。 さあ、デジタル化された信号はここから二つに分岐する。ひとつはいよいよ3rd Floorへ導かれるので後述するが、他方は1st Floorの「エラー・アンプ」の手前に引き戻され、 本来のアナログ信号と比較され強制的に整合を図られるのである。このように波形だけに着目してアナログ信号との誤差を修正するなどという発想は私も初めてのことだ。 そして、この2nd Floorを通過した、いわゆる濾過された一方のオーディオ信号が向かうのが3rd Floorなのである。

“3'rd Floor” 「ブリッジ接続へのコントロール」
 さあ、いよいよNAIU氏の弁舌も頂点に差し掛かってきたようである。私が首をかしげるたびに回路図と原理を説明しようとする波形の走り書きが枚数を重ねる。 さて、ここでやっかいなのが、ブリッジ接続(結合)の動作原理を基礎知識としてどのように表現するかということだ。

まあ、イメージとしてご理解頂きたいので、今のところは深く考えずに読み進めてください。  半導体の増幅素子、トランジスターやMOS-FETなどなどは単純に言って三つの"足"というか端子があります。 ベース(b)、エミッタ(e)、コレクタ(c)、などと言いますが、そのうちの(e)か(c)のどちらかをアース側に接続し、その間にバイアスと言う電流を流してあげます。 そして、(b)に音楽信号を入力すると、その信号の波形通りに(e)と(c)間の抵抗値が信号の変化に伴って極めて短時間に反応して無限大まで変化します。 そうです、半導体とは入力信号によって変化する「無限大可変抵抗器」として称する事が出来ます。よく回路図の中で丸の中に三方から矢印のついた線が書いてあるのがそれです。 PNPあるいはNPN接続とかなんとか、昔、理科の時間に習った半導体というやつです。これが前述のパワーディバイスですね。

さて、その丸印が手をつなぎあって、ふたつ直列につながったものが左右に二列あったとイメージしてください。 そして、手をつなぎ合わせた二つの丸印の真ん中からスピーカーのプラス、そしてもう片方の同じところに橋渡しするようにスピーカーのマイナス側をつなぎます。 ポイントだけを述べていますが、さあ、これが俗に言うブリッジ接続というものです。 こうするとスピーカーとの接点の上にある左右の二つの丸印、つまりパワーディバイスはプラス側だけを受け持つアンプとなり、下側の二つはマイナス側を受け持つことになります。 いわゆるバランス伝送という状態ですね。そうすると同じ能力をもつパワーディバイスでひとつの波形の半分を受け持って増幅できるので、 理論上では電圧では二倍、電力つまりパワーでは四倍の出力を得る事が出来ます。

 さあ、ここまではいいでしょうか、皆さん。お気付きのように、この章だけは意識してくだけた物言いで進めておりますが、皆さんに退屈さや堅苦しさを感じて頂かない配慮です。 後で「で、ある」調に戻りますので、どうぞもうしばらくお付き合いくださいね。そして、ここで休憩の意味も兼ねて写真をご覧下さい。 Stradaのリアパネル中央にWBT社の出力ターミナルがありますね。そして右側の基板の中央部から白い太いケーブルがそれにつながっていますね。 そうなんです、通常は両サイドの黒いヒートシンクにパワーディバイスが取り付けられているものですが、何と通常のアンプのあるべきところにパワーディバイスがないのです。 これを質問すると、右側のメインボードの下、分厚いアルミのボトムプレートに4個のMOS-FETが直付けされているというのです。 本体をひっくり返すと、なるほどパワーディバイスを取り付けたビス穴がいたるところに開いている。「そうか、ボトムプレートもヒートシンクの一部として使っているのか!!」 しかもハイスピードを実現するためにメインボードの真下にパワーディバイスを配置するとは、中々やるじゃないですか!

さあ、そろそろ話しを戻しましょう。前述のブリッジ接続のイメージをもう一度思い描いてください。 手をつないだパワーディバイスが左右に二列ありますが、ここでちょっと思い出して下さい。 最初に「Stradaでは入力されたオーディオ信号はまったく別の二つの経路を通り」と述べていましたが、そのもう一方がこの左側の二つのパワーディバイスにやってくるのです。 そして、それは同時に右側の二つのパワーディバイスにも配られてブリッジ動作を行うのですが、左右のプラス側の増幅を行う上の二つのパワーディバイス側の末端は結ばれています。 同じように下側の二つのパワーディバイスも結ばれているのですが、何とここに2nd FloorでPWM変調されフィルターを通過した信号がやってくるのです。

・・・・・その3「驚嘆のアイデアによる抜群の成果とは」
 さて、ここでもう一つ思い出して下さい。ここにやってきた信号は「すべての波形をマイナス側だけに折り返すというスイッチング操作」を行ってきていますから、 交流信号であるオーディオ信号は全部マイナス側に向けて波形の山を作っているということなのです。 何か私一人で納得しているような自己満足に陥らないようにしているのですが、ここがポイントなのです。 これまでのように4個のパワーディバイスの仕事をスピーカーの振動板を動かす時の瞬間ごとに、電流の流れる方向性を見ると次のようになります。

例えば振動板を前面に押し出すときには左上と右下、逆に奥に引き戻すときには右上と左下というふうに対角線上のふたつのパワーディバイスに電流が流れます。 そして、その両者の動作が繰り返されている正にその瞬間に2nd Floorからやってきた、すべてマイナス側を向いたもう一つの主役であるオーディオ信号が 半波長ごとにブリッジ接続の擬似的なアースとして介入して、3rd Floorに入ってきたストレートなアナログ信号に強制的な補正をかけるのです。 つまりブリッジ接続の下側に流れてきた電流は対角線で流れていると前述しましたが、そのためにはスピーカーという負荷を通過してきており、 そのスピーカーのリアクション(逆起電力)成分を含んでいる電流の流れに対して、デジタル処理で作った入力前の原信号に究極的に近い信号 (これがすべてマイナス側波形であることが大切)によって引き込まれるがごとくの強烈な矯正効果を与えられるのです。

スピーカーのダイナミックな負荷変動にもびくともしない駆動力は、このようなアイデアから発生していたのです。 そして、このようなPWM変調によって時間軸をがっちりと管理されたブリッジ接続では、前述したようなオーディオ信号がゼロクロスするときのパルス電流の発生もガードして パワーディバイスの効率化を実現しているという一石二鳥の新技術ということになるのです。

私はアプローチの仕方は違っても音質という最優先事項があるので、各社のアンプの設計方針については各々理解しているのですが、以前にこんな比較をした事がありました。 「カタログ上での消費電力は次のような記載になっている。KRELL FPB300はスタンバイ時で75W、アイドリング時で350W、最大出力時で3000Wである。 100V電源での電流値は、アイドリング時で3.5A、最大出力時で30Aとなる。あのMARKLEVINSON NO.333Lと比較してみると次のようになるのだ。 スタンバイ時で200W、アイドリング時で350W、8Ω負荷に対する定格出力である300Wを出した場合には1850Wとなるのである。

FPB300とNO.333Lは、同じ300Wを定格出力としている。スタンバイ時には明らかにクレルの方が省エネ設計であり、 アイドリング時は全く同じ350Wを消費しているのがわかる。問題はピークパワーを出力するときの消費電力、FPB300が3000W、NO.333Lが1850Wという違いであろう。」というものであった。

そして、このStradaは一体どのくらい電力を消費するのであろうか。
私はNAIU氏に質問した。そしたら、いきなり紙の上で計算を始めるではないか。すると、ええっホントですか?! 何と無信号時には22W、定格出力では218Wだというのである。「何とエネルギーの変換効率は92%だ!! こんなアンプ見たこともないぞ!!」前述のアメリカ製のメジャーブランドとは大違いである。そんな強力な電源があるのか? というと、そこでまた逆転の発想。
上(右写真の1つ前)の写真の内部では仕切りの左側が電源部で右側がオーディオ部ということになるが、左上の黒いトランスが第一段目の電源トランスである。 そして、右の写真がStradaのもう一つの秘密であるスイッチング・レギュレーター電源部である。 100KHzでスイッチングさせているのだが、余裕を見て最大出力は1000Wを確保しており、 スイッチング周波数もオーディオ部の必要に応じて可変されるようにデジタルコントロールされているという。

この写真の左側に垂直に立てられた基板が電源用のデジタルサーキットである。 パワーディバイスを駆動することの変換効率が抜群なので、いわゆる大きなトランスとキャパシターによって充放電を繰り返す従来の発想とはまったく違うのである。 本体重量は何と22Kgですと!! ありがたいな〜。

最後に口調を戻してまとめてみることにする。
Stradaには純然たるアナログのシグナルパスが入力から出力まで存在している。だからA/D変換をしてデジタル変換の精度で音質を議論されるようなアンプではない。 考え方として、デジタル処理による比較用・矯正用信号を作り出してオリジナルのアナログ信号に対して、内部パーツのエラーや外部からの(スピーカーのリアクションなど)変動に対して 大変強力な補正をしているということ。そして、その傍らではパワーディバイスの効率を極限まで引き出した変換効率を持ちながら、 ハイスピード、超広帯域伝送、軽量コンパクトを実現した。これほどいいことずくめの結果になったのである。
正にNAIU氏が熱弁を振るうだけのことはあった。脱帽である。

 後日談であるが、最後に取材したStradaの設計者NAIU氏からの解説が最も時間と文章表現の困難さを伴ってしまったようである。最後に私はNAIU氏に伝えた。 「私は日本のユーザーに今日うかがった話しの一割も話さないでしょう。それを望むユーザーもいないでしょう。 そして、何よりもNAIU氏の情熱と努力はStradaの演奏をもって日本のユーザーに理解してもらうことがベストだと私は考えています。」 この最後の一言にNAIU氏は私の肩を叩いて大きくうなずき、また満面の笑みで答えてくれた。
さあ、S800をこのStradaがどのように歌わせるのか、私はすべて実演によって皆様に価値観を証明するのみである。