第四十二話「オーディオの芸術家」





第一章『後見人・ジェフローランド』

1991年米国シカゴで開催されたCESにおいて、当時プロトモデルであったヘィル
ズのシステム1リファレンスを突如として自社のデモ・ブースで採用し、ヘィルズの知
名度を大きく高めてしまったのがご存じジェフローランドその人である。96年1月に
デヴィッド・ウィルソン氏とジェフローランド氏の両巨頭を私のフロアーにお招きして
開催したセミナーの席上で、ジェフローランド氏はこのような思い出話しを語っていた
のを思い出す。「まだ駆け出しの頃、やっとの思いでプロトタイプのモデル7を完成さ
せたとき、すぐさま持ち込んで聴いてもらったのがデヴィッドのところだった。大きな
アンプなのに、コンパクトなアンプと変わらぬスピード感が大変素晴らしいと評価され
たときには大変うれしかった。」名声を馳せてからも互いに尊敬の念を大切にしながら
互いのサウンドを切磋琢磨する、巨大な資本傘下で量産志向の企業には見られない米国
のハイエンド・オーディオ・ブランドの親交には大変好ましい友情の絆があるようであ
る。素晴らしいスピーカーが誕生すれば、その能力にふさわしいアンプが新たに評価さ
れる。見事なアンプが開発されれば、魅力的なスピーカーで聴いてみたくなる。当たり
前のことのようだが、オーディオとは全てのコンポーネントの連鎖によって感動を提供
してくれるものなのである。そして、そのジェフローランド氏は九七年一月ラスヴェガ
スで行われたウィンターCESにおいて、またまた新進気鋭のスピーカー・マニュファ
クチャラーを世界に紹介してくれたのである。それが、オーディオ・アーティストリー
(Audio Artistry)社である。設立されたのは九三年から九五年にかけ
てと言うことで詳細な時期は不明であるが、既に従業員として15人の人たちが働いて
いる自社工場も持っているということで、経営的にはしっかりした基盤が出来ているよ
うである。ノースキャロライナ州アペックスに本拠を置くオーディオ・アーティストリ
ーはフリード・リンクウィッツ(SIEGFRIED LINKWITZ)氏の二人に
よって設立された新興メーカーである。、マーシャル・ケイ(MARSHAL KAY
)氏が社長を勤め、技術責任者のジークフリード・リンクウィッツ(SIEGFRIE
D LINKWITZ)氏の二人によって設立された新興メーカーである。面白いこと
に、この両氏ともHP(ヒューレットパッカード)社に在籍しており、本当かどうかは
わからないがHPを辞めたくても放してくれず、とうとう待ちきれずに好きでしょうが
ないオーディオを始めてしまったということであるらしい。思い返せば、大場商事株式
会社の内田常務がウィンターCESの視察を終えて帰国した時点で、大変有力な新ブラ
ンドのスピーカーを発注してきたという情報が私の耳にも入っており、実物の到着を心
待ちにしていたのである。しかし、以前からのスケジュールでアヴァロンのオザイラス
を当フロアーに導入する計画が先行しており、やっと六月九日に輸入元に出向いてオー
ディオ・アーティストリーの作品を聴くことが出来たのである。本来ならば今回はこの
紙面でオザイラスを紹介するつもりで数ページの原稿を書き上げていたのだが、全国に
先駈けて注目すべき新製品のプロモーションを当フロアーで開始するにあたり急遽内容
を変更しての執筆となった。これから紹介するオーディオ・アーティストリーのスピー
カーはネーミングからして洒落ている。「ベートーヴェン(Beethoven)」で
ある。(セット価格395万円)実はベートーヴェンの英文カラーカタログが手元にあ
るのだが、この随筆の簡単な印刷方法では適当な写真が掲載出来ず、文章だけでベート
ーヴェンの概要を説明するには複雑過ぎると悩んでいたのである。すると、ちょうどス
テレオサウンド誌123号の480ページに紹介記事が掲載され、これまでのように私
が図面を書く手間が省けた上に正確な外形が皆様の目で確認出来るようになったのであ
る。私がこれから予定しているハイエンドオーディオのプランが弊社の広告として掲載
されてもおり、まだステレオサウンド誌を購入していない方は是非購入をお勧めしたい
。あるいは、これを読まれるころにはベートーヴェンが私のところに入っている予定な
ので、実物を聴きにお越し頂けるよう強くお勧めしたい。

第二章『メインパネル』

さて、一言でベートーヴェンのコンストラクションを説明するならば、100Hz以上
を受け持つメインパネルと、それ以下を受け持つ二台のサブウーファーとで構成される
バイアンプ駆動を前提としたコンプリートシステムと言える。メインパネルは、幅35
0mm、高さ1400mm、安定設置させるためのベース部分を除くスピーカー部分の
奥行き150mm、重量39kg。写真を見れば一目瞭然であろうが、メインパネルの
ユニット構成は、1インチ・ソフトドーム型トゥイーターを挟んで8インチ・ケブラー
コーン型ミッドレンジが二個搭載されるダポリット・レイアウト(仮想同軸構造)とな
っている。その下に10インチ・ペーパーコーン型ウーファーが二個搭載されており、
この3ウェイのクロスオーバー周波数は200Hzと2キロHzに設定されている。こ
のパッシブ型クロスオーバーネットワークは重量8・2kgという重厚で美しい仕上げ
の別の筐体に格納され、メインパネルの後方下部に置かれノイトリック社製スピコンに
よってメインパネルへと接続されている。このクロスオーバーネットワークの入力端子
は3ウェイ独立のカルダス社製バインディングポストで構成され、ジャンパーケーブル
の接続によってシングルからバイワイヤー、そしてトライワイヤーリングまでの切り替
えが可能となっているのである。メインパネルのネットワークを含むインピーダンスは
ノーミナル5Ωであり、最小値では100Hzにおいて3・3Ωとなっている。このベ
ートーヴェンは前述のようにバイアンプ駆動が前提となっており、アクティブクロスオ
ーバーユニットが付属している。これが100Hzを基点とした高低の信号に帯域分割
してパワーアンプ二台に信号を供給するわけだが、サブウーファーをオフにすると自動
的にメインパネルに40 までエクステンションした信号を出力するような低域補正の
イコライザー機能も付加されているのである。過去の経験では「スピーカー屋が考えた
付属エレクトロニクス」は今一つ高級感に欠ける印象があったが、このベートーヴェン
の付属ユニットは大変しっかりとした構成であると感心してしまった。ジェフローラン
ド氏のアドバイスが随所に活かされており、高価なジェンセンのライントランスを装備
して140キロHz以下のローパスフィルターを入力段に構成し、高周波変調から的確な
プロテクションを施している。当初大場商事からは、ベートーヴェンはダイポール型の
放射パターンを持っているダイナミック型スピーカーであるとの話を聞いており、裏面
にもユニットがあったのかと質問したところノーという返事だった。マグネットとフレ
ームから構成されるダイナミック型ドライバーを使用して、高域まで良好なダイポール
・ラジエーションパターンを実現するのは困難であろうと思う。そんな疑問を持ってい
たのだが、実物を観察して色々なことがわかってきた。まずベートーヴェンは全帯域に
おいてダイポール・ラジエーションを持たせようとしているのではないということであ
る。メインパネルを上から見ると極端に上辺の短い台形をしている。下辺の部分に前述
のユニット群がマウントされているのだが、上辺にはサイドパネルと同様なウッドリブ
が上下に差し渡されており、後面には一切のユニットはない。この台形の斜辺にはネッ
トが張ってあり、確かに前面のミッドレンジとウーファーの背面放射音が抜けて後から
聴こえてくる。当然トゥイーターは前面にしかないので、ミッドレンジ以下がダイポー
ル・ラジエーションを行っていると考えられる。そして、よく観察して見ると、台形斜
辺のネット部分には内側に吸音材が詰め込まれていることがわかった。しかも、ミッド
レンジの後面よりもウーファーの後面の方が、密度感のある多量の吸音材が詰め込まれ
ている。これを発見したときに私は「ハハ|ンッ、そういうことか。」と思わず笑って
しまった。確かに英文のカタログには、1500Hz以下においてダイポール・ラジエー
ションと書かれているのだが、ベートーヴェンは厚みがわずか15cmというメインパネ
ルにおいてトランスミッション・ラインを構成しているのである。エグレストンワーク
スのアンドラにおいて、そのミッドレンジの後方に吸音材を詰め込んだトンネルがあり
、ユニットの背圧を抜いてトランジェントレスポンスを確保し、後方へ抜ける音圧には
機械的に音速に反比例するハイカット・フィルターを構成していたのを思い出してしま
った。オーディオアーティストリー社の解説を和訳した資料を輸入元から頂いているが
、そこにはダイポールラジエーションの目的が室内の不要な残響音を低減するためと説
明されている。しかし、私には納得出来ない。メインパネルのユニット後方には吸音材
を充填してトラスミッション・ラインを構成しており、事実上この音響的な負荷によっ
て後方への音圧は大きく減衰させられている。この減衰させられた後方への放射が室内
の残響特性を大きく左右するような効用をもたらすはずがないのだ。メインパネルのセ
ッティングに関しては、確かに後方の壁から75cm以上は離すようにとメーカーより指
示されているが、どう考えて見てもユニットが発生した後面放射が音響的ルームトリー
トメントを行っているとは考えにくいのである。オーディオ・アーティストリーの言い
分を結果として認めるならば、室内の残響特性に整然たる変化をもたらしているのは、
ボックス形状のエンクロージャーにマウントされたユニットが発生するキャビネット自
体の不要放射がないという説明の方が正しいであろうと思われてならない。すなわち、
薄型のトランスミッション・ラインをミッドレンジとウーファーに採用した結果として
、ユニットのトランジェントレスポンスが大きく改善され、大振幅の低域信号で振動板
が大きく振動してもブレーキとしての立ち下がり特性が素晴らしく向上したということ
が、聴感上と測定においても室内に取り残された残響を整理減衰させているものと私は
考えている。この辺の理論の衝突はメーカー代表者と会えるときがあれば、ぜひぶつけ
て見たい質問であり、これを読まれた輸入元が英訳して質問状を送ってくれるかも知れ
ない。いずれにしても、試聴したうえで大変素晴らしい音楽を聴かせてくれ、その魅力
が大きいだけに技術的な裏付けを取りたかったというのが私の本心であることを付け加
えておきたい。

第三章『サブ・ウーファー』

さて、ベートーヴェンのもう一つの大きな特徴として、左右独立した二台のサブ・ウー
ファーがある。幅370mm、高さ710mm、奥行き550mm、重量43kgとなっている
。このサブ・ウーファーに関しても、当初輸入元からのアナウンスでは30cmウーファ
ーが一台に四個搭載されており、二個ずつ前後への放射を行うダイポール型であるとの
説明を受けていた。しかし、前述のように幅37cmのキャビネットに対して、30cm径
のウーファーが納められているというのはどう考えても窮屈である。写真を見ればおわ
かりの通り素直に考えれば、エンクロージャーのサイドパネルを極力薄くして、どうに
かこうにか上下に二個のウーファーを並べ、同じ配置でリアにも取り付けてあるのでは
ないかと考えてみた。更に、二個ずつ背中合わせとなった構造において密閉型エンクロ
ージャーで同相駆動すれば、互いの背圧がぶつかり合うことになり能率を低下させてし
まうだろう。また、逆相駆動させるのであればエンクロージャーの奥行きはもっと小さ
くても良いはずである。そして、能率を上げるためにバスレフ型のポートを付けるとす
れば、20Hzから100Hzまでという再生帯域を考えると大変巨大な、もしくはとても
長いポートを用意しなければならないはずである。そして、ハイエンド志向の作品とし
ては、30cm径のウーファーを四個も搭載している割に重量が43kgしかないというの
は軽る過ぎやしないだろうか。こんなクイズのような、スペックと実物とのギャップを
埋めるため、執拗に観察と分析を続けていった。ウッドベースの演奏個所をリピートし
てサブ・ウーファーの前後のサランネット部分に接近し、更に耳を上下に移動しながら
聴いてみる。すると、どうだろうか、前面の上下にウーファーが二個並んでいると思っ
ていたのに耳を上下に移動すると音質が変化しているではないか。これはおかしい。サ
ランネットが外れない構造なので中を見ることが出来ず何ともはがゆい気持ちで、仕方
なく懐中電灯で光を入れながら顔を近付けてサランネットをのぞき込んでしまった。「
ハハ|ッ、これは凄いや。考えたもんだなぁ。」と思わず驚きの声を上げてしまった。
外見からは何の変哲もない四角い箱なのだが、上下で二分割されているのである。そし
て、この箱を上から透視した場合の形状を説明すると次のようになる。サブ・ウーファ
ー本体の奥行き方向ギリギリにアルファベットのV字型のバッフルがあり、このV字型
の一辺に一個ずつマグネットを外側に向けてウーファーが取り付けられているのである
。このV字型は相当に鋭角になっており、下の段にはまったく同じものが反対方向を向
いて取り付けられているではないか。これを見て早速いくつかの謎に答えが浮かんでき
た。まず上下のV字型バッフルの二個のウーファーを1ペアとして、各ペアに逆相信号
を入力すれば前後には同相となった30cmウーファー四個分というハイパワーの低域信
号を送り出すことが出来る。しかも、互い違いに逆方向を向いたV字型で逆相信号を入
力するということは、上下ウーファーの振動板の動きによって発生するバッフル板の反
作用ベクトルの方向が上下逆となって相殺され、強力なパワーを与えてもサブ・ウーフ
ァーのキャビネット内部で機械的なエネルギーが打ち消し合うという巧妙な設計なので
ある。両チャンネルで30cmウーファーが八個という強力な低域を正確に再生するため
には、おおかたの設計者であればキャビネットの剛性を高めたり重量を大きくていくこ
とで対応しようとするであろう。ところが、それに伴ってバッフルの存在が低音楽器の
質感に影響を与えるようになるであろうし、ミッドバス帯域への連続性を考えてもメイ
ンパネルとの位置関係でセッティングを困難なものにしてしまうだろう。しかし、ベー
トーヴェンは誰もが思い付かなかったような斬新な設計によって、これら一切の影響か
らサブ・ウーファーの存在を切り離し、驚くほどコンパクトで軽量でありながら大変強
力な低域再生能力をパッケージ化してしまった。こんなに小型で、これほど強力で正確
な低域を再生してしまうのだから、ベートーヴェンは日本の住宅事情におけるスペース
ファクターを考えた場合には正に救世主的な存在なのである。

第四章『ベートーヴェンの忠告』

思い返せば昨年の六月にも、ここを訪れてヘィルズのコンセプト5をいちはやく聴いた
ことを思い出す。近年、大場商事の試聴室を訪れる機会が本当に多くなった。倉庫スペ
ースを抜けて奥の試聴室に足を踏み入れると、すぐそこにベートーヴェンがセットして
ある。初対面の印象は、何と言っても大変に美人であるということだ。聞くところによ
れば、インテリアのセンスにたけるアメリカ人に「家具はどこのものがいいのか。」と
きくと、皆が口を揃えて「そりゃ、ノースキャロライナ産が一番だよ。」と答えが返っ
てくるらしい。アーリー・アメリカンの家具メーカーは、ヨーロッパの古典的デザイン
を継承しながら、「ドレクセル」「ヘンリドン」「ベイカー」など数々のブランドとし
て優雅で繊細な手作りの職人芸を現在でも多くの製品として見ることが出来る。ベート
ーヴェンのメインパネルはサランネットがないという状態がスタンダードであり、どう
してもと言う場合にはオーダーでサランネットをの付けるかどうかも検討中であるとい
う。そのバッフル面は漆黒のピアノブラックで仕上げられており、何回もの塗装工程を
誇らしくも自慢げに見せてくれるものである。オーディオアーティストリーという社名
からも、モノ作りの感性テイストといったものを大切にしたいという事が伺い知れるも
のである。そこで、私は彼らが発想したままのデザイン感覚を認め、このままの状態で
使用することを強くお勧めしたい。なぜならば、音にもセンスの善し悪しがあるように
、ピアノブラックとローズウッドの格調高い木目が映えるベートーヴェンのデザインセ
ンスは、音と同じように視覚的にも素晴らしい感性であると思うからだ。ただし、この
質感は写真では伝わらない。是非とも実物を見て頂きたい。さて、持参したソフトを取
り出しCDプレーヤーにセットする。アンプはすべてジェフローランドで私が最も聴き
なれているものであり、ウィンターCESのデビュー時と同様なコンビネーションであ
る。最初にダイアナ・クラールの「オール・フォー・ユー」(MCA VICTOR 
MVC−1)の四曲目「フリム・フラム・ソース」をかける。「ああ・・・、何という
ことか。」と思わず唸ってしまった。自分のフロアーで毎日演奏しているアヴァ・ンの
オザイラス、そしてゴールドムンドのエピローグ1と、この曲を聴いてダイアナ・クラ
ールの歌唱力にはほとほと舌を巻いてしまうのに、これらに勝るとも劣らぬパフォーマ
ンスのスピーカーがまた一つ見つかってしまったのだ。本当に今年はスピーカーの当た
り年であり、推薦したくなるものが多くなって困ってしまう。このアルバムに納められ
たダイアナのヴォーカルは、はっきり言って音像第一主義で捉えることは難しい。オン
マイクで録られているのだが、絶妙なリヴァーブの加え方によって見事にヴォーカル自
体が一つのステージ感を創造しており、センターの発声から前後左右と上下にもエコー
を引きながら消えていく様は、スピーカーのトランジェント・レスポンスにとって厳し
い判定材料となっている。おちょぼ口の口元としてセンターに極力小さく現れるヴォー
カルが優秀な再生音であると言うのは、もはやひと昔前の定説となってしまったような
気がする。現在の優秀なヴォーカルの録音では、歌唱テクニックとしての声量変化のダ
イナミックレンジによって、歌手の存在感がスピーカーの表現しえる空間の大きさを瞬
間瞬間で変えてしまうのである。言い替えれば、オーケストラにおけるソロ演奏のパッ
セージから、全体での力強いフォルテに移行したときにステージ感とホールの空間表現
がパッと広く高く拡張されるのと同様な展開が見られるということである。ベートーヴ
ェンで聴いたヴォーカルのすがすがしさを、一体どのように説明したら良いだろうか悩
んでしまうほどの魅力である。聴いている私の背後からベートーヴェンのある方に爽や
かな風が流れており、私とベートーヴェンとの中間に浮かび上がったヴォーカルのエコ
ーを、サーッとその風が果てしなく彼方まで運び去って行くような余韻の消え方なので
ある。ミッドレンジとウーファーにおけるトランスミッション・ラインの功績が、この
微妙なタッチの毛ば立ちまでも捕らえていけるほどの見事なトランジェントレスポンス
に表われているのである。文句なし、ヴォーカルは合格である。しかし、この段階でヴ
ォーカルを分析評価しながら、私の頭の中では次なる課題が提出されていた。大場商事
の担当者がセッティングして下さったままで、ポンと聴いて第一印象に高得点を獲得し
たベートーヴェンだが、低域の表現には早速注文を付けたのである。サブ・ウーファー
がメインパネルの外側に配置されていたのである。そこで私はソフトを替えた。ホリー
・コールの「ドント・スモーク・イン・ベッド」(東芝EMI TOPC−7734)
の「アイ・キャン・シー・クリアー・ナウ」のウッドベースのイントロからヴォーカル
が入ってくるまでの二分間程度をリピートして、サブ・ウーファーの位置をあれこれと
動かし始めた。最初の状態から前後へ、これだけでもウッドベースの高い音階には変化
が表われてくる。これらの変化を感じ取りながら、昨年三月に同様な経験をしていたこ
とを思い出した。この随筆の第三十四話で述べているジェネシス200のセッティング
に関するノウハウと、二台のサブ・ウーファーを取り扱うということが根本的には同じ
手法であることに気がつく。どうもアメリカのメーカーではメインスピーカーの両翼、
各々の外側にサブ・ウーファーを置くセッティング事例が多いようである。しかし、私
はサブ・ウーファーのセッティングに関しては、メインスピーカーの内側に置くことを
いくつかの事実と数々の経験から推奨したい。このベートーヴェンの他にも、スピーカ
ー本体から独立したサブ・ウーファーをシステムとしてコンプリート化しているものが
ある。ジェネシス200、インフィニティーのベータやIRS−V、クォドラチャーの
DSP−1R、マッキントッシュのXRT26、などがそうだ。また、一体型に見えて
も、サブ・ウーファーを独立したエンクロージャーとして設計しているものもある。ウ
ィルソンのシステム5やX−1、アヴァロンのオザイラス、オーディオフィジックのメ
デア、ゴールドムンドのアポローグとエピローグ、などがそれらの仲間と言えるであろ
う。ここで言うサブ・ウーファーの定義なのだが、一般的に言ってクロスオーバー周波
数が100Hz前後から低い周波数にかけて設定されているものとご理解頂きたい。そ
の上で、私が行うセッティングの根拠として以下の二つの理由がある。まず、その第一
にサブ・ウーファーからもヴォーカルをはじめとする中高域信号が聴こえてくるという
事実である。ベートーヴェンで言えばメインパネルのアンプをオフとし、その他のシス
テムでも同様にメインスピーカーの接続を切るなどして、サブ・ウーファーだけを鳴ら
してみるとミッドレンジ以上の音が大なり小なり聴こえてくるのである。次に、私はク
ラシック音楽だけではなく、スタジオ録音のジャズやポピュラーなどヴォーカルを含む
もので広く一般的な音楽ジャンルにおいてスピーカーのセッティングを決定していきた
いと考えているからである。以上の二つの要素を考慮に入れた場合に、サブ・ウーファ
ーのセッティングで低音楽器の輪郭表現がかなりの範囲で変化してくるのである。つま
り、サブ・ウーファーと言えどもミッドバス帯域の再生に大変大きくかかわっており、
この帯域との連続性を満足させないと低音楽器の倍音成分の正確な再生が、音色と楽音
のサイズという両面から困難になってくると私は判断しているのである。さて、そこで
ベートーヴェンのサブ・ウーファーをメインパネルの内側へと移動し、同じ曲のウッド
ベースの変化を見る。すると、開放弦で「ブーン」と唸りを発する局面と、ピッキング
して弾かれた弦の鋭さがベースの輪郭として同じ空間にまとまり始めたではないか。全
帯域が一つのエンクロージャーにまとまられたシステムにおいて、中高域の定位感を重
視してトゥイーターを内側にするというシンメトリーデザインが多く見られるが、ベー
トーヴェンのようにサブ・ウーファーを別の筐体にしている場合は同様な配慮はかえっ
てマイナス要因を含んでいるのではないかと思えてくる。「ウーンッ、やっぱり私はど
う考えてもこちらの低域の方が正確だと思うな。」と内心で納得した。ベートーヴェン
の場合、サブ・ウーファーのクロスオーバーを付属チャンネルディバイダーによって1
00Hzと設定していることは述べた。しかし、その数オクターブ上の音までダラ下がり
に音を発してしまうという事実からしても、サブ・ウーファーはメインパネルの最低域
部に連携させるセッティングが望ましいと判断されるのである。そこで、内側に置いた
二台のサブ・ウーファーをメインパネルに対して前後に移動する。この実験では、サブ
・ウーファーのキャビネットの前面がメインパネルよりも10cmから15cm程度手前に
飛び出すくらいが適当のように思われてきた。おそらく、サブ・ウーファー内部の音源
位置がメインパネルのウーファーに接近することによって、低域の位相が揃い始めたの
ではないかと推測される変化である。次に、サブ・ウーファーを心持ち内側にオフセッ
トして角度を付けた。「アーッ、やっぱりそうだ。」ドラムなどのリズム楽器が音程の
異なる打撃音を発した場合に、定位が変化しないで落ち着いてきたではないか。スケー
ルの大小はあれど、ジェネシス200のセッティングと同じ成り行きになってきたこと
に気がつく。やはり、基本は同じなのだ。さて、仕上げにオーケストラを数曲かけてみ
ることにした。グランカッサ(大太鼓)は演奏法とレコーディングの手法によって大き
く表情を変える楽器であるが、シンフォニーなどの管弦楽とウィンドオーケストラにお
けるそれとでは、グランカッサの存在感が大きく変わっている。吹奏楽での大太鼓は自
己主張が強く、メリハリのきいた爽快なヒットが印象に残る。それに対して、シンフォ
ニーではでしゃばりすぎることなく、管弦楽の主旋律を主役として黙々とひたすらに正
確な仕事をしようとする演奏者の使命感みたいなものが感じられる。クラシック音楽に
おけるパーカッションの位置付けとして、ティンパニーやドラムも同様なのであろうが
、スピーカーによってはこれらの仕事を誇大に表現してしまうものも多い。つまり、ド
ラム、ティンパニー、グランカッサなどの演奏が始まると、それらをステージの最前列
に引き出してきて勢いよく演奏してしまうスピーカーがあるということである。しかし
、ベートーヴェンの指揮はさすがである。前述のヴォーカルと同じ軌跡をたどるように
、大変美しくも鮮明な弦楽器群がほのかに余韻を発散させている中で、鮮烈な立上りで
ヒットする瞬間を捕らえられたパーカッションは決してオーケストレーションを崩すこ
とはない。見事に定位置からホール全体に打撃音を放ち、その余韻を他者の演奏する管
弦楽音に絡ませることなく響かせているではないか。ステージ感を左右に広げたいとい
う一心から、サブ・ウーファーを外側に配置するという意図がわからないではないが、
優秀な録音がひとたびベートーヴェンの指揮に委ねられるのであれば、音源の位置関係
を整然と保持したままで十分なステージ感を三次元的に展開することが実感される。メ
インパネルとサブ・ウーファーの位置関係を維持したままで、リスニングルームの大き
さによって左右チャンネルの間隔と後方壁面との距離を追い込んでいくというセッティ
ングが基本であろうと実感した。ロマン派の巨匠は自らの生存中には苦節をなめ、栄光
とは程遠い生涯を送ったということは多くの人が知るところであろう。オーディオ・ア
ーティストリーが現代に生み落したベートーヴェンは、海を渡った東洋の一角で既にそ
の魅力と天賦の才を発揮しているのだ。私たちは、どんなに大金を使っても時間を買い
戻すことはできない。我々の生涯の時間が限られている以上、最上の音楽によってもた
らされる幸福の一時を、どれだけ多く過ごしていくかで人生が豊かであったかどうかが
決まるのであろう。存命中には苦難を強いられ、後世では世界中の人々によって偉業を
評価された今日の「ベートーヴェン」は、貴重なメッセージをそのネーミングから語り
かけてくれるのである。「あなたの人生において、何年「私」の音楽を聴いて過ごすの
ですか?」一九九七年六月九日、この「ベートーヴェン」とめぐりあった私からも一言
申し上げたい。「時間は買戻しできません。」という一言を。第五章『C・U・B』第一
章では、昨年一月のジェフローランド氏のコメントを紹介しているが、実はこの時デヴ
ィッド・ウィルソン氏もホットニュースを披露してくれたのであった。そして、あれか
ら一年の時が経ち、ベートーヴェンを聴いたその日、待ちに待ったウィルソン・オーデ
ィオの戦略モデル(第三十二話の第二章で紹介した)を遂に聴くことができたのである
。ネーミングが面白い。カブ(CUB)と命名されており、〔子〕クマ/オオカミ/ラ
イオン/トラなどの「子」を表している言葉なのである。これまでのネーミングには、
みな頭にウィルソンの頭文字が付いたり、技術的アプローチを専門用語の頭文字でつづ
ったりというシャレがあったので、たぶんカブのスペルにも同様な意味があるのではな
いかと思う。大きさは、幅243mm、高さ561mm、エンクロージャーの奥行き470
mm、リアパネルに取り付けられたパッシブネットワークを含めた奥行き533mm、更に
フロント・グリルを取り付けた場合の奥行き550mm、重量が32kgとハンドリングし
やすい大きさである。このエンクロージャーにWITTに搭載した15 コーン方ドラ
イバーを二個と、同じく1インチ・逆ドーム型トゥイーターをセンターに配置した仮想
同軸タイプの2ウェイ・3スピーカーシステムである。エンクロージャーの材質はMD
Fであるが、各ユニットが取り付けられているバッフルとグリルネットのフレームは、
WIITやPUPPYにも部分採用され、X1では全面的に採用されたウィルソン独自
の特殊な化学合成素材が用いられている。リアの上下には二つのコブが突き出しており
、ウーファーとトゥイーター用のネットワークが個別にモジュール化されている。この
ネットワークを叩いてみても一切の打音がないことから、WATTのネットワークでお
馴染のエポキシ充填構造となっているようだ。フロントバッフルのセンターに位置する
トゥイーターを挟むようにバスレフポートの開口部があり、間口の割には深さが10数
センチ程度というポートなので、システム自体のエフゼロを極端に下げようとする設計
ではなく、能率とトランジェントレスポンスを重視した設計であるとお見受けした。見
れば見るほど随所にこだわりの設計思想を見ることができ、明らかにウィルソン・オー
ディオの作品であることを強く印象ずけられる。そして、仕上げについてはローズウッ
ドの木目仕上げもバリエーションとして用意する予定であるということだが、私が見た
ピアノブラックの仕上げで日本での価格が決定している。これほどまでにウィルソンの
妥協なき設計思想を製品化して、カブの価格は何とペアで86万円であるというのだ。
商売人として、「こりゃ、売れるわい。」と思わず私は内心でニンマリしてしまった。
「いやいや、聴かずして判断してはいけない。」と、大場商事の担当者にセッティング
をお願いした。当然アンプはジェフローランドを使うのだが、ベートーヴェンのように
モデル9Tiまでグレードを上げてしまっては現実みが薄れてしまう。そこでジェフロ
ーランドのインテグレーテッドアンプ、コンセントラ(108万円)を接続して頂いた
。三か月前にゴールドムンドのエピローグ1を聴き、小型システムであるがゆえに低域
の再生限界を知っておこうと、例のキックドラムの低音を聴こうとイーグルスの「ホテ
ル・カルフォルニア」を最初にかけてみた。トラックの最初に入っている歓声と拍手の
嵐、続くギターのイントロ、ここまでは明らかにシステム5のコピーそのものと言って
良いほどのサウンドが走り抜けた。一言で言えば、爽快なスピード感、鋭利な切れ込み
とテンションの高まり、これこそウィルソンの面目躍如たる音である。そして、例のキ
ックドラムが・・・・、と私はすぐにボリュームを絞った。「アレッ、やっぱり。ここまで
やるとは、すごい割り切り方だなぁ。」名前の由来のごとく、カブは野獣の子供を意味
する。他の動物たちを震え上がらせる猛獣の咆哮が、そんな子供(カブ)に出せるはず
がない。これまでトップクラスのスピーカーを数多く聴いてきた経験から、このキック
ドラムの音がスピーカーによって大きく変化してしまうのを何度となく経験してきたが
、これほど見事に空振りに終わったのは珍しい。しかし、デヴィッド・ウィルソンがイ
メージしている低音再生を私なりに承知しているという自負心から、きっと他の何かに
大きな可能性があるのではないかと曲を替えてみることにした。米国のXLOエレクト
リックとリファレンスレコーディングが共同製作したテスト・アンド・バーンインCD
(RX−1000)のトラック14、HDCDフォーマットで収録されているスタンダ
ードなジャズの名曲「シャイニー・ストッキン」をかけてみた。シカゴにあるデ・パウ
ル大学のキャンパス内に建てられているコンサートホールで演奏されたビッグ・バンド
の演奏である。多少ハムが聞こえるライブ演奏独特のイントロダクションから、スター
トを合わせようとするリーダーの声が聞こえてくる。ウッドベースとドラムというリズ
ムセクションはステージ奥の距離感をカブはうまく捕らえており、マイケル・ストライ
カーのピアノがベイシーのタッチをうまく模倣してリードしていく。ミュートをきかせ
たトランペットがシンコペーションを忠実に刻みながらメロディーを繰り返していく。
ブレイン・カルバートソンのトロンボーンがソロをとると、もうすぐクライマックスだ
。5本のトランペット、3本のトロンボーン、そしてサキソフォン5本が強烈なクライ
マックスを吹き上げていく。驚いたことに、歪み感を思わせる非力さは微塵も感じさせ
ることなく、あくまでも開放的なホールエコーを十分に撒き散らしながら、平然と鮮烈
なブラスセクションを鳴らしきってしまうカブには思わずあんぐりと口をあけてしまっ
た。「86万のくせに、生意気なスピーカーだ。」とあきれてしまうと同時に、「子供
ではあってもやはり猛獣の子だ。」とエネルギーを投入したときのリニアリティーには
、ウィルソンの設計思想が頑健な背骨として再生音に表われているではないか。それで
はと、先程ベートーヴェンで聴いたばかりのダイアナ・クラールをかけてみた。スイン
グするヴォーカルとしては誰もが認める歌唱力であるが、そのダイナミックな発声にリ
ミッターをかけるようなスピーカーでは物足りなさを感じる。しかし、カブで聴くヴォ
ーカルはフォーカスが見事に決まってくれるので、オンマイクでの口元の描写力がとび
きりの冴えを見せてくれる。「こりゃ、まいったな。」今までハイエンドを追求するあ
まり、コスト・パフォーマンスを考えるということに私は慣れていないのである。しか
し、15cm口径のユニットを二個使うならば、能率とトランジェントレスポンスを犠
牲にしてもポートチューニングで低域の補強を行い、何でも来いというスピーカーを売
り出すメーカーは多いだろう。しかし、ウィルソンは徹底した割り切り方で、音楽の主
旋律に最高の忠実度を与えたようである。ゴールドムンドのエピローグ1も、アヴァロ
ンのオザイラスも、輸入元の試聴室から私のフロアーに持ってきてからの方が、量的に
も質的にもずっと良好な低音が聴けるようになったという経験がある。また、私のフロ
アーでは低域が出過ぎると思っていたスピーカーを他の部屋で聴き、もっと低域が欲し
いという逆の変化を経験したこともある。おそらくカブも環境が変われば、同様に自由
奔放な音を出しはじめるのではないかという期待が大きい。低音の再生に関しては、今
後の馴らしかたで違う評価がなされる可能性もあり楽しみである。子供としてのネーミ
ングでウィルソンからはカブが発表される予定だが、現在当フロアーで威勢を誇ってい
るオザイラスにも〔子〕アヴァロンが登場する。名称はアーカス(ARCUS)で、価
格は98万円という新製品だ。プロポーションはお馴染のアセントやレディアンと同様
のスタイルで、カブと同じ仕様のトゥイーターに20cmコンポジットコーン型ウーフ
ァーを搭載した2ウェイスピーカーである。大きさは、幅23cm、高さ90cm、奥
行き32cm、偶然にも重量はカブと同じ32kgである。私は、ハイエンド・オーデ
ィオを価格で決めようとは考えていない。安くても良いものは良い。高くてもダメなも
のはダメ。そんな、プロの感性を証明し実演することが私の仕事なのである。【完】】

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