第三十四話「続・箱の音を追放した旧約聖書」





第一章『世界で唯一のスピーカー』

 1996年1月10日、ジェットラグと長旅の疲れをものともせず、  ラスヴェガス
で開催された96年ウィンターCES(コンシュマー・エレクトロニクス・ショー)を
視察されたステラヴォックスジャパン株式会社の西川英章社長が最新情報をたずさえて
私を訪ねて下さった。前回のご案内でも触れている通り、〈Genesis Prod
uct Overview 1996〉と題されたパンフレットと写真によって、ジェ
ネシスの今後の開発計画を初めて知る事となった。昨年から日本市場でも大きな評価を
得ているジェネシス の販売実績は、皆様のご理解とご愛顧によって今だに私が日本で
一番である。そんな、私の指向性をご理解頂いている西川社長は、取っておきのホット
ニュースを先ず私に届けてくれたのである。ジェネシスの製品は、私もこれまでに米国
の専門誌ステレオファイルなどで見かけてきたのだが、いよいよアーニー・ヌデール氏
が良い意味でインフィニティーのデザインから脱却したコンセプトを打ち出してきたら
しい。「最新作ジェネシス200のサンプルを現地で発注してきましたよ。」と西川社
長からコメントが出た瞬間には、既に私の頭の中には試聴会のスケジュールが浮かんで
いたのである。期待に胸膨らませて待つこと二か月、遂に3月4日私のフロアーにジェ
ネシス200が到着した。実は3月1日に試聴会を予定していたのだが、アメリカでの
記録的な大寒波のために空港までの陸路を断たれ一週間の延期になってしまったのだ。
後日談であるが、この出荷スケジュールではジェネシス側に相当無理をお願いしてしま
ったようで、CESでデモに使用しジェネシス本社にも1セットしかなかった実物を日
本に送って頂いたのである。ということは、現在世界中に1セットしか存在していない
という貴重なスピーカーを私が独占して聴けるという栄誉に浴することになった訳だ。
当然、現時点ではカタログや取り扱い説明書は一切作られておらず、その内容を何とか
お伝えしたいと考え最終ページに私が書いた外観図を用意した。



図中(5)でミッドハイタワーとウーファータワーの正面から見た外観を示している。 これは、左チャンネルの片側だけを表しており、右チャンネルはまったくの対称形で同 様である。全高は1820mmと、ティールのCS7よりも42cm高い。但し、本機 は最終段階の試作機であり、台座の部分はより大きく強化されたものに変更される予定 だ。最終的には、もう若干はミリ単位で高くなるはずである。図中(4)では上から見 た外観を示しているが、従来のジェネシス2やジェネシス2・5に見られたミッドハイ タワーのウィング状のバッフル板ではなく、(18)の寸法で折り曲げられた18cm のサイドバッフルが(19)の34cmのメインバッフルに取り付けられている。この サイドバッフルは無垢の1インチ厚のリアルウッドで、つなぎ目をラウンド加工され、 厚さ37mmのMDFで作られたメインバッフルにつながっている形だ。表面仕上げは 、インテリア性に富んでいる渋い茶系を基調とした南米産ローズウッドである。このメ インバッフルはティールのCS7の横幅よりも若干小さく、同社の新しいデザインとし て如何に中・高域の放射パターンに変化をもたらしているかがわかる。図中(7)はリ ボン型ミッドレンジユニットである。幅1cm、縦13cmのスリットが二列に八つ並 び、一列のスリットには長さ約1・1mの1本のリボンが複数の支持点で固定されて張 られている。ウーファーとのクロスオーバー周波数は不明だが、相当なパワーを入力し てもミッドレンジリボンの振幅は肉眼ではわからないほど安定していた。本機もジェネ シスVと同様にダイポール型の放射パターンを持っているが、ミッドレンジユニットの 裏側には(13)で示した所に薄手のフエルトが張られており、リアに放射する中域に 機械的なハイカットフィルターとアッテネーションを施しているのがわかる。図中(6 )は、ジェネシスVと同様の1インチ口径円形リボントゥイーターであり、フロントに 12個、リアには(8)で示すように3個取り付けられている。インライン状に並んだ トゥイーターの裏側には、上から見た(8)でわかるように箱型のバックキャビティー が取り付けられている。この縦に細長い箱は密閉されておらず、すき間を空けて空気を 抜いているようだ。従って、リアのアンビエンス用トゥイーター3個は、正面から見た (8)の位置で前述の箱のに取り付けられている。細かい気配りとして図中の(12) の位置に、反射を防ぐ厚さ1センチ程度のウレタンがトゥイーターのある上下幅にわた って貼られている。さて、このトゥイーターであるがジェネシスでは改良を重ねており 、ダイヤフラムのわずかなバックキャビティーに吸音性のシートを貼り、連続した大き な信号が高域にもたらす刺激成分を取り除いている。最近195万円に値上げされたジ ェネシスVも、このニューバージョンのトゥイーターにグレードアップされている。既 にジェネシスVをご愛用中の場合は、有償でバージョンアップのサービスが可能である 。図中(9)の位置には中・高域用のアッテネーターが装備されている。ミッドレンジ は3段階のクリック付き、トゥイーターのレベルは連続可変となっている。(10)に は入力ターミナルの位置を示しているが、スペードプラグをはさみ込む機能とバナナプ ラグをチャッキングして締め込む両方の機能を合わせ持っている便利なものだ。(11 )はクロスオーバーネットワークを収納するケースであり、ミッドレンジとトゥイータ ーの帯域分割を行っている。ジェネシスVは途中からバイワイヤリングへとターミネー ションを変更したが、ノーマルで使用するためにはジャンパーを使わずに切り替えスイ ッチを信号が通過するという設定になっている。先日、デヴィッド・ウィルソン氏が来 訪されセミナーを開催した折に、最近のWITTやシステム5の入力が、バイワイヤリ ングではないのは何故か、という質問に対して次のように答えていたのを思い出した。 「バイワイヤーはもともとイギリスのメーカーが始めたものですが、私はその必要性を あまり強く感じていないのです。位相のコントロールをも含めて、完成度の高い優秀な クロスオーバーネットワークであれば、入力ターミナルのセパレート化でメリットが出 る可能性はあまり無いと思います。」目に見える装備としてのバイワイヤリングは、確 かに説得力あるセールスポイントかもしれない。しかし、私も数多くのスピーカーを聴 いてきた経験で、スピーカーの音質決定の要因としてバイワイヤリングであるかどうか はさほど重要な要素とは考えはいない。この点ではデヴィッド・ウィルソン氏とまった くの同意見である。従って、ジェネシス200が採用したシングルのターミネーション に対しても、何ら疑いを持たず素直に評価している。さて、ジェネシスの本領が発揮さ れているのがウーファータワーである。図中(14)で示したようにセンサーコイルを 内蔵する20cmウーファーがフロンに2個マウントされ、ノーマルの同口径ウーファ ーが(15)の2個と、(17)のリアには同じものが4個搭載されている。従って、 付属の1500Wのパワーを内蔵するサーボアンプからは、(16)を通じて2系統の サーボループと低域信号が供給されるのである。付属のサーボアンプはコンパクトに出 来ており、フロントパネル他の大きさもジェネシスVのそれとほぼ同様である。ただ、 ジェネシスVの場合はサーボアンプの後部にヒートシンクを設けているのに対して、さ すがに1500Wのパワーでは両サイドに大きめのヒートシンクが取り付けられている 。サーボアンプとウーファータワーとの接続に関しては、ジェネシスV同様オーディオ クェストの特注ケーブルを採用している。このケーブルの両端に取り付けられたスピコ ンプラグは、金属のロックピンが新設され使い勝手が良くなっている。このウーファー タワーの構造的変化も、ジェネシス2やジェネシス2・5と比べると大きいものがある 。30cmウーファーをフロント側にだけ搭載した従来型に対して、ウーファーの口径 を小さくして個数を増やし、リア側にも配置してダイポール型の放射パターンを低域に も採用したのである。そして、低域へのエクステンションは、サーボシステムによって 申し分の無い効果を上げているとして、ウーファー口径の縮小はクロスオーバー周波数 の若干の引上げという副次的な効果をも兼ね合わせているような気がする。つまり、私 の個人的な推測であるがサーボシステムのスピード感ある反応の良さを、ミッドバスレ ンジにまで応用していこうというジェネシスの新しい試みが感じられるのである。 第二章『悪戦苦闘』  3月4日の午後、私は苦悩と焦りを感じながら深刻な表情を浮かべて音を聴いていた 。それは、期待に胸膨らませていたジェネシス200を搬入し、第一声を聴いたところ から始まったのである。CDシステムにはワディアの7と9を、プリアンプはジェフロ ーランドのコヒレンス、中高域用パワーアンプはマークレビンソンのNO33Lという 組合せでスキの無いシステムである。大変な重量のウーファータワーを唸りながら運び 込み、最初にレイアウトした形には手本があったのだ。それは、二か月前に西川社長か ら見せて頂いたもので、CESにおけるジェネシスのブースでセッティングされたジェ ネシス200の写真であった。図1・第一段階として表示してあるとおり、(2)のミ ッドハイタワーを内側にして(3)のウーファーを外側としたセッティングである。オ ーケストラは確かに広がるのだが、第一バイオリンからチェロに至るまでの肝心な弦楽 四編成にまとまりがない。真中が空いてしまい、双方のチャンネルから発せられる余韻 を引き継ごうとしない。スタジオ録音のポップス系の曲では、リズム楽器が肥大化して しまって取り留めが無い。いかにアーニー・ヌデール氏がクラシック音楽を志す人物だ としても、スタジオ録音の鮮明な定位感を無視するはずがないし。ミッドハイタワーの 距離を近付けてみてもだめ。プリアウトのアブソリュートフェーズが、サーボアンプと メインアンプで反転しているのかと思い、サーボコントローラーのフェーズを調整して も良い結果が得られない。私の試聴では定番となっている大貫妙子を聴いても、600 万円という価格が恥ずかしい程の音なのだ。一旦置いてしまえば一人では動かせないの で、「ウンッ明日にしよう。」と帰宅の途についた。駅から家に向かう道すがら、「ジ ェネシスがやっていたのだから、そのセッティングのセオリーには逆らいたくないが・ ・・。よしっ、明日はこうしてみよう。」と心の中でブツブツ言いながら作戦を考えた 。翌日、朝一番でステラヴォックスジャパンに電話を入れ、セッティングの応援を求め た。思い切ってやったのが図2の第二段階である。単純だが のウーファータワーを内 側に移動した。すると効果覿面!スタジオ録音の鮮明さが低域のリズム楽器に至るまで ピシッと表現され、「なんだ、こんなことだったのか。と、一瞬安堵のため息を吐く。 大貫妙子のヴォーカルを聴いても、昨日からは見違えるほどに鮮明さが増している。オ ーケストラを続けて聴いてみる。昨日感じていた疑問点はほぼ解消された。でも、まだ 何かザワザワしている。まだ、低域の鮮明さはジェネシスVで聴きなれたレベルではな い。昨日はラフな位置決めをするので、スパイクは使わずにタイルカーペットにスピー カーを乗せていた。ここで、アヴァロンのアペックスカプラー(ソリッドスチール削り 出しのスパイク)を使って、ウーファータワーをリジッドに固定する。大抵のスピーカ ーはこれで大きく変化するのだが、「アレッ。あまりきかないな。ジェネシスが言うよ うにミッドハイタワーは平行に置いているのに、なんで音が毛羽立って聴こえるんだろ う。」ここで、三年前に取り組んだクォドラチャーDSP1Rのセッティングを思い出 した。図3の第三段階のようにミッドハイタワーを思い切って手前に引き出してみた。 思わず頭の中で「ピンポーンッ。」と正解の鐘が鳴った。奥行き感が潮を引くように増 して、ジェネシスVで感じられたパースペクティブな臨場感が戻ってきた。たった50 センチ動かしただけなのに、この変化は大きい。この段階で気を良くして色々な曲を次 々にかけていく。さて、ここでジェネシスのセッティングのセオリーのもう一つを思い 出した。「左右のミッドハイのユニットは、メジャーで測るくらいの精度で後方の壁か ら距離を等しくする。」そんなこと言っても、私のフロアーでは構造的に言って難しい のである。そこで閃いたのがQRDシステムのフロアーフォイルの応用である。横幅5 7cmの楔形で、厚い方が30cm、横から見ると縦の辺が30cmの直角三角形であ る。このグレーの吸音体を図中(25)のように立てて2段重ねとした。ご覧のように 直角三角形の斜辺が外側を向くような配置である。これらの過程を通してミッドハイタ ワーからは約2・5メートルの距離、私の耳の高さは床から約85センチ程度の位置関 係でチューニングは進めている。この耳の高さからすると、(25)の処理は大変有効 であった。弦楽器が大変滑らかさを増して、ヴォーカルも口元とエコーのセパレーショ ンが良くなった。それではと、発泡スチロールで出来た音響拡散パネルであるグリフォ ンのグリフューザーを重ねてみる。「うん、なかなか良い変化だ。」一辺が60cmの 正方形であるグリフューザーを更にもう一枚追加した。ホールの高さがエコーが遠ざか っていく奥行き感として、更に深みを増していくことが面白い。営業を忘れてこんなこ とばかりしているから、私の成績は思うように行かない。気が付いて見るともう閉店時 間だ。翌日の3月5日、ようやく価格相応になってきたジェネシス200を更に追い込 んでみることにした。私は、最後のツメはオーケストラではなく、様々なスタジオ録音 で行いたかった。理由は、試聴距離が2・8mと5mではホールエコーの感じ方で違い があり、オーケストレーションによっては人によっての解釈の違いが起こりえると感じ たからだ。前章でウーファータワーのミッドバス領域に対する影響力を推測しているが 、それを立証しようとも考えたのだ。その手段として図4・最終段階のように、ウーフ ァータワーを内側に振り向けたのである。同時に(25)の反射吸音面もミッドハイタ ワーに対して平行な位置関係へと修正を加えていった。更に、ミッドハイタワーの距離 をわずかに修正し、約1・9メートルに縮め、ウーファータワーからの距離もパネル面 同志で約30センチと更に引き出してみた。最後に、ウーファー・ミッドハイともにス パイクを装着して仕上げとしたのである。大貫妙子のヴォーカルは見事に決まった。後 方の壁の変わりとしてセットした(25)の吸音拡散面が、やはりミッドハイタワーの 後方放射に対して平行とするセオリーには確たる証明となった。ヴォーカルの口元はチ ャーミングに大きさと形を整え、ヴァイブレーションが肉声の中に鮮明に感じ取れる。 リヴァーブをきれいに響かせるマスタリングのうまさも感じ取れ、ジェネシスのスピー カーにおけるスタジオ収録曲での可能性を高いレベルで感じ取ることが出来るようにな った。ふと、気がつくとステラヴックスジャパンの担当者が参考にと置いていった旧型 ジェネシス2のオーナーズ・マニュアルが目にとまった。2ページ目を見ると思わずた め息が漏れた。セッティングの仕方として、図4と同じレイアウトがイラストで紹介さ れているではないか。周り道をしてしまった口惜しさと、自分で考えだしたセッティン グが正解であったうれしさとが入り混じって複雑な気持ちである。何はともあれ、貴重 なスピーカーを送って下さったジェネシスの皆様に、ジェネシス200でのパフォーマ ンスによるご恩返しとして是非お聴かせしたい仕上がりとなった。これでやっと、3日 間に渡る悪戦苦闘が実を結んで、3月8日に開催する試聴会に自信が持てるようになっ た。世界で唯一のスピーカーに対するセッティングのノウハウを修得することが出来て 、苦労は多かったが実に収穫の大きな3日間であった。輸入元とジェネシスにお礼を申 し上げたい。 第三章『サーボシステムの恩恵』  さて、前章でジェネシス200のセッティングに関して述べてきたが、四本のタワー のプレースメントが落ち着いたところで、肝心なサーボシステムの調整に集中していく 事にした。ジェネシスのサーボシステムのあらかたの内容は、この随筆の第二六話で解 説しているので是非ご一読をお薦めしたい。リモコンのキー操作は、ジェネシスVのそ れと全く同じである。ジェネシスVでは、サーボシステムによる低域のボリュームレベ ルを0から100の間で40前後に設定していたのだが、ジェネシス200で同じ40 にすると恐ろしいほどの量感で明らかに出過ぎてしまう。思い切って半分の20に設定 しなおす。「ウン。妥当なところかな。」これも試聴用CDの定番としているイーグル スのライブアルバムヘル・フリーゼス・オーバー」の6曲目「ホテル・カルフォルニア 」のイントロを聴く。多分スタジオでオーバー・ダブしたのではないかと考えている大 変重量感のあるリズム楽器の低音が、これまでに体験したことも無い大きな空間表現で 響き渡る。「こりゃ、出過ぎだ。」とレベルを16まで下げて再度聴いてみる。「ウン 。こんなところかな。」と思った。この様に録音の方式やレーベルの違い、レコーディ ングプロデューサーの感性の相違によって、低域の表現に大変大きな違いがディスクご とに発生することが、このジェネシス200では大変良く聴きとれてしまう。実は、マ ニュアル操作で最適なパラメーターを調整することは楽しくはあるのだが、この様な曲 によっての低域における量感のバラツキを考えると、ディスクをかけ替えるたびに調整 をしたくなってしまうのが人情である。この辺の使い勝手を考慮して、近い将来には特 定のパラメーターを3パターン程度プリセットメモリーさせる機能をリモコンに付加す るというバージョンアップも計画されている。さて、次に何Hzから上を再生するかと いうハイパスの設定だ。私はジェネシスVでは32Hzを適正値としていたが、ジェネ シス200では最低の16Hzまでを設定する。そして、次に何Hzから下を再生する かというローパスの設定は、ジェネシスVでは70Hzを適正値としていたが、ジェネ シス200では85Hz程度までとした。特に、ハイパスで16Hzまで再生するとい う事実に関しては、録音段階ではモニターされなかった暗騒音が記録されていたことが わかり大変興味深い。コンサートホールでのライブ録音などでは、ホール独特のざわめ きとも言える響きや、歌手や指揮者の足音などが聞こえてくるのだ。しかし、海外での スタジオ録音などでは外界の大通りを走る車の地響きに似たような、一定の周期で聞こ えてくる唸りに近いグランドノイズなどが録音されていたことに気がつくのである。も はや、音波とは言い難い振動や波動に近い臨場感の補足が行われるのである。ここで、 低域が下に向かってエクステンションされると聴感上ではどう聴こえるのか、ジム・テ ィール氏の見解を引用して見る。「スピーカーの特性が低域側に延びた場合それが自然 でリアルであっても、その音はむしろゆるやかでタイトではない。よりタイトな低音を 演出するのであれば、超低域をカットして倍音を強調することで可能です。大きなエネ ルギーを持つ楽器(パイプオルガンやベースドラムなど)で、その音がタイトなものは 存在しません。」そして、テクニクスのSBーM10000を設計した松下電器産業株 式会社オーディオ事業部の古田真仁氏も、縦長のキャビネットの前後上下にケルトン型 ウーファーを搭載しているSBーM10000について、上側のウーファーは位置的に 高過ぎるのではないか、という質問に対して次のようなコメントを残している。「波長 が数メートルに及ぶ100Hz以下の重低音といわれる帯域は、もはやスピーカーユニ ットという点から放射されるのではなく面としての音の存在感が求められるのです。私 は、M10000の20Hzまで再生可能としている低域表現には、低域の音場を表現 しうる面としての存在感を上下のウーファー両方で再生させたいと考えています。」こ の両者のコメントが、ジェネシス200の低域を理解するためには大変重要な要素であ ると思う。ジェネシスVの低域については「ストイックな低域」と私自身が述べたもの だが、ジェネシス200の場合は同様とは言い難い堂々たる量感が備わっている。しか し、サーボシステムの恩恵は十二分に発揮されており、引きずるような箱の響きを伴う 立ち下がりの悪さは皆無なのである。むしろ、膨大なエネルギーで正確な波形の低域が 部屋全体をゆさぶった後には、体感できる空気の揺れと備品を含めた部屋自体の共鳴が フワッと押し寄せてくるのである。この情景描写はとても言葉で伝えられるものではな いが、オーケストラを中心としたホール録音のクラシックでは、今まで体験しようが無 かった見事な臨場感を現出させてくれる。だからこそ、編成や録音センスの違いが見極 めやすいが故に、最終的な調整のツメはスタジオ録音で進めていく事にしたのだ。最終 ページでのセッティングの最終段階で、ウーファータワーを内側に向けた効果として次 のような事があげられる。ミッドバス帯域に多いドラムなどのリズム楽器の音像がより フォーカシングされた事と、ウーファータワーの大きな側面が平行になる状態での定在 波がなくなりヴォーカルの表現がスムースになった事である。これらのセッティングを 完了した上で、アクセントとして特定の低域楽器がフィーチャーされている演奏では、 レベルは15から16と押さえ気味として、ハイパス周波数は25Hzから32Hzと した方がスタジオ録音には適しているようである。そして、PHと表示される位相のパ ラメーターも、実はこのセッティングに変えてから調整の成果が見えるようになってき たのである。この位相の調整に関してはウッドベースのソロのパートを使うようにして いる。その理由として倍音成分を多く含むウッドベースの音は、空間に放出されてから 耳に届くまで、空気中での倍音とのミックスのされかたで音色の変化が生じやすいので ある。位相差0では当たり前のように聴こえるが、180度反転すると倍音成分が逆相 となってハイカットがかって聴こえてしまう。しかし、35度から40度程度ウーファ ー側の位相をずらしていくと、ピチカートの瞬間がより鮮明になり重量感とスピード感 が両立してくるのである。その時のフォーカシングのイメージが、ウーファータワーを 内側に振ることで大変良好な観察が出来るようになった。 第四章『二八年目の到達点』  ジェネシス200の真価を発揮する選曲として、スウェーデンのBISレーベルによ る〈JAPANESE ORCHESTRAL MUSIC(BIS CD‐490)〉を聴き込んでみた。これは、日本が世 界に誇る輸出品であり、日本が唯一世界に送り出したスーパースターである「ゴジラ」 の音楽監督を第一作から手がけている伊福部昭を筆頭に、彼に師事した若い四人の日本 人作曲家やコンポーザーを取り上げたアルバムである。1990年にスウェーデンのMa lm Concert Hallで収録されたもので、広上淳一が指揮をふるってMalm Symphony Orc hestraの演奏になるものだ。ノイマンのU89、TLM170、KM130といったマ イクロホンを使用し、スチューダーのミキサーで961、デジタルプロセッサーはソニ ーのPCMーF1を使用して収録したものだ。このアルバムの冒頭を飾るのが「ゴジラ 」の第一作が作られる十一年前、伊福部昭が二九歳の時に作曲された〈Ballata  Sinfonica〉である。オーケストラ全員が強烈なフォルテから始まる、16 分に及ぶ日本的な和音展開による一大交響詩である。チューバホンのバリバリとしたテ ンションと、ホールの天井を突き破らんばかりの金管楽器の鮮烈な咆哮が大変壮快であ る。そして、その合間を縫うようにして、ステージとの距離感をうまく捕らえた弦楽器 群が叙情的な旋律を奏でるのだ。ここで注目したいのがティンパニーとは違う、おそら くは和太鼓を持ち込んだのではないかと思う打楽器の連打である。弦楽器をマイルドに 醸し出そうとすれば、ピアノやパーカッションの立上りが鈍ってしまう。逆に打楽器の エッジをキリッと引き立てて、テンションを要求すれば弦楽器が乾燥したように潤いを 無くし、刺激成分を混入したようにささくれだって聴こえてしまう。こんなジレンマを 経験した方であれば、まさに目から鱗が十枚くらい落ちる再生音であると言える。リボ ン型ダイヤフラムで統制されたミッドハイ・レンジの最大の特徴は、ダイヤフラムの究 極的な軽質量化によってトランジェントが大変素晴らしいことだ。この理想的なトラン ジェントによって描かれる弦楽器は十分な保湿能力を持っており、乾燥しきった弦を聴 かされる心配は無い。また、同様な効果はマウスピースを強烈に吹き鳴らすトランペッ トやトロンボーン、チューバホンやホルンといった金管楽器に対して、透明感とタンギ ングの正確さを与えることはあっても、鼓膜にスパイスを吹きかけられてキリッピリッ と眉をしかめるようなことは無い。盛大なフルオーケストラのフォルテに対しても、顔 をそむけること無く平然として音楽と対峙出来るのである。そして、何よりもうれしい のは空気に同化せんばかりの余韻が、このミッドハイ・レンジの妙味によって芳醇なホ ールエコーとして感じ取れることである。この空気感とも言うべき空間表現力の見事な 表現は、リボントゥイーターが微細な余韻の信号に反応して初めて聴きとれるものであ り、アンビエンス用のトゥイーターが絶妙な引き立て役として深々とした奥行き感に大 きく貢献している。さて、このアルバムの7曲目には1981年に東京音楽大学で伊福 部昭に師事した和田薫の作品でオーケストラによる日本民謡の「馬子歌」が収録されて いる。いわゆる西洋楽器のドラムのように、共鳴する胴を持たない鼓と思われる打楽器 が目の前で炸裂し、拍子木や鈴、金物鼓のような日本独特のパーカッションがちりばめ られている導入部である。このパーカッションの距離感と余韻が何と美しいことか。途 中から非常にスローなテンポで挿入されてくる大太鼓の低域が、深く重くホールの満面 に響き渡る。しかも、サーボシステムによって加速制動されて、大太鼓の皮のテンショ ンが触れられるほどのリアルさで響き渡る。ある程度のスピーカーであれば量的な表現 はこなしてしまうパイプオルガンのような通奏楽音の低音ではなく、瞬間にして立ち上 り、録音された波形通りに、長く余韻を残したり立ち消えてくれたりする低音にサーボ システムのメリットを見出そうとしての選曲理由がここにあった。この正確な余韻の再 現性については、これまで述べてきたセッティングのノウハウが大きくモノを言ってい るようで、特に(25)のミッドハイタワー後方の処理が鍵を握っていたようだ。アー ニー・ヌデール氏は1968年にサーボシステムを開発したが、それはコンデンサー型 スピーカーの高速なトランジェントに追随できる低域再生が必要であったからだと考え ている。箱によって低域を延ばそうと発想されたものは、箱の内側に向かって放出され る音波をリサイクルさせるためにスピードも劣り箱の音も付いてまわる事になる。ジェ ネシス200のアンプまで含めたサーボシステムの確立が、アーニー・ヌデール氏の旧 作インフィニティーIRSを超えたと実感される。宿命であった箱の音の追放と共に。                                     【完】

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