《HAL's Hearing Report》


No.0049 - 2001/11/8

福井県在住  S 様より


中学の時、パイオニアのシスコンから始まり、それから約25年オーディオを続け てきました。徐々にグレードアップを重ね、ここ数年の間は特に音質向上めざま しく、それなりに楽しい日々を過ごしてきました。しかし、最近は頭打ち状態 で、欲求不満が募るばかり。確かに以前よりは数段向上しているのですが、音楽 を聴いていても微細なことばかり気になり、安心して音楽に浸れないような状態 が続いていました。
 何とか現状を打開したいとオーディオ店のサイトを検索していたところ、ダイ ナのサイトに行き当たりました。随筆、レポートなど読むうち、「こりゃおもし ろそうだ」と早速HAL‘s Circleに入会し、自分のオーディオライフ の一助程度の軽い気持ちで川又さんに相談のメールを送りました。
 川又さんの返事は明快端的でした。中でも「お持ちのスピーカーではお望みの 世界に到達するのは不可能です」との返答は衝撃的でした。なんという率直な、 自信に満ちた言葉か。こちらがうすうす感じていたことを、遠慮なしにズバリ的 中させるとは。この人の経験値は並ではない。また変に気を遣う必要のない (オーディオに関して)人だと感じました。そしてこの人なら安心して相談で き、こちらの要望を正直にぶつけられるだろうと思いました。

 その後、何度かのメールのやり取りで、川又さんの「実際に聴きに来てくださ い」という熱心な誘いに動かされ、ついに重い腰を上げて、実際にHALの音を 聴いてみようと決心した次第です。

さて当日PM1時前、相当な期待をもってHAL.Tを訪れました。川又さんは何や らパソコンと格闘しているようでした。「コンピューターの調子が悪くて…。し ばらくご自由に試聴していただけますか」と、P-0sとコヒレンスのリモコンを ポンと渡してくださいました。こちらとしてもそれは願ったりかなったりです。 目の前にはオリジナルノーチラスとジェフのツインタワー、そして床や機器周辺 にうねるドミナス。これはおのずと気合が入らざるを得ません。持参した何枚か のCDをほとんどフルボリュームで次々とかけていきました。以下の記述は自宅 の音と比較しての率直な印象です。やや冷めた記述かもしれませんが、これは努 めて冷静に試聴しようという気構えの表れだとご理解ください。

・ ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」 ボザール・ト リオ
バイオリン、チェロ、そして少し奥に位置するピアノ、その三者がちゃんと空間 に定位している。それは自宅でも同じだが、自宅よりも位置関係が広い。聞きや すい。弦はひきつらない。ピアノの強打もカンつかない。でもこの程度の音は予 想通り。

・ ストラヴィンスキー 「火の鳥」(全曲) コリン・デイヴィス=ロイ ヤル・コンセルトヘボウ
大太鼓がドロドロしない。皮の振動が空気を波動で伝わってくるのがわかる。木 管のソロが実体感を伴って空間にピタリと定位している。なるほど、さすがにい い音だ。でもこの程度の音は予想通り。

・ モーツァルト 歌劇「魔笛」序曲 ゲオルグ・ショルティ=ウィーン・ フィル
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 カルロ・マリア・ジュリーニ= ウィーン響
ベネディッティ・ミケランジェリ(ピアノ)
ロンドン、グラモフォン両レーベルの古き良き伝統的な録音の2枚。自宅でも結 構浸れて、お気に入りのCD。自宅ではモヤモヤしていた管弦の動きがよく聞き 分けられる。そして、本当に演奏のみに浸れた。でもこの程度の音は予想通り。

・ ストラヴィンスキー 「春の祭典」 リッカルド・ムーティ=フィラデ ルフィア管
フィラデルフィア管のブラスの咆哮が魅力的なCD。他にも新しくて良好な録音 のものがあるが、このブラスの強烈さは他では聞けない。トランペット、トロン ボーンの強烈なフォルテシモのテュッティが自宅では「ジャー」と団子になって 無機的に鳴るのだが、それぞれが分離して聞こえる。音は強烈だが、うるさくな い。すごい!

・ 鼓童 TATAKU BEST OF KODO Uより 「響酔」
9分半の演奏だが、大太鼓とチャッパだけで演奏される。単純な和楽器の組み合 わせだ。これは全体的には自宅とそう変わらない。しかし、チャッパの響きがリ アル。余韻が長い。また、大太鼓の奏者が奥で気合の掛け声を入れるのだが、そ れが本当に奥から聞こえる。うーん、深い!

・ サン・サーンス 交響曲第3番「オルガン」 小林研一郎=チェコ・ フィル
ホールの響きをたっぷりと収録しながら定位感にも優れた好録音。自宅ではやや もするとモヤつく部分もあるが、余計な付帯音がなく、オルガンの低域も圧迫感 なく、空気の振動として聞こえる。ホールさながらの臨場感。完全に音に包まれ た感じ。あー全曲通して聞きたい!

・ プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より 氷のような姫君の心も (第3幕:リューのアリア)
ジュゼッペ・シノーポリ=フィルハーモニア管 ミレッラ・フレーニ(ソプラ ノ)
普段声楽はあまり聴かないのだが、録音がいいので気に入っているCD。自宅で も結構「おおっ」と思うほど迫力がある。しかし、これには心底驚いた。「なる べく冷静に」などと言っていられない。曲の最後、ソプラノ独唱が盛り上がった ところで雄大なティンパニが轟き、フルオーケストラのテュッティが鳴り響く。 その瞬間、スピーカーが消えた。いやスピーカーどころか部屋が消えた。大げさ ではない。実感だ。目の前が見えなくなったのだ。眼は開いているのだが、まる で脳が耳からの情報の膨大さに耐えかねて、眼からの情報を遮断したかのような 感覚。今まで味わったことがない感覚だ。私の横で試聴していた方は「うーん …」とうなり、後ろの方は思わず私のCDを手に取り、川又さんのところへ何か 聞きに行かれた。私はと言えばしばらく身動きできず、次の曲がかかってはじめ て我に返り、慌ててCDをストップするという有様であった。今でもあの身震い するような感覚は忘れられない。

以上で約3時間、ぶっ通しで次々と聞き続けた。だんだん自分の耳が敏感になっ ていくのがわかる。でもあえてキリキリと耳を研ぎすませて努力して聴かなくて も、はっきりと違いが聴き取れるから全く疲れない。

ここでようやく川又さん登場。(でもまだパソコンの調子はよくないみたい)そ して「要するに眼の前で演奏してて欲しいんでしょ」とまたしても明快端的な一 言。まさしくその通り。先ほど聴いてきた音とこの言葉の前にあっては何も言い 返すことはできません。(言い返すつもりもなかったけど)

その後、川又さんの常用CDを聴く、そして適宜解説をはさむを繰り返しまし た。こちらがもうすでにHALの音に十分満足し、今なら「どのスピーカーがい いんでしょう。仰せの通りにいたします」と買う気満々になっているにもかかわ らず、商売の話などには全く移らず、熱心に試聴、解説を繰り返しておられま す。
何とか冷静になろうと、「ちょっと音の立ち上がりが悪いような」とか「もう少 し中低音が厚いほうが」などと根拠のない注文をつける。その度に立ち上がって 別のCDを取りに行ってかけてくださる。その姿勢には頭が下がる思いでした。

そのCDの中で最も印象的だったのがヴェルディ「レクイエム」でした。グラン カッサが本当にパーカッション群の位置の奥で鳴る。自宅ではあんなに奥では鳴 らないし、音の出始めこそは奥で鳴っていてもすぐに「ぼよーん」と肥大して前 に出てきてしまう。スネアのロールもパーカッション群の位置でピタリと定位し て鳴るのでうるさくない。奥で鳴ってしかもホールの響きを伴って聞こえる。し かし一番驚いたのがシンバル。あれほどのフォルテシモで「ジャキーン」と鋭い 音質にもかかわらず、やはり奥で鳴る!!グランカッサが奥で鳴るのは聞いたこと はあるが、シンバルの大叩きがきちんと奥で鳴るのは初めて聞いた。

また、私が「ベルリン・フィルハーモニー・ホールの響きはあまり好きではな い」というような話をしたら、川又さんは「そんなこと言わないでください よー、私は好きなんですからー」と、また後ろのCD棚へ。 実際自宅ではこのホールの音は、音量感は十分すぎるほどあるのだが、何か響き が薄いというか、音が拡散して緻密に聞こえないので好きではなかった。「ベル リン・フィルも昔のようにイエス・キリスト教会で録音すればいいのに」などと 思っていました。
そこへ川又さんが持ってきたのは2枚のCD。曲は同じ、ベルリオーズ「幻想交 響曲」。しかし、一方はクリーブランド管、もう一方はベルリン・フィル。2楽 章冒頭部を聴き比べる。どちらもいい演奏だ。
実はベルリン・フィルのこのCDは私も持っているのだが、この曲を聴くときは いつも他の演奏のCDをかけてしまう。雑誌の優秀録音で推薦されていたから 買ったのだが、聴いてみて今一つだったのでほとんど手付かずの状態だったので ある。
しかしここで聴いてみてガラリと印象が変わった。本当にきれいに鳴る。バイオ リンはあくまでも定位置でしっかりと鳴り、そしてその残響が後方、あるいは斜 め後方に飛ぶ。飛んで反響する。その響きが飛ぶたびに私の目はその後方を追い かける。
ベルリンのハーモニー・ホールは伝統的なステージが前にあって客席は後ろとい うようなシューボックスタイプのホールではなく、客席がオーケストラを取り囲 むワインヤード(アレーナ)タイプのホールである。HALの音はオーケストラ の後ろにもたっぷりとした客席の空間があるということをはっきりと表現してい ました。
自宅では実音と残響音の区別がきちんと鳴らし分けられていないので、何かもや もやと音が散漫な鳴り方になってしまっているのでしょう。HALのような演奏 なら大変好ましい響きです。きちんと再生しないとCDの評価、あるいは演奏そ のものの評価をも誤らせてしまうのだなと思い知らされました。
川又さん演奏と解説が約2時間半。帰りの列車の時刻はとっくに過ぎていました が、全く気になりませんでした。ここでようやくスピーカーの相談、推薦をして いただきました。その時間30分足らず。こちらの眼を開かせ「本当の再生とは」 に気づかせることに主眼を置き、商品を売ることはそっちのけというような感じ でした。しかし、オーディオ店の試聴室でトータル6時間独占試聴するなんてこ とは今までに経験したことがありません。川又さんもさぞかし「しつこい客だ」 と思ったことでしょう。(後で知ったのですが、川又さんは昼食抜きでPM7時ま で私の相手をしてくれたのです。大変恐縮しております。ゴメンナサイ。)
帰りの列車の中では、HALの演奏を反芻しながら、もうすっかりスピーカー購 入に思いをめぐらせていました。「まずは金策だな」「今のスピーカー重いから どうやって運び出そう」「妻になんて言おう」などと買える資金もないのに、現 実にどうやって手に入れるかを熱心に考えていたのです。

今まで他の方のレポートを読んでいて、「いくらいい音だからといってそんな高 額なものをポンと買ってしまうなんて、皆さんモチカネだな〜」などと思ってい ましたが、まさか自分が当事者になろうとは。まさしく「ミイラ取りがミイラ」 状態です。

しかし、商売の話はおくびにも出さず、それでいてオーディオ好きの弱みをしっ かり捉えるやり方は、したたかで巧妙としかいいようがありません。私も川又さ んにしっかり首根っこを押さえつけられてしまいました。川又さんは実はコテコ テの商売人なのでは?(失礼)

以上、なるべく客観的にレポートしたつもりです。しかし、言葉で音を表現する のは難しいですね。川又さんが「実際に聞きに来てください」と熱心に誘う気持 ちがわかります。本当に予想以上の音世界でした。

 [後日談]
 帰宅してから、お礼のメールを送るとともに、購入の意思を伝えました。今度 はさすがの川又さんでも「ハイハイ、手配しますねー。お買い上げありがとうご ざい!」とくるかと思いきや、「実際にS様に聴いていただいて、納得いただか ないことには行動にうつせません」との返事。いやはや慎重の上にも慎重を期す 態度、降参です。


HAL's Hearing Report