発行元 株式会社ダイナミックオーディオ
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H.A.L.担当 川又利明


No.085 「次世紀の音を聴いた。凄い!WADIA POWER−DAC!」
12月8日予定通りワディア・パワーDACが搬入された。ゾウセカスのZ.BLOCK2がジャストサイズなので慎重に乗せてみる。アイソディスクと呼ばれるクッション材を数十個下面に貼付てある棚板が、パワーDAC本体の重量114キロを受けて音もなくシュッと沈む。電源に関しては当フロアーの40アンペアのコンセントからカルダスのヘックスリンクパワーケーブルとパワーストリップ・コンセントボックスを使用し、製品に付属するごく普通のベルデン社製の黒い20アンペアACケーブルを使用する。エソテリックP−0からSTリンク光ケーブル1本でまずコントロールユニット・ワディア390に入力し、そこから左右各々のパワーDAC本体にSTリンク2本で接続が完了する。まず最初のスピーカーは聴きなれたノーチラス801、ケーブルはもちろんPADドミナスのバイワイヤーケーブルを使用した。期待に胸膨らませて1曲目はヨーヨー・マのシンプリーバロックをかける。「ウン、私から見ると普通の音だね。もちろん悪くはないけど感動するほどじゃない。ご他聞にもれずバーンインが完了しないとだめでしょう。」搬入してくれたアクシスの木村氏も同社の試聴室でも三日目から良くなったとおっしゃる。明日は私も休みだし、このまま放っておこう。
翌々日の10日、出勤してきてドアをあけると何と適度な暖房が入っているではないか。常時4アンペアを消費し本体上部に格納されたファンでクーリングを行なっているパワーDACは、まるで主の出勤前に部屋を暖めて待ちかねていたように48時間のウォームアップを経て準備万端とそれ自身の体温でアピールしているようである。休み明けということもあって電話とデスクワークが昼過ぎまで続く。一昨日の印象からあまり熱いものを感じなかった私は、再度来るという予定の木村氏が来てからでいいだろうとゆったりと構えていたのである。その日の夕刻アクシスの木村氏が「どうですか?」と再度やってこられた。「いや、申し訳ない、まだじっくりとは聴いていないんですよ。」と仕事の手を休めてセンターポジションにすわり、一昨日と同じヨーヨー・マをかける。
最初の10数秒聴いただけでリモコンのポーズボタンに指が走った。木村氏は何事かと心配そうな表情をしている。「これ、これいいよ。」と一言だけ告げてポーズを解除する。ノーチラス801で聴くヨーヨー・マのチェロでこれほど鮮明なシルエットを感じたことはない。響きを誇張しても違和感を感じにくいチェロという楽器が、これほどジャストフォーカスに凝縮され極小の投影面積で聴いたことがない。しかも、そのエコー感たるや新鮮な果実から絞り出されたフレッシュジュースのごとく口の中いっぱい、この場合は耳と聴覚中枢そしてハートに余韻の果汁が飛び散っていくようである。正直に言います。一昨日とは別人のようなパワーDACの変貌ぶりに戸惑いながら実感する。この私でも、こんな音は聴いたことがない。
大貫妙子の「四季」を立て続けにかける。凄い、このヴォーカルの引き締まり方は過去に記憶がない。ノーチラス801が構成する4メートル先のスクリーン上に、ゴルフボールを投げ付けて出来た穴から彼女の湿った口元がクローズアップされたようなヴォーカルがほとばしり出てくる。イントロのギター、後半から加わってくるストリングス、そして極めつけがカキィーンとエコーを引いて消えていくクラヴィスの余韻の滑らかさである。この私でも、こんなノーチラス801は聴いたことがない。48時間のバーンインがこれほどの変化をもたらすとは、そしてパワーDACの実力とワディアのビジョンがこれほどのものだったとは。次から次へとソフトに手が伸びてしまい仕事にならない。久し振りの興奮状態である。ということは更にバーンインを進めると更に可能性が高くなるのだろうか。PADのシステムエンハンサーをリピートして更に一晩約15時間に及ぶバーンインを続けることにした。
そこで、ふと思った。三日目にして本領を発揮したと信じるパワーDACに対して、インターナショナル・オーディオショーや雑誌各社の取材に関して一体何時間のウォームアップの末に試聴し評価したのかと疑問に思えてくる。かく言う私も11月6日に行なった当社のマラソン試聴会においては十分なウォームアップをせずに演奏していたのであり、このパワーDACの本当の音はまったくと言っていいほど未体験のものであったことを認めざるを得ない。ハイエンドオーディオとはこういうものかもしれないが、このパワーDACに関しては数時間のウォームアップでは価格に相応するクォリティーは全然発揮されないということを本日の段階で明言するものである。
通電開始から四日目、「さあ、鳴らすぞ。」と席についてふと思ったことがある。近来のワディアは96キロHz24ビット対応である。ということは、目の前にセッティングしてあるdcs972MK2が使えるぞ。早速972のパラメーターを操作してアウトプットサンプリング周波数を96キロHzに変更し、AES/EBUでP−0とワディア390の三者間を接続する。これでSTリンク44キロHzとバランスデジタル96キロHzをワディア390の入力で切り替えることによって比較試聴が出来るようになった。最初はSTリンク44キロHzでヨーヨー・マの1トラック目をかける。「ふむふむ、いいねぇ。」と満足気に聴いていたのだが、バランスデジタル96キロHzに切り替えた瞬間に私の評価はアップデートされてしまった。「なんだこれは!」今まで仕事柄ハイサンプリングの音はDVDをはじめとして何度となく体験してきたのだが、これほど情報量の格差を見せつけられたことはない。無職透明、完全無欠と今までワディアが主張してきたSTリンク、いやSTリンクを採用しての44キロHz伝送の解像度はこの程度だっただろうか。いや違う、伝送方式が光ファイバーであろうが電気的ケーブルによるものだろうがサンプリング周波数という高レベルの技術的恩恵がもろに表れているとしか言いようがない。圧倒的に96キロHzが素晴らしい臨場感をもって今までのヨーヨー・マをよみがえらせてしまった。直ぐに大貫妙子をかける。「ちょっと待ってよ。」何ともあからさまな彼女のエステ帰りのような美貌(美声)への変化に戸惑いを覚える。この前まで、いやこれまでに聴いてきた大貫妙子の声には透明なビニールの保護シートがピッタリと貼付られていたのだろう。ここで聴こえてくる彼女のヴォーカルとバックの演奏すべてから、ペリペリと音を立てて保護シートをはがしてしまったような爽快感が感じられるほど、透明度が高く視界が開けた空気感を感じるのである。四日目のヒアリングは驚くことばかりである。
それでは、と最近のテストで定番となっている頂き物のCD−Rを取り出した。PAD社長のジム・オッド氏からプレゼントされたオムニバスCD−Rである。ジャニス・イアンの「ブレーキング・サイレンス」はその中でも一番のお気に入りである。ジャニスのヴォーカルがソロで歌いはじめる。この瞬間に今までと違う空気をパワーDACは室内に発生させた。静かなのである。ノイズフロアーが抜群に低く抑えられている。オーバーダブしたコーラスは、これでもかという程の分離感を見せて展開しギターがポーンと左チャンネルから張り出し、そのスタジオ風エコーが右方向へ余韻を引っ張っていく。リズム楽器が一斉にタイミングを合わせて打ち鳴らされる迫力、しかし混濁や輪郭の破綻は一切なくビシッとブレーキングされたベースとドラムの制動感はノーチラス801を10キロ以上ダイエットさせたと思うほどキッチリとダンプする。あのウーファーがこれほどの再教育を受けようとは想像も出来ないほどにガツン!と止まるのである。「これって、気持ちいいね。」歪み感がまったくと言っていいほど感じられないのでボリュームは無意識のうちにどんどん上がっていく。D級アンプと称しているパワーDACにはアナログ・パワーアンプで言われるような出力表示はされておらず、無理して置き換えれば300W程度と聞かされている。しかし、この完璧な自制を維持しての躍動感は私が従来分析してきたアナログアンプのパワーに対する概念について、完全な記憶喪失状態を作り出してしまったようである。1000W、600W、等々呆れるほどの巨大パワーを発生させるヘビー級アンプと長年つきあってきた私でも、このパワーDACがもたらしてくれた瞬間的なエネルギーの放出というテンションの高まりを感じたことがない。しかも、まったく歪み感やにじみがないので心地良く大音量のライブ演奏が実現してしまったのである。
同じソフトの12トラック目にはロジャー・ウォータースの「トゥー・マッチ・ロープ」という曲が入っているのだが、これがまた興味深い音が盛り沢山に納められている。 なにやらゴールドラッシュと西部劇を思わせる効果音のシチュエーションが展開され、硬い岩にツルはしを打ち込む音が男のあらい息づかいとともにガシッと繰り返される。どうしたらこんなに高速反応する打撃音が出せるのだろうかと、尋常ではない加速感に見事に反応するノーチラス801に関心する。これほどの緊張感を苦痛を伴わず、むしろ快感として叩き付けるパワーDACの瞬発力には呆れるてしまう。これほどノーチラス801の手綱を引き絞ったアンプはなかった。そして、次には鈴を鳴らしながらのひづめを響かせる馬車の通過音が登場する。左前方から右側へと平面的に目の前を横切っていくものとばかり思っていたのだが、位相を完全な形で再現するパワーDACで聴くと移動感がまったく違うのである。左チャンネルのスピーカーの更に外側から遠方の馬車が徐々に接近してくるという遠近法を正確にとらえ、私の頭の上を通過して右後方に馬のいななきを残して去っていくのである。正確に位相のアレンジを再現できるパワーDACは、2チャンネルでも恐ろしいほどのサラウンド効果と三次元定位を実現してしまった。さあ、ロジャー・ウォータースのヴォーカルが入ってきた。ウーファーのレンジまで使ってしまうような渋いヴォーカルは見事に空間に浮かんでいる。反応の遅いアンプではベッタリと張り付いたような平面的な表現になってしまうのだが、高速反応のパワーDACではウーファーにヴォーカルを歌わせてしまうという離れ業を何とも軽くこなしてしまうのである。オリジナル・ノーチラスを彷彿とさせるヴォーカルの空中浮遊というマジックを平然とやってのける。私でも、我が目を疑う光景が眼前で展開する。私は思うのだが、正直に言ってパワーDACをここで分析する前はワディアが長年の労力をかけてパワーDACの開発に取り組んできた真意を理解していなかった。いや、正確に言えば聴くまでは理解しようとする動機さえ持っていなかった。1,190万円という価格を考えると、それだけのコストをかければ世界最高級のプリ/パワーアンプとD/Aコンバーターが買えるだろう。それらと同じレベルの音を聴かせてくれただけでは、情熱的なユーザーにお勧めするだけの私に対する説得力を感じることはなかっただろう。つまり、アナログアンプの単なる置き換えだけでは意味がないということである。しかし、今実物を聴いてわかった。このパワーDACと同じ音はアナログアンプにいくら投資しても出ないものであるということが。ノーチラス801の極限の演奏を体験したいという方は、ぜひパワーDACがあるうちに来店されることをお勧めする。デジタルオーディオは本当の意味でやっと今始まったような気がする。〈つづく〉

12/17・18・19の三日間は取材のため一時パワーDACは外出しております。
12/20にカムバックしてきますので、ご来店祭にはご注意下さい。また、今回は書き切れずにいったん締めくくりましたが、今回のレポートにはまだまだ続きがあります。たとえばパワーDACのACケーブル、デジタルケーブルなどをPADドミナスに変更したり、スピーカーにレベルのサロンを使用したり、そしてWADIA790を単体のD/Aコンバーターとしてラインアウトを取り出しオリジナル・ノーチラスを鳴らしたりとか、私の好奇心を大いにかき立てる課題がいっぱいです。今後に期待下さい。
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